戦士の胎動
少し前に遡る。
「……死んでいる」
シャーロットがプレート内の管制室に着いた時、既にそこは暗かった。血の匂いが鼻につき、床上に職員だった者の亡骸が二三体転がっているのを見た。正面の大きなパネルにはプレートの俯瞰図があり、鎖が断たれた地点に赤いバッテンが記されていた。壁面の黒板には、無数の計算式や殴り書きがあり、それらが全て無駄だったと嘆くように「修復不可能」の言葉がでかでかと書かれている。
「自殺、か……」
絶望の末に命を絶ったのか。うずくまる姿勢を怪しみ、シャーロットは早足で亡骸の元へ向かった。結論として、シャーロットの予測は間違っていた。
胸部にはナイフで刺された痕。そして、凶器は見当たらない。先ほど寄ったボイラー室にも、炉に飛び込んだ焼死体を見た。それもまた、抵抗するように手足を動かした様子だった。
「いや、殺された……ディアボリーね」
もう一度黒板を見遣る。「修復不可能」の文字の横に、忌まわしい言葉が書き残されていた。
――唯一となりし神が消え、知恵より生まれし力にて、知恵の国滅びし時。封印は解かれ、彼の地にて復活を果たさん――
メグはここにはいなかった。心当たりがあるとすれば、あとはもう地下しかない。魔神復活を目論む彼らは、きっと手当たり次第に人を殺しているのだろう。復活の糧として、この都市を道連れにするつもりなのだ。
(手段を選ばず殺し続ける……。なんという卑劣……! 外道め!)
途端、歯嚙みするシャーロットの足元が激しく揺れた。爆発の揺れだと察すると、シャーロットは一目散に室の外に停めたマキナに戻った。
みるみるうちに、天井が落ち、地面が抜けていく。潰されないように、落ちないように、マキナは最後の力を振り絞って外へ走った。プレートの上に出ると、地表は赤く燃えていた。シャーロットは、飛び降りてでもプレートから降りようと外へ急いだ。それしかなかったのだ。
そして、プレートは崩落した。シャーロットは、生き延びたい一心で最後の手段に出る。
「もうひと踏ん張り、頼むわよ!」
マキナの両腕をパージする。
「ありったけの魔力で――」
四脚を縮めて、
「とべえっ!」
空高く跳んだ。いや、飛んだ。
マキナは四脚を青白く光らせ、沈むプレートを優に見下ろせるまで飛んだ。背部のパラシュートを展開し、緩やかに滑空していく。
天まで昇らんとする黒煙はマキナに絡み付き、この世界から離すことは無い。シャーロットの視線は、自然と地面に向かった。たった今、プレートが粉塵を巻き上げて墜落していた。オリジンは、ものの数時間のうちに陥落したのだ。都市の頭脳は死に、工場は潰れて、人間も焼かれた。これが、今の彼女の故郷だ。
シャーロットに、次の言葉は浮かばなかった。ただ、漠然とした虚しさや哀しみが、煙のように彼女の胸を苦しめた。
もう、自分にできることはないのだろうか。ただ、戦火から離れることしかできないのか。
シャーロットは、地上が波に揺れているのを認めた。震源地は、サピエンティア城の辺り。二つ、三つと波が大地を揺るがせる。
(波がある……どうして、波があるってわかったのかしら……)
揺れがある、といっても目に見えるものではない。そう、これは魔力の波なのだ。だから彼女は感じることができた。
彼方に、豆粒ほどの大きさの自分の屋敷を見つけた。魔力の波は、屋敷をも揺らす。ここまで離れているにもかかわらず感知できるということは、この波は相当強い魔力を帯びているに違いない。
屋敷の傍に、ガレージがある。そして、シャーロットの脳裏に稲妻が閃いた……!
シャーロットは、左手の薬指に嵌めた指環に魔力を通した。指輪の石が、青く光る。
「そうよ! あの魔力を吸い上げれば!」
――――ガレージの闇の中、蒼眼が呼応して輝きを帯びる。
吸い上げるのは、自分ではない。さきの光が、ガレージに眠るあの機体を遠くから目覚めさせたのだ。魔力の波が、ガレージへと集約されるのが、シャーロットには良く見えた。
(立ち上がれ、魔導機械!)
指環は、彼女と機械を繋ぐもの。ジュードが屋敷を去ってからもずっと嵌め続けた絆。命を削るものと知っていても、シャーロットは魔力を通して念じ続ける。
「その魔力の波は、この星の物! あなたを動かすには充分なはず! ジュードを、私たちを救って見せなさい!」
シャーロットの内に、過去の記憶が過る。
五年前の戦争。両親の死。ジュードとの出会い。戦い、別れ。そして、メグ。
瞋り、恐れ、哀しみ。あらゆる劣情を糧にして力は起こり、やがてそれらを深い優しみが包み込む。守る力。それこそ、かの戦士の存在意義である……!
ガレージの窓から、遠めにも分かる閃光が漏れた。
「オオオオオオオオオォォ―――――――――――――――――ン‼」
彼の戦士は、空高く吼えた。
轟音が、戦火の闇を切り拓く。
戦士は起った。




