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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第四章 開戦
35/44

少女の正体

『星巡る命よ、

汝らが求めた神を信じよ。

世に光を。

心に真理を。

祈りに実りを。

啓け。啓け。啓け。

■■■啓く■の■よ。

遍く生者に降り注ぎ、

■■■■より呼び出だせ。

■■■■を甦らせよ!』


「メグちゃん!」


 エマの絶叫に、その部屋にいた無数の人間が一斉にこちらを注視した。


「誰だ!」「異教徒か!」「邪魔をするな!」


 怒号が飛ぶ。どうやら彼らは、ディアボリーらしい。

メグの詠唱は続く。彼女が立つ、妙に光る祭壇の前に司祭の姿をした男がいた。


「司祭様!?」


 エマが驚く。その影に、マルボルは双眸をカッと開いた。


「そこにいたか、ジオ・アルバトロス!」


 マルボルの怒号に、司祭は笑う。刹那、別方向からの殺気がジュードを走らせた。紅い火が閃くのを見た。


「危ない!」


 ジュードが叫ぶ。マルボルに飛びつき、突然きた火球を、間一髪で回避する。背後の壁が、瞬く間に焦げた。

 その攻撃の元は、誰だ。


「魔神復活の邪魔はさせません!」


 それは、一同が聞いたことのある声。立ち直ったマルボルがその名をただす。


「ディーン……!」

「司祭は今、御子を導いておられる。私たちは、厳粛にこの儀式を執り行わなければならないのだ!」


 続けざまにディーンの掌から火球が飛ぶ。マルボルは、『守護(ガーディ)』の防護膜を放ち辛うじて防いだ。しかし次は無い。


「お嬢様を解放するのだ! ディーン!」

「聞けませんね。私は――否、我々は魔神の復活によって日の目を浴びるのです。あなた方もご存知でしょう。二千年に及ぶ迫害の歴史を! 遂に今、予言を体現する時が来たのです!」

「違う! 何があっても、魔神は復活させてはならぬ! それを、罪なき人々を焼き殺してまで行うなど……!」

「人類の栄華のためなのです。そのためならば、異教徒やクランカーがいくら死のうが構いません!」

「その我欲が、マギア族への迫害を正当化するだけだと何故分からないのだ!」

「魔神さえ甦れば、我々を妨げる者はありません!」


 そこに、ジュードが口を挟む。


「魔神などあるものか!」


 ジュードは懐の拳銃を抜き、銃口をディーンに向けた。


「黙れクランカー! 『束縛せよ(バインド)』!」


 言葉を荒げ、ディーンが右手を握ると、ジュードは見えない「何か」に締め付けられた。「何か」は、ジュードをそのまま地面に押さえつけて身動きを封じた。それでも、ジュードは声を絞る。


「メグを離せ……! あの子と母親を会わせるんだよ……!」

「ジュード殿……」


 ディーンが高笑いをした。


「御子に母親などいない! 母親もどきの女は死んだ。城が崩れる時、カナリアのようにヒステリーを起こして死んだ!」

「ふざけるな……どうしてそう言い切れる……!」

「減らず口のクランカーめ。御子が持つ力を、あの女は持ち合わせていなかった。父親もな。御子とは違う、明らかに染めた空色の髪。あの夫婦は魔術師としてあまりにも未熟だった!」

「なら、あの子の本当の両親は誰なんだ……」

「――魔神だ。御子こそ、親たる魔神を呼び覚ます。この呼びかけに親が応えるのだ。御子の力とはな、この星に眠る生命鉱脈から魔力を無尽蔵に扱う能力なのだ!」


 尚のこと馬鹿げた物言いだった。メグは神の子だというのか。確かに、能力は本当かもしれない。メグには、魔力のみでマキナを動かした事実がある。だが、人は人から生まれる。トンビが鷹を生むことは生物の道理に反する行いではないか。


「御子は魔神の封印を解く鍵だ。『――唯一となりし神が消え、知恵より生まれし力にて、知恵の国滅びし時。封印は解かれ、彼の地にて復活を果たさん――』その言葉は今にも本当になる」

「予言に合わせるために、メグを利用したのか……!」

「全ては予言のままに。我らの神が人類をより賢い生物とし、進化と調和と繁栄をもたらしてくださるのだ」


 メグの心が抜け、ジオの狂気が乗り移った詠唱は尚も続く。

 不明瞭であった言葉は、次第に明確な発音と共に輪郭を帯びる。

 少女の喉から発せられた声は、雨だれの如くに澄んだ音。水面に波紋が広がるように、地下いっぱいに完全な詠唱が響く。



『星巡る命よ。

汝らが求めた神を信じよ。

世に光を。

心に真理を。

祈りに実りを。

啓け。啓け。啓け。

智の華啓く命の水よ。

遍く生者に降り注ぎ、

我らの内より呼び出だせ。

妙なる神を甦らせよ!』



 メグの足元の魔法陣が眩い光を放つ。光は波となり、突風の如く吹き荒れた。それは、神々しく、尊大で、重く、厚みのあるものだ。

波が一つ、二つ、三つとジュードたちやディアボリーを煽る。


「遂に目覚める! 予言のままに、我らの魔神が甦る時が来た……‼」


 ディーンをはじめ、ディアボリーの興奮は最高潮に達しつつある。エマは、司祭がメグの前に跪いているのを見た。いや、司祭だけではない。彼に倣い、全ての敵が魔法陣に向いて跪いている。ジュードはまだ起き上がれそうにない。マルボルも突風のせいで本来の身体能力を活かせないでいる。エマは、司祭が憎かった。


「あなたが……! あなたみたいなのがいるから……!」


 懐に潜めた重い物を取り出す。狙いがそれないように、司祭へとにじり寄り、銃先を真っ直ぐに向ける。



 ――エマちゃん。私がピストルを渡した意味は分かる?



 憧れの人からの言葉が、双肩に重みを与えた気がした。手の震えを押さえる、鎮静剤のようにも思える。


「分かってますよ、シャーロットさん……。私があの子の支えにならなくちゃ……!」


 跪く司祭の背に向けて、エマはリボルバーの撃鉄を起こした。

今度こそ、迷わずトリガーを引いた。

 それは、波を貫く弾丸。初めこそ突風に流されると思われたが、弾丸の回転は、寧ろ突風を巻き込むように大きく、激しくなり、司祭の心臓を背後から撃ちぬいた。司祭は呻き、うずくまる。ディアボリーたちは、突風が絶えず鼓膜を震わせていたせいで銃声を聞き取れず、さらに、司祭のうずくまりも、跪く様子と見分けがつかないので、エマの射撃に気付かなかった。だが、その効果はすぐに現れた。


「メグちゃん!」


 魔法陣の光が、途端に収まりをみせ、風が自ずと止んだ。メグの双眸に、失われていた光が戻り、少女はその場でへたり込んでしまった。


「……エマ姉ちゃん……?」

「そうだよ! そうだよ! 無事!?」


 エマが、少女の肩を抱く。

 メグは、状況こそ良く分からないが、五体満足なのは確かなのでコクリとうなずいた。


「良かったぁ」

「でも……」


 メグは、ジオから解放されたというのに暗い顔をしていた。


「エマ姉ちゃんとジュード兄様は、本当の家族じゃなかったんだね」メグは、自分に言い聞かせるように呟く。「シャーロットさんもお母様じゃなくって、本当のお母様と思っていた人も、もうこの世にいない……」

「あいつの言葉、聞こえていたのね……」

「うん。ねえ、エマ姉ちゃん。私って、気持ち悪い人ね。誰ともつながってないの……。独りぼっちで、親は封印された神様だなんて」

「そんなことない! メグちゃんは……」


 エマは、次の言葉が浮かばなかった。いや、適当な言葉を探していたのだ。自分の心に迷いはない。けれど、メグの様子は、明らかに人を拒んでいる。


「……言ったでしょう。私たちは家族だって――」

「でも! 私、自分が何者なのか……! さっき甦った記憶だって、ずっと昔のことなのに! 私、その頃から家族ごっこの輪にいただけだったんだもん!」

「――――!」

「私、本当の名前を思い出したの。みんな、この名前を言いたがらなかったわ。マルボルだって、ずっと『お嬢様』としか言ってこなかったでしょう。私の名前って怖いものなのね」


 メグの深緑の瞳は、徐々に潤んでいた。



「私の名前は……地球(テラ)。テラは、惑星の名前なの」



「テラ……」


 エマは反芻した。


「そう。テラってね、私たち人間が遥か昔に捨てた惑星なの。人間は、この惑星ネティアスに逃げ延びて、いつか地球に帰ろうとしている。私は、その地球帰還の為に造られた人間モドキなのよ。私には、使命があるの。そして、そのためにはみんなを殺さなくちゃいけない……」

「そんな……!」


 メグが後ずさる。エマの手を振り払おうとして「近づかないで」と拒んだ。


「私のことなんて放っておいて! 誰かの為に生まれた私は、どうせ本物の家族じゃないんでしょう……! 私だって、こんなの嫌! でも、やめられない……カナリアの存在価値は、飼い主に愛されてこそだもの。ジオ・アルバトロスが魔神復活のために私を使うなら、私は魔神を呼び覚まさなくちゃいけない……そして、みんなを殺さなくちゃいけないの……魔神が甦れば、生命鉱脈の力を集約させてネティアスの人間を地球へと帰らせることが出来る。生命鉱脈にある精神エネルギーが、死んだ生命の精神からできるなら、この都市の人間を全滅させて地球に帰る充分なエネルギーが出来るの。…………だから、だから、私…………みんなを――」

「メグちゃんっ!」

「あ――」


 エマは、少女の顔を胸に埋めさせ、その冷えた背中を両腕で温めた。御子であろうと、マギア族であろうと、人間でなかろうと、辛ければ涙を流す子なのだ。何よりも、メグは家族だ。エマに、抱き締めない理由はなかった。


「私には、難しいことは良く分かんない。けどね……辛いなら、泣いていいんだよ。私の胸ならいくらでも貸すよ。ね、この温かさは嘘じゃないでしょ。メグちゃんは、メグちゃんなんだから。やりたくないこと、やらなくていいんだよ」


 雪解けの陽のように暖かく、その優しみが冷え切った心の芯まで溶かしていく。


「……エマ姉ちゃん……姉ちゃん…………!」


 少女の目尻から、堰を切って涙が流れた。躊躇いがちな咽びは、やがて声を上げた号泣に変わり、メグは、その温もりに全身を預けた。


 偽りのない、暖かな瞬間だった。


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