再会 1/2
もう誰もがダメだと思った。
魔法陣の、太初の石の、そしてジュード・アイスの真上に、瓦礫が怒涛の如く降り注ぐ。
もしそれが防がれたとしたら、奇跡以外に当たる言葉はあるだろうか。
――――いや、ある。
それは、奇跡でも偶然でもなく、紛れもない必然だ。
魔法陣から解き放たれた青い魔力の光は、ドーム状の厚い層をジュードの周囲に展開した。
「助かった……?」
真っ先に驚いたのは、ジュードだった。真上の瓦礫が、自身を避けるように魔法陣の周りに落ちたのだ。次いで、どこからともなく誰かの声がした。
『君たちを死なせはしない。間もなく救いの騎士が到着する。我が子孫と共に、甦る白龍を討ってくれ。貸せるだけの力は貸そう』
「あなたは――――?」
『唯一神を名乗る、ただの魔術師の思念さ』
声の主は、安心を覚える不思議な声で自らを紹介した。
「まさか、あんたがコスモス?」
『いかにも』
「神様……!? これが神様の声!」
エマは、その声の主に問うた。
『私の嘘は、二千年しっかりと続いたようだな?』
次にマルボルが、畏敬の念を以って訊く。
「コスモス様! あなたの思念は二千年の間、私たちを見守っていたのですか」
『大したことじゃない。この身を捧げた代償だ』
「ご先祖様、私は……!」
『テラ……あなたには使命がある。だがそれは、あなたが決めることだ。母星へ還るのが使命ならば、幸せに生きるのもまた使命……』
「ご先祖様! それでは分かりません! 私はどうすれば……!」
『私に言えることはただ一つ。生きよ。生きることを私は助ける。非情な死を、暴力を、私は許さない。我が子孫よ……私の思念が現れたということは、対なる悪もまた出現する。今は、それを討て。それしかない』
「……はい」
問答が終わると、更に天井が割れた。待望の騎士が救出に来たのだ。
「ジュード! エマちゃん! メグちゃん! 無事!?」
拡声器越しの声。それは凛として美しく、堂々として強か。
他のマキナを凌駕する巨躯。サファイアのような両眼の煌めき。粉塵が起こした煙が、天井からの風に散ると、紛れもない白亜の全身が現れた。その機体の名を、ジュードは決して忘れはしない。
「魔導機械……」
恨めしそうに騎士を睨むジュードを、シャーロットは殻内のスコープから見た。
「シャーロット……今すぐそのマキナから降りるんだ」
「ジュード……あのね。これを動かしているのは、私の魔力じゃないの。太初の石の辺りから、とめどなく魔力が溢れ出ているのよ」
魔法陣から、青い光の粒子がふわふわとマギアマキナに流れている。ふとジュードは疑問に思う。魔法陣の役割は、魔神を封印するためのものではなかったか。そして、多量の魔力はどこから出ているのか。
「魔神と共に、多量の魔力も封印されていたのか?」
「そこのところ、私には良く分からないわ。ともかく、ここから出ないと――――」
シャーロットの言葉が絶えた。魔法陣の変化に驚いたのだ。青色だった魔法陣は、途端に禍々しい紅に変容した。それが何よりの危険信号だと、この場にいる全ての者が、瞬時に理解した。
「これは――――」
聖なる光に対を為す、紅と闇の二重奏。螺旋の軌道を描いて天井に伸び、それすら貫いて飛んでいく。螺旋は風を起こし、数十あるディアボリーの遺体を取り込んでいく。
ジュードは呟いた。
「呪いが始まる、のか」
二千年前に封印された、ラグナロク戦争を象徴する災厄――――鎮魂歌という呪怨。
マギアマキナへの魔力の流れは、呪いの波に押されてか細くなりつつある。
「早く乗って! それに触れたら帰れなくなる!」
シャーロットが四人に呼びかける。屋敷の書棚には、二千年の戦争に関する資料もあった。
――レクイエムの呪いに触れた者は、魂の無い喰種と化し、人々を食い殺す。譬えそれが友人や家族であろうと。そして、呪われたグールを救う手は無い。
殻内のハッチを開けて、四人を乗り込ませる。機体こそ大きいが、座席は一人分しかなく、四人は座席の裏に密集することになった。
「あの呪いがオリジンに蔓延する前に、何とか止めないといけない……!」
「シャーロット、方法はあるのか?」
「分からない。でもやるしかないわ。地上まで飛ぶからみんな捕まって!」
魔力の供給があるうちに地上へ飛び出す。膝をバネのように屈し、伸ばした勢いで白亜の機体は来た道を急ぎ飛んだ。
青の濃霧が晴れていくように、マギアマキナに纏うオーラは弱まっていた。
それでも、シャーロットは弱ることなくマキナを操っている。かつてこの機体に乗ったとき、シャーロットは乗っただけで酷く消耗し、青ざめていた。そのときと比べると、疲れこそあるが、彼女の瞳は生気を漲らせて輝いている。
「シャーロット、いけるのか?」
「今更心配してるの? 私は大丈夫。あなたは、あなたが作ったこの子を信じて」
久しぶりに聞く自信に満ちた声に、自ずと安らぎを感じていた。
「メグちゃん」
「は、はいっ。何でしょうかシャーロットさん」
「…………」
自分から訊いたのに、シャーロットは閉口してしまった。
メグは、シャーロットのことを「お母さま」とは呼ばなくなっていたからだ。
「記憶が戻ったのね?」
「はい」
「……そう」
シャーロットは内心で自嘲した。なぜ寂しいと思ったのだろう。少女の返事は明快で、問題なんてない。自分は、これから少女に現実的な話をしようと思っていたのに。
「メグちゃん、手を出してくれるかな」
「は、はい……?」
マギアマキナの操縦席は、他のマキナと比べて細かなものが少ない。操縦系統が二つのレバーと両足のペダルだけというのは、二足歩行型としては本来有り得ないはずの少なさだろう。シャーロットはそのレバーの一つにメグの手を添えさせた。さらに被せるように、自身の手で操縦桿を握る。
おそらくはこんな方法でなくとも良いのだが、シャーロットは何となく少女の手に触れたかった。少女を通し、緑の光が殻内に広がる。シャーロットにとって既視感のある光だった。あれは、ジュードとのデュオマキナで見た光。蜘蛛型のマキナが帯びた色は、確かに緑であった。
「あの時、ジュードに手を貸したのはあなただったのね」
「はい。あの時はあなたの気持ちに気付けませんでした。気付いた時にはもう遅かった……」
「私の気持ち?」
「……ジュード兄さまに訴えていましたよね。『私の元に帰りなさい』と」
「どうして――――」
シャーロットは不意に本心を突かれた。じわじわと芯から熱が涌く。赤面を自覚すればするほど、却って頬が燃え上がるのを止められなかった。
「き、訊くまでもなかったわね。あなたも私もマギア族なのだから」
「シャーロット?」
「ジュードは黙ってなさい!」
シャーロットが珍しく声を上ずらせて訴えた。
「なんだよ。別に何も言ってないだろ」
「いいから!」
それが照れ隠しだと、殻内にいる誰もが察していた。
(我々にも)
(聞こえてるんだけどね)
マルボルとエマは、目を合わせて口角を上げた。
一方、白亜の機体は墜落したプレートの層を潜るように上昇した。敵はなく、大した障害もない。マギアマキナの緑に変わった両眼は、地上に湧現するであろう最大の敵に、目を光らせていた。
戦士は明星の如くに、炎熱と闇夜の地上へと踊り出た。
そして、これまでマギアマキナが帯びていた青白の魔力は、地上へ飛び出ると同時にするりと消えた。地下の魔法陣との繋がりが断たれてしまったのだろう。だが、物質的な燃料を使わないマギアマキナは、闇夜の中でも光を帯びて飛んでいる。
「メグちゃん。あなたの魔力が、この機体の原動力になっているのよ」
「……私も感じています。この惑星の底から、私を通してマキナに力が渡っている。ご先祖様が行ったことを、今度は私がやる番です」




