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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第五章 決戦
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再会 1/2

 もう誰もがダメだと思った。

 魔法陣の、太初の石の、そしてジュード・アイスの真上に、瓦礫が怒涛の如く降り注ぐ。

 もしそれが防がれたとしたら、奇跡以外に当たる言葉はあるだろうか。


 ――――いや、ある。


 それは、奇跡でも偶然でもなく、紛れもない必然だ。

 魔法陣から解き放たれた青い魔力の光は、ドーム状の厚い層をジュードの周囲に展開した。


「助かった……?」


 真っ先に驚いたのは、ジュードだった。真上の瓦礫が、自身を避けるように魔法陣の周りに落ちたのだ。次いで、どこからともなく誰かの声がした。


『君たちを死なせはしない。間もなく救いの騎士が到着する。我が子孫と共に、甦る白龍を討ってくれ。貸せるだけの力は貸そう』

「あなたは――――?」

『唯一神を名乗る、ただの魔術師の思念さ』


 声の主は、安心を覚える不思議な声で自らを紹介した。


「まさか、あんたがコスモス?」

『いかにも』

「神様……!? これが神様の声!」


 エマは、その声の主に問うた。


『私の嘘は、二千年しっかりと続いたようだな?』


 次にマルボルが、畏敬の念を以って訊く。


「コスモス様! あなたの思念は二千年の間、私たちを見守っていたのですか」

『大したことじゃない。この身を捧げた代償だ』

「ご先祖様、私は……!」

『テラ……あなたには使命がある。だがそれは、あなたが決めることだ。母星へ還るのが使命ならば、幸せに生きるのもまた使命……』

「ご先祖様! それでは分かりません! 私はどうすれば……!」

『私に言えることはただ一つ。生きよ。生きることを私は助ける。非情な死を、暴力を、私は許さない。我が子孫よ……私の思念が現れたということは、対なる悪もまた出現する。今は、それを討て。それしかない』

「……はい」


 問答が終わると、更に天井が割れた。待望の騎士が救出に来たのだ。


「ジュード! エマちゃん! メグちゃん! 無事!?」


 拡声器越しの声。それは凛として美しく、堂々として強か。

 他のマキナを凌駕する巨躯。サファイアのような両眼の煌めき。粉塵が起こした煙が、天井からの風に散ると、紛れもない白亜の全身が現れた。その機体の名を、ジュードは決して忘れはしない。


魔導機械(マギアマキナ)……」


 恨めしそうに騎士を睨むジュードを、シャーロットは殻内(コックピット)のスコープから見た。


「シャーロット……今すぐそのマキナから降りるんだ」

「ジュード……あのね。これを動かしているのは、私の魔力じゃないの。太初の石の辺りから、とめどなく魔力が溢れ出ているのよ」


 魔法陣から、青い光の粒子がふわふわとマギアマキナに流れている。ふとジュードは疑問に思う。魔法陣の役割は、魔神を封印するためのものではなかったか。そして、多量の魔力はどこから出ているのか。


「魔神と共に、多量の魔力も封印されていたのか?」

「そこのところ、私には良く分からないわ。ともかく、ここから出ないと――――」


 シャーロットの言葉が絶えた。魔法陣の変化に驚いたのだ。青色だった魔法陣は、途端に禍々しい紅に変容した。それが何よりの危険信号だと、この場にいる全ての者が、瞬時に理解した。


「これは――――」


 聖なる光に対を為す、紅と闇の二重奏。螺旋の軌道を描いて天井に伸び、それすら貫いて飛んでいく。螺旋は風を起こし、数十あるディアボリーの遺体を取り込んでいく。

ジュードは呟いた。


「呪いが始まる、のか」


 二千年前に封印された、ラグナロク戦争を象徴する災厄――――鎮魂歌(レクイエム)という呪怨。

マギアマキナへの魔力の流れは、呪いの波に押されてか細くなりつつある。


「早く乗って! それに触れたら帰れなくなる!」


 シャーロットが四人に呼びかける。屋敷の書棚には、二千年の戦争に関する資料もあった。

――レクイエムの呪いに触れた者は、魂の無い喰種(グール)と化し、人々を食い殺す。譬えそれが友人や家族であろうと。そして、呪われたグールを救う手は無い。

 殻内(コックピット)のハッチを開けて、四人を乗り込ませる。機体こそ大きいが、座席は一人分しかなく、四人は座席の裏に密集することになった。


「あの呪いがオリジンに蔓延する前に、何とか止めないといけない……!」

「シャーロット、方法はあるのか?」

「分からない。でもやるしかないわ。地上まで飛ぶからみんな捕まって!」


 魔力の供給があるうちに地上へ飛び出す。膝をバネのように屈し、伸ばした勢いで白亜の機体は来た道を急ぎ飛んだ。 

 青の濃霧が晴れていくように、マギアマキナに纏うオーラは弱まっていた。

 それでも、シャーロットは弱ることなくマキナを操っている。かつてこの機体に乗ったとき、シャーロットは乗っただけで酷く消耗し、青ざめていた。そのときと比べると、疲れこそあるが、彼女の瞳は生気を漲らせて輝いている。


「シャーロット、いけるのか?」

「今更心配してるの? 私は大丈夫。あなたは、あなたが作ったこの子を信じて」


 久しぶりに聞く自信に満ちた声に、自ずと安らぎを感じていた。


「メグちゃん」

「は、はいっ。何でしょうかシャーロットさん」

「…………」


 自分から訊いたのに、シャーロットは閉口してしまった。

メグは、シャーロットのことを「お母さま」とは呼ばなくなっていたからだ。


「記憶が戻ったのね?」

「はい」

「……そう」


 シャーロットは内心で自嘲した。なぜ寂しいと思ったのだろう。少女の返事は明快で、問題なんてない。自分は、これから少女に現実的な話をしようと思っていたのに。


「メグちゃん、手を出してくれるかな」

「は、はい……?」


 マギアマキナの操縦席は、他のマキナと比べて細かなものが少ない。操縦系統が二つのレバーと両足のペダルだけというのは、二足歩行型としては本来有り得ないはずの少なさだろう。シャーロットはそのレバーの一つにメグの手を添えさせた。さらに被せるように、自身の手で操縦桿を握る。

 おそらくはこんな方法でなくとも良いのだが、シャーロットは何となく少女の手に触れたかった。少女を通し、緑の光が殻内(コックピット)に広がる。シャーロットにとって既視感のある光だった。あれは、ジュードとのデュオマキナで見た光。蜘蛛型のマキナが帯びた色は、確かに緑であった。


「あの時、ジュードに手を貸したのはあなただったのね」

「はい。あの時はあなたの気持ちに気付けませんでした。気付いた時にはもう遅かった……」

「私の気持ち?」

「……ジュード兄さまに訴えていましたよね。『私の元に帰りなさい』と」

「どうして――――」


 シャーロットは不意に本心を突かれた。じわじわと芯から熱が涌く。赤面を自覚すればするほど、却って頬が燃え上がるのを止められなかった。


「き、訊くまでもなかったわね。あなたも私もマギア族なのだから」

「シャーロット?」

「ジュードは黙ってなさい!」


 シャーロットが珍しく声を上ずらせて訴えた。


「なんだよ。別に何も言ってないだろ」 

「いいから!」

 

 それが照れ隠しだと、殻内(コックピット)にいる誰もが察していた。


(我々にも)

(聞こえてるんだけどね)


 マルボルとエマは、目を合わせて口角を上げた。

 一方、白亜の機体は墜落したプレートの層を潜るように上昇した。敵はなく、大した障害もない。マギアマキナの緑に変わった両眼は、地上に湧現するであろう最大の敵に、目を光らせていた。

 戦士は明星の如くに、炎熱と闇夜の地上へと踊り出た。

そして、これまでマギアマキナが帯びていた青白の魔力は、地上へ飛び出ると同時にするりと消えた。地下の魔法陣との繋がりが断たれてしまったのだろう。だが、物質的な燃料を使わないマギアマキナは、闇夜の中でも光を帯びて飛んでいる。


「メグちゃん。あなたの魔力が、この機体の原動力になっているのよ」

「……私も感じています。この惑星の底から、私を通してマキナに力が渡っている。ご先祖様が行ったことを、今度は私がやる番です」


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