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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第四章 開戦
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コロシアムの開戦

 四時十分前。サピエンティア城そばのコロシアムはこれまでになく騒めいていた。そこには血気盛んな男たち、マキナ乗りが数多く集結し、集会が始まる時を今かと待っていた。その昂ぶりは、決闘を観戦するときの興奮に近いものがある。要するに、オリジンの民は、戦争を楽しみにしていたのだ。


「手柄を取って英雄になるのは俺だ」「シュンムの野蛮人をまた返り討ちにしてやる」「この時を待ってたんだよ!」


 男どもの叫びは、猛きというより荒く、その中にいたシャーロットは、これが知恵の国の様とは思いたくなかった。今日の号外があるまで工場務めに明け暮れていた彼らの眼は死んでいたのだ。それが、今は火が付いたように光っている。


(浮ついている……。戦争を遊びか何かとしかと勘違いしているんじゃないかしら)


 殊に、志願兵ならば当然なのだろう。今の彼らにとって今回の開戦は、突然始まった参加型エンターテインメントというわけだ。だが。それで勝てる程、戦争が甘いものだろうか。第一、単純な兵力差で言えばオリジンとシュンム帝国では一対三〇は開きがある。五年前にあった侵略戦争では、オリジンが武装の性能差で圧倒し、帝国軍には長い遠征による疲弊があったのだ。士気の差からして、オリジンに明確な勝機があった。


「お嬢さん、あんたも戦うのかい」


 ふと、一人の若者がシャーロットに訊いてきた。


「ええ。こう見えて、マキナ乗りなので」

「へえ、女のマキナ乗りねぇ。ああ、あんたシャーロット・マーキュリーかいっ?」

「はい。知っていただき、ありがとうございます」

「そりゃ知ってるに決まってるさ。絶対勝利の女神がいるならこの戦争は勝ったも同然だな」


 シャーロットは、慢心に満ちたその一言が気に障った。


「そんな覚悟で勝てると思って?」

「え? なんて?」

「……今回の戦争は危険です。前の戦いでは帝国軍は疲弊していましたが、あれから五年が経過しています。ただの報復ではなく、軍備を整えた上での計画的な宣戦布告と見るべきでしょう。もしかしたら、新兵器を使ってもっと早くオリジンに来るかもしれないとは思いませんか?」

「む……だが、オリジンが技術力で他国に負けるはずがないだろ」

「そんな保障がどこに?」

「知るかよそんなこと。あんた、色々と文句垂れてるけど、本当は単にスリルを味わいたいだけじゃねえの?」

「何ですって……!」


 シャーロットはこの男が気に入らなかった。自分が一体どんな思いで志願しているのか、彼には理解できまい。生きてきた場所を守るために、今どれだけ不安なのかなど、到底理解できまい。


「あんたさ、戦争に文句があるなら、大人しく帰った方がいいぜ。いざ戦争になってそんな弱気じゃあ戦えないだろ。まあ、あんたも所詮は女だからな、無理するなよ」

「いざ戦場に立ったときに、同じことが言えると良いわね?」

「言えるさ」


 口で言うのは簡単だ。「勝つ」ことも、「名誉」を得ることも、「敵を殺す」ことも。実際の感覚が出

来上がっていないのに良く言えたものだと、シャーロットは彼を蔑視した。


「……戦いを望む諸君に告げるッ!」


 喧騒を貫いて、拡声器越しに誰かが怒鳴った。コロシアムの客席の上部。本来、首長が居座ることが多い特等席の位置に制服を着た男が立っていた。


「先ずは、志願に来てくれたことに感謝するッ! そして早速だが、敵軍が来るまでの間、諸君らにはこの場で訓練を受けてもらうッ!」


 一転、志願者たちは再び騒めいた。訓練とは、具体的には何なのか気になるのだ。


「……せいぜい生き延びて見せろッ! 知恵の国の諸君!」


 彼がそう言い残した直後、コロシアムの一部で爆発が起きた。それに次いで、アリーナの至る所で爆発が連続した。


「――マギア族だ! 魔術で俺たちを焼くつもりだ!」


 一人がそう叫び、興奮は一瞬で恐慌へと翻った。彼らは銃を構え、敵と思しき全てを怪しみ始めた。


「お前だろう!」「違う! お前こそ……!」疑心の中で遂に一発が放たれ、先ほどの男が「助けてくれ!」と叫ぶのをみた。

 シャーロットは、人混みを抜けだして、屋敷から持ち出した四脚マキナに乗り込んだ。蒸気機関が温まったところで、マキナを跳躍させてアリーナから客席に動いた。事態を俯瞰しようと、スコープ越しに爆発が起きた場所を睨んでみる。魔術による爆発痕があった。ディアボリーによるものと見て間違いない。


(ディアボリーは、志願者を潰して内側から帝国軍を援護している……!)


 シャーロットは自ずと叫んだ。


「こんなの訓練じゃない! 既に戦争が……!」


 シャーロットは、右手レバーについた銃火器用の安全装置を外しつつ、誰が敵なのかを見極めた。混乱の中では、同士討ちもあり得る。


(私の敵は、誰だ?)


 アリーナの爆発は、マキナを中心的に狙ったものが多い。数千人の集まりの中で、ディアボリーにとって明確な敵と言えるのは、やはりクランカーの象徴たるマキナなのだろう。

 そのうち、マキナの一機が見境なく機関砲をばら撒き始めた。続いて二機、三機と、彼らの疑心が金切り声を轟かせた。

 一方で、ディアボリーによるマキナの破壊工作も止まらない。血潮が舞い、矢継ぎ早に響く阿鼻叫喚を掻き消そうと、銃声が躍起に鳴る。コロシアムはものの数分で地獄へと変貌を遂げた。

 地獄という言葉を、シャーロットは思い出していた。地獄は、生前の行いが悪かった人間が行くことになるという。誰が作った考え方なのかは知らないが、ただ一つ誤りがあるとしたら。


 ――地獄は、人間が生み出すものだということだ。


 孤独にさせられたときの悲痛を、神が慰めることはない。否、そうであったとしてもシャーロットに実感はなかった。


(地獄に敵はない。ここにいても……)


 現実に、これを起こした根本の人物。それを、シャーロットは理解していた。


「チッ!」


 数人がシャーロットのマキナに迫っていた。後退しつつ躊躇いなくトリガーを引いた。客席に煙が立ち、ヒトが肉塊に変換される。腕が跳び、五臓六腑を貫かれていく。悪足搔きに、魔術で作られた光弾が飛んできた。


「『守護よ!(ガーディ)』」


 シャーロットが咄嗟に唱えると、マキナの前面に薄い光がヴェールのように広がり、光弾を打消した。攻撃が来た方向に再度撃ち込んでから、シャーロットは客席を登り切り、コロシアムの外に跳び出した。志願者は、コロシアムの外にもあぶれており、中の事情を知ってか知らずか、多くがその場で固まっていた。それらを横目に、マキナの四脚は歩みを進めた。

 それは、黒煙を背に白亜の輝を帯びている。シャーロットの視線の先にはサピエンティア城が聳えていた。天を突かんばかりの尖塔は、この事態に揺れているだろうか。

 ふと、脳裏にシャーロットの言葉が蘇った。


 ――もし、城でメグちゃんを見つけたら、きっと救い出してください……!


 敵というのは分からない。敢えて言うならば、オリジンを侵す者と、自分にとって大切な人を傷つける者だとシャーロットは思った。まだ本当の名前も知らない、あのマギア族の子も、きっと大切な人だ。


「お母さま、か……」


 やっぱり今の自分には合わないなと、自嘲気味に息を漏らす。



 ――突如、空に影が差した。


 見上げて、絶句した。

 それは、雲というにはあまりに小さく、だがはっきりとした粒々だった。群集もまた、各々に指さして怪しんだ。シャーロットの脳裏に最悪のケースが過る。


「帝国軍……!? だとしたら早すぎる……ッ!」


 空中の粒たちから、更にパラパラと小粒が降って来た。それは近づくほどに大きく見え、何なのか分かったときにはもう遅かった。

 無数の爆弾による空襲。

 サピエンティア城、爆ぜる。コロシアム、爆ぜる。ブルジョアジーの邸宅、爆ぜる。空飛ぶプレートは、全面を悉く爆破され、瞬く間に火の海と化した。

 次いで、空飛ぶ粒々から更に小さい粒々が降りてきた。それらから光弾が降り注ぎ、狙われた人々は対処する余地もなく殺される。それらは降下する兵隊だった。シャーロットが見たことのない武器を彼らは持っている。


「やめなさい! 城の中に、あの子がいるかもしれないでしょ!」


 シャーロットは空に叫んだ。

 そしてレバーを思いっきり傾けて、サピエンティア城へとマキナを飛ばした。



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