緊急避難
陽が傾いている。
プレート上の爆撃をした帝国軍の飛行船は、工場区の絨毯爆撃の道すがら、プレートと地面を繋げる八本の鎖のうち一本を爆撃した。ピンと張った直線が千切れ、プレートの傾く様が、ジュードたちにもはっきりと見えた。
「連中、プレートを崩落させるつもりか」
マキナの足で、〈スカートの下〉まであと五分といったところ。四脚のマキナ二機は、視界の正面にプレートを見据えている。プレートの外周に位置するプロペラが回転量を増やし、バランスを持ち直したらしい。もっとも、プロペラの一、二枚程度の奮闘でどうにかなるとは信じ難いが。とはいえ、プレートはまだ機能しているようだ。
「よく持ち直しましたな。私の目算では、鎖が一本でも切れたら崩落すると思ったのですが」
「まだ中に人間がいるんだ。もしかすると、メグが魔力を使ってバランスを保っているのかもしれない」
「…………早く助け出さなければ」
ジュードは冗談のつもりだったが、メグにはそれが出来てしまうようだ。事実、ジュードのマキナを魔力だけで動かした子だ。それとて彼女の全力ではないのだろう。
幸いにも、ここまでの会敵は無い。
橙の夕日が、ジュードたちの背後から城を照らす。マキナの影が二つ、煙を纏い瓦礫に歪んで伸びている。
「敵だ! 戦闘準備! かなりの数だ!」
望遠スコープ越しに、数人の影を認める。光線の射程には出来るだけ入りたくない。この軍用機にはまともな装備がないのだ。敵は、散開して瓦礫の裏に隠れた。
「ジュード殿、ここも私の魔術で」
「魔術を使うにしても、不意討ちを狙うべきでしょう。俺が先行して陽動をかけます。その間に、マルボルさんが攻撃を」
二機は一旦止まり、マルボルはエマ機の掌に移った。
「エマ、距離を置いて付いてこい」
「はいっ」
そう言い残し、ジュード機は全速で走り出した。銃身の焼けた機関砲で弾をばら撒きつつ、瓦礫の中を走っていく。
疎らな弾幕に、帝国兵は大人しく身を隠す。射撃が止むと、恐る恐るマキナに銃を向ける。しかし、間もなく撒かれる弾幕に、兵たちは思わずバリアを張る。
「見えた――!」
今度は、エマがマキナを走らせる。バリアの光があった場所が、帝国兵の居場所だ。ジュードは弾幕を張りつつ後退し、代わりにマルボルを乗せたエマ機が前にでる。
「エマ殿はここまでです。後は私が行きます」
バリアが点々と露われる箇所の中心に、マルボルは颯爽と飛び込んだ。両手を天に掲げ、詠唱する。雷槌が現れてそれを握ると、雷神の武器が真価を発揮する。
「『檄なる雷槌‼』」
雷が辺りの敵を無差別に迸る。それは、咄嗟に出したバリアすら打ち破り、敵を悉く焼き払った。
槌が消え、音も立てずに着地する。二機がマルボルに追いついた。
「敵はまだいます。さあ急い――!?」
――――啓け。啓け。啓け……!
突如、彼の脳裏に声が響いた。聞きなれた、あの少女の声。
「お嬢様……! またその言葉を!」
「どうしたんだ? マルボルさん?」
「急ぎましょう。このままでは壁画の再来となる」
「壁画だって?」
既にここは地獄絵図だ。
「……とにかく、このままではお嬢様が危険です」
「分かってる。だがその前に俺たちも危ない。飛行船が爆撃しつつ城に向かっているんだ」
ジュードのマキナは右手で後ろの空を指した。数隻の飛行船が城に向かって飛んできていた。爆撃の揺れが徐々に近づいている。今や工場区も火の海と化したのだ。
「いたぞッ!」
他の帝国兵が駆けて来た。ジュードが舌打ちし、二機のマキナは城に向かって再度走り出す。マルボルは、先ほどの魔術で魔力が足りなくなっている。逃げるより他にはなかった。
「うわぁッ!」
敵の光条が、エマのマキナの片足を撃ち抜いた。だが、撃たれた足を即座に切り離し、エマは走り続ける。
(ここでやられたら、メグちゃんを助けられない!)
二機は、地上からプレートへと繋がる高架鉄道の線路にのった。マキナのローラーを線路の幅に合わせて、一目散に駆け上る。
線路は、プレートの外周を一週回って登る。緩い坂が延々と続き、追っ手の兵を振り切ったところで、飛行船が真上に来ていた。飛行船から、ガラスを割くような高音と共に、無数の爆弾が降ってきた。それはジュードたちの上にも容赦なく降り注ぎ、高架線路は徐々に崩れはじめた。
「持ってくれよ……!」
あと半周。無謀を承知で走り続ける。プレートの周辺は、黒煙に巻かれて一寸先すら見えない。だからだろう。ジュードは、目の前の線路が既に崩落していることに気付かなかった。爆撃は、一足先に再びプレートを破壊したのだ。突如として、落下の浮遊感がジュードたちに襲い掛かった。身体が座席から浮き立つのを、シートベルトが辛うじて引き留める。その重力に引きずられる恐怖を払い、二機は落下地点を探る。自由落下といえども、言葉ほどの自由はない。どこに落ちてしまうのかを理解した上で、着地の衝撃を最低限に抑えることが最優先だった。頭部のライトを点けるも、〈スカートの下〉特有の黒煙が視界を阻む。
(軍用機なら、降着体勢があるはずだ)
走行モードのチャンネルを、レバーをずらして降着モードに変える。四脚を上下に八の字型に開き、屈伸による衝撃吸収に備える。エマも、ジュード機の挙動を見てモードを切り替えた。エマ機はマルボルの身体が飛ばないように、彼を左手の平に伏せさせ、右手を重ねた。
ガラクタが散在する常夜の街が見えると、二機はなだれ込むように着地した。航空機のような斜めからの着地になったせいで、折れ曲がった脚部は想定外の衝撃に耐えきれなかった。脚は地面を滑走する中で、一本、また一本ともげ、胴体を磨り減らした末にようやく止まった。
エマ機は、脚が一本少なかったせいかジュード機よりも地面を滑って着地した。
殻内のハッチを開けて、ジュードが脱出した。息が詰まるほどの緊張に、マスクを外したくなったが、少しずつ深呼吸することで自身を落ち着かせた。
エマ機を見遣る。二人がこちらに向かっていた。大きなけがは無いようだ。
「橋が壊れてたとはな……」
「ジュードさん、ご無事ですか」
マスク越しに、エマの不安そうな顔が伺えそうだった。
「俺は問題ない。エマとマルボルさんは?」
「私はこの通り大丈夫ですっ!」
「ご心配なく。老体には少し堪えましたが」
「無事で何よりだ。マルボルさん、今度あなたの身体の鍛え方を教わりたいな」
「お嬢様を救い出したら、それもいいでしょう」
こちらは、マスク越しでも深緑の瞳がしたたかに光るのが伺えた。
「〈スカートの下〉、と俗に言うのでしたな、ここは」
彼の亡き主人が、ここを不浄と蔑んだことは彼の記憶に新しい。ここは異端の都市の影であるが、奇妙にも天上の戦火から隔離されている。だがプレートがミシリと欠け、砂礫が零れ落ちるところを見ると、この偽りの夜ももう長くはないだろう。
「メグが近くにいるか分かるか?」
マルボルは手首に着けた石を見る。ガラスのように無色で輝きすらない。具体的な場所は分からないが、少女の魔力は近くに感じる。
「ええ。この城の近くで間違いないでしょう。中央の方向にいます」
マルボルが指した先には、プレートの支えと呼ぶべき支柱が真っ直ぐに伸びている。
「――――!」
三人が走りはじめたとき、大地が揺れた。プレートが再び傾き出し、柱を通して揺れが伝播したのだ。プレートの底が崩落し、その欠片が降り注いで常夜の街を壊していく。偽りの夜空が割れた。
欠片が自分たちの上に降らないよう祈りつつ、三人は走る。
「ジュードさん! 外に避難しないと!」
「ダメだッ! 外に出たところで空襲だぞ!」
「じゃあどうすれば!」
マルボルが提案する。
「あの柱はエレベーターとなっております。あそこに行けばお嬢様の居場所に着けるかと」
「今はそれしかない!」
「…………ああッ!」
常夜の中央に戦の火が灯された。空気が轟々と震える。
エマは、見上げたあの柱とプレートとの付け根が爆ぜるのをみた。その爆発は、天から地へと瞬く間に連続した。ビシリと割れ、歪み、亀裂が悲鳴をあげる。支柱は倒れていく。
もはや、プレートへ上ることは叶わない。それどころか、プレートは空に居続ける力を無くして地面にずるりと堕ちていく。
「……避難だ! そこの教会に!」
灰被りの教会が近くに見え、辛うじて三人は駆け込んだ。すぐさま、その扉の前にプレートの欠片が降り、地面に刺さって出口を塞いだ。
教会の中は暗かった。その中に、かなりの人数の息遣いが聞こえる。逃げ遅れた者か、聖典教徒か。彼らは、巨大な聖典を象った石像の前に小さなかがり火を灯して、じっと座り込んでいた。扉近くの数人が、ジュードたちの方に振り向いた。その中の一人が言った。
「あんたら、よく来なすった。ここにいれば安心さ」
「……たった今入口がふさがった。プレートは落ちて、〈スカートの下〉は潰れるだろう。この教会だって、例外じゃない」ジュードは続けた。「どうして安心だと言い切れる?」
彼はジュードの苛立つ様を不思議そうにみて言葉を返した。
「とうとう、異教徒に罰が下ったのさ。徒に科学技術を進め、神への信心を無くして生きてきた者共は、結果として地獄の炎に焼かれている。聖典の通りに、必要以上の発展を止め、心安らかに生きておれば、このようなことにはならなんだ。信心を貫いた我らは、きっと神様が守って下さる」
「だから何故そう言い切れる……! 神が不可思議な奇術を使うとでも言うのか」
「無礼者! 神の奇跡を、どうして人間如きが解せるとお思いかっ」
ジュードは舌打ちした。
(これだから聖典教徒って嫌いなんだ)
「ジュードさん抑えて」
エマがジュードを諫めた。
「分かってる。お前は盲信するなよ」
かがり火が異様な色を放つと、どよめきが波立った。
「また光った」「あの光こそ神の導きだ」「きっと守って下さる……」
緑色の炎。炎というよりはむしろ、魔力がもつ光に近い。暖かいものが、この教会を包んでいる。ジュードはそう感じた。
マルボルは、その光に心当たりを感じて戦慄した。
「この光、お嬢様のもの……! エマ殿。この教会に地下は?」
「地下ですか? 確か、あの脇の扉の先に階段があります」
エマは、聖典教徒であるためこの教会に通うことがある。三人の中では教会に一番詳しい。
「そこに行きましょう。もしかすると、お嬢様はそこにいらっしゃるのかもしれません」
「え? ここは教会ですよ! マギア族がいるはずが……」
「その逆です。教会だからこそ、カモフラージュが出来るのです」
天井が揺れる。どよめきの中で、傷のなめ合いに等しい慰めの言葉が交わされる。
信徒を掻き分けて、三人は脇の扉に移る。同時に、プレートの欠片が天井を突き破って落下した。両手を組んで祈る数人の信徒は容赦なく下敷きなった。慄く信徒たちに、第二・第三の欠片が落ち、祭壇は鳴動で埋め尽くされた。
三人は扉の先で見つけた、地下へ続く階段を全力で下った。地上への道は瓦礫によって完全に塞がれ、地下には何もない通路が延々と伸びている。
「どこか部屋はないのか? 扉の一つもない」
「お二方、この道はマギア族特有のトリックが仕掛けられています。もう少し先に入口が……ありました」
マルボルが指さしたのは、これまた何でもない壁だった。
「まさかカモフラージュ?」
「その通りです。『開け』」
マルボルが壁に手を当てると、壁の一部が霧散して部屋が現れた。同時に、聞きなれたあの声が三人の耳に飛び込んできた。




