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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第五章 決戦
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再会 2/2

ここにきて、シャーロット以外の一同は地上の様子をはじめて俯瞰した。


「遂にプレートが堕ちたか……」

「火も収まりそうにないですな」

「……ジュードさん! あれを!」

「あれは……!」


 宙を舞い下降するマキナと相対し、城跡から大樹の如く伸びていくモノがあった。

 マギアマキナの間近に出たそれは、真っ白な壁のように見えた。機体を退けて距離を取ると、壁だと思っていたそれは、円柱の側面だった。だが、更に離れて白いモノの全貌が明らかになると、円柱という認識もまた誤りだと分かった。

円柱の側面と思っていたモノの立体的曲線が示す全貌は、文字通り卵の殻のようだった。間もなくして、滑らかな殻の表面に無数の凹凸が浮きあがる。それは白銀のように煌めき、鱗のように薄く、羽毛のように繊細な翼。重々しく微動し、内に包まれていた獣の姿を露わにする。

 陰影を浮かばせぬ妖光が、体毛の一本一本から放たれている。頭部と思しき上部に、二眼が紅い。白兎とは似ても似つかない幻獣の妖気は、眼を逸らして耳を塞いでも、決して防ぐことは出来ない。

瞋り、妬み、嫉み、飢え……あらゆる苦の感覚が、その周りに渦巻く。言葉で言い表せない負の威圧感が、呪いの恐怖を惜しげもなく突き付けている。


「……まさに神話の再来だ」


 マルボルが口調を崩す。ジュードは、日中に連れられた遺跡を思い出していた。ネティアスの人類史を描いた壁画のうち、七つ目の記録。瓦礫は無数の亡骸とともに在り、炭となって炎熱を焚き続ける。その上部には炎から湧き出た巨大な白龍の姿。


「『復讐』……あれが白龍の魔神か!」


 過去の歴史が、目前に甦った。二千年に終結した戦争は、(とき)を越えて繰り返されたのだ。


「二千年の時間は、本当の意味で人間を進化させやしなかった。人はまた同じ過ちを……!」

「ジュード、嘆いてる暇はないわよ。私たちは魔神を倒して生き延びるの」

「でもシャーロットさん、どうやって……!」


 エマは、かつてないモノを見て明らかに声が震えていた。


「方法は必ずあるわ。なんたって、この敵は二千年前に封印されているのだから」


 マギアマキナは、中空を舞いつつ右腕を白龍に向けた。


「……『撃つ(シュート)』」


 シャーロットがそう呟くと、マギアマキナの右手首が百八十度折れた。手の甲が腕にピタリと付いたところで、腕の中からロングバレルが伸びてきた。ボディと対を為す黒鉄の銃身は、妖光を照返させて獲物を睨む。 

 シャーロットは、魔力を通してマギアマキナの頭部レンズと自身の視界を同期させた。右レバーの安全装置を外して人差し指をトリガーに掛ける。機体は、自ずと左手で銃身を抑えた。


「みんな衝撃に備えて!」


 白龍の胴から伸びる首に十字(クロス)の照準を向けて、シャーロットは第一射を狙う。


「先手必勝――――!」

「くっ……!」


 メグは、目をつむって咄嗟にシャーロットに抱き着いた。

 トリガーを引く。


 直後、メグの身体を通して、莫大な生命エネルギーが急速に機体に溜め込まれた。

 

 銃口が閃いた刹那――――!

 

 詰まりに詰まった爆薬が、遂に爆ぜるような衝撃。殻内(コックピット)の全身に、惑星がのしかかったとも思える圧力がかかり、緑光の二重螺旋は一条となって標的を射抜いた。

 空で踏ん張れないマギアマキナは、のけ反るままに一回転して地上へ降りていく。


「そうだ、マント!」


 シャーロットが叫ぶと、マギアマキナの双肩から背にかけて真紅のマントが現れて、大気に翻った。速度を落とし、両足で着地する。機体はあの一撃の反動で、焼け落ちた工場区まで吹き飛ばされていた。

 宙返りしたにもかかわらず、殻内(コックピット)の一同は姿勢を崩す事無くその場にいる。これも魔力の為せる業か。


「どう? やっつけた!?」


 彼方、白龍を見上げる。

 白龍の首に一つの大穴が空いていた。確かに威力はあったのだ。だが。


「傷が塞がっていく……?」

「チッ……! 神の名は伊達じゃないな」


 ジュードは舌打ちした。


「このッ……」


 今度は、白龍の両眼が閃く。


「――『防護(ガーディ)』!」


 メグを通して出る無尽蔵の魔力は、殻内(コックピット)のマギア族も扱えるものだった。

 赤い光線がマギアマキナに飛び、マルボルの詠唱が厚い膜を張ってそれを塞いだ。


「足を止めてはなりません! さあ急いで!」

「……ええ!」


 マギアマキナは横ばいに道路を跳躍して、白龍の側面へと回りだした。とはいっても、白龍の弱点など見当もつかない。最も急所らしい首を撃って倒れないのだ。攻撃するにしても、核となる部位や有効な方法はないものか。シャーロットは早くも焦りを感じていた。


「ジュード殿、提案が」

「提案?」

「私とエマ殿を降ろして下され」

「駄目だ。外は危険すぎる」

「私どもがここにいても何の役にも立ちません」

「だからといって、降りるのは……」

「考えがあってのことです。降りる場所は指定させていただきます。あの社です」


 ジュードには、社に一つ心当たりがあった。


「……壁画を?」


 ジュードの問いに、マルボルはうなずいた。


「答えとまではいかなくても、ヒントはあるかもしれません。魔神を倒すための」

「確かに。その可能性はあるかも」


 シャーロットは話を聞きつつ、マギアマキナの移動方向を社に変えさせた。


「私はここに残ります! メグちゃんの保護者として……」

「エマちゃん」


 シャーロットが彼女を呼ぶ。エマは口を噤んでしまった。無茶を言ったと分かっているのだ。それでも、少女の側にいたかった。自分はメグのために敵を撃てたのだから。


「おまじない」

「――――へ?」


 不意の言葉に思考が止まる。


「あの時のおまじない、効いたでしょ」


 失念していた。さきのエマの射撃はシャーロットの見えない支えがあってこそのものだ。


「…………はい」

(ああ……ここで出来ることは、もうないんだ)


 悔しくない、と言えば嘘になる。でも、我を張ることが最善手でないことも分かっている。自分の領分から外れた行為は、非常時だからこそしてはならない。マルボルだってメグから離れたくないはずだ。きっと彼なりに出来ることを考えて、二人に少女を託すのだろう。


「ここは私に任せて。私なら絶対大丈夫だから、ね?」


 シャーロットから帰ってきた言葉は飽くまで強かで、やはり憧れてしまうほど自信に満ちていた。振り向いてエマを見るその真っ直ぐな瞳は、エマの未練を切るには十分な芯を帯びている。これを、覚悟というのだろう。


「……メグちゃんを頼みます。だから、どうか勝って下さい……!」


 シャーロットの引き締まった口角が僅かに上がる。彼女は前を向き直してマルボルに目的地を再確認した。


「社で降ろします。あなたの石と私の指環で意思疎通は?」

「できます」

「では何かあったら連絡を」

「承知しました」


 彼の手がおもむろに少女の肩に添えられる。

 マルボルが返事したところで、機体は工場区を抜けていた。比較的空襲の被害が少ないエリアに入ったということは、例の社も近い。焼けた大地から逃げ延びた人集りが、スラムなど都市の外側へと広がっている。

 群衆には女子供と老人が目立つ。疎らにいる男たちも工場や城から逃げ延びた者が殆どで、服がところどころ焼け焦げている。社の広場にも少なからずそういった人たちが見えた。シャーロットはマキナの両眼をライトとして使い、人たちを踏まないよう慎重かつ早急に塔の正面に着地した。

 地面が揺らぐ。白龍は自身から見て二時の方向へと動いたマギアマキナを目で追い、それから折れ曲がった太い二脚を動かして身体を回した。鈍重な挙動からみて、機体を正面に捉えるにはまだ時間がかかりそうだ。


「さ、急いで」


 マギアマキナが膝立ちになり、ハッチの前に左手が添えられる。二人が手のひらに乗ると、昇降機のように石畳の地面へと降りた。


「ジュード殿、シャーロット殿。お嬢様を頼みます!」

「二人こそ気を付けてくれ。龍の動きはまだ読めない」


 無言で頷くマルボル。エマは黙ったままだった。

少女の中に、暖かなモノが不意に離れる心地がする。ハッチが閉じられる寸前、メグは言葉を絞り出した。


「エマ姉ちゃん、待っててね!」


 心だけは離れまいと投げた言葉。目には見えないが、確かにエマと少女を繋ぐ糸だ。


「……うん。お姉ちゃん、待ってるよ」


 シャーロットがハッチを閉める。徐々に隠れていく少女の姿。それを見逃すまいと、エマは視界が滲まないよう必死にこらえていた。

ハッチが完全に閉まった。立ち上がるマギアマキナ。両眼が緑に閃く。


「オオオオオオオ――――――――――――――ン‼」


 雄叫びが、エマの心を震わせる。巨躯は再び横ばいに跳び、あっという間に小さくなっていく。隙間を埋めるように、マギアマキナのいた場所に生温かな風が吹き込んだ。


「エマ殿……」


 マルボルの言葉は、今のエマには聞こえない。

瞳を閉じたエマの目尻から、堰を切って溢れ出るものがあった。胸が震えて、震えて仕方がない。嗚咽が漏れて息が苦しい。押さえ込むように、胸に手を当てる。それでも、叫びたい衝動はとめどなく。


「わたし……私、信じてるからっ…………! 必ず帰ってくるって信じてるからっ……‼」

 


……別れ際。エマとメグが最後に見たのは、互いの澄んだ微笑みだった。


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