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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第三章 戦争とマギア族と
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ジュードとシャーロットの過去

 五年前のことだ。

 大陸の西では、革命と共にシュンム帝国が勃興し、将軍コーネリアの進撃は地方にとどまらず、山脈を越えてオリジンの近くまで迫っていた。オリジンから西に二百キロメートル進んだ平原が、オリジン・テンショウ連合軍の最前線だった。

 当時二十歳のシャーロットも、前線で戦う一兵士であった。他の部隊には一人もいないが、この部隊に限っていえば二人に一人は女兵士であり、彼女のような兵は珍しくない。

寒い季節のことだった。塹壕に隠れて座り込む。僅かな風が身を震わせるたびに亡くなった両親を思い起し、無償に一服したくなるのが、彼女の癖だった。

胸ポケットから、マッチ箱と葉巻を一本。葉巻を咥えて、先っぽに火をつける。弔いの灯のつもりだ。最初の一息が、最も甘くて美味しい。肺まで吸い込んだ煙を、もったいぶるようにゆっくりと吐く。


「…………」


 両親の殺害は、屠殺のように平然と行われた。警察を騙る連中が屋敷に押し入り、何も言わずに両親を撃ち殺した。同族のメイドが必死になって逃がしてくれたが、結局シャーロットは捕まってしまった。

 苦しくて、痛い思いをした。

 そして、気が付いたら軍隊に駆り出され、列車に詰められて戦場へ。そこには自分と似たような境遇のマギア族が大勢いた。同族の指揮官をはじめ、誰もが優しかったことが唯一の救いだった。

あの出会いは、今でもよく覚えている。


「火、貸してくれ」


 男というにはまだ青い、少年の声がした。シャーロットは隣に立つ声の主を見上げ、細目で睨んだ。


「坊やに煙草は早いわよ」

「違う。こいつに使うんだ」


 少年は、固形燃料と腸詰めの缶を持っていた。どうやら炙るらしい。


「いいもの持ってるわね」

「親睦を深めよう」


 初心(うぶ)な子なのだろうか、ナンパにしては変なセリフだった。ちょっと可愛らしい。男女混成部隊では、決して珍しい光景ではなかった。もっとも、夜を共にした連中から死んでいくというジンクスもあったが。

少年の格好は小奇麗に整っていた。軍靴が光り、顔も煤けていない。シャーロットは若干の違和感を覚えた。


「坊や、うちの新入りにしてはちょっと変ね」

「坊やじゃない、少尉だ。俺はジュード・アイス技術少尉。今日から第四中隊の技師として着任することになった」


 驚いた。少年は階級の上では上官だったのだ。シャーロットは、葉巻を咥えたまま形ばかりの敬礼をする。流石に名乗れないので、ふかした煙を吐いて葉巻を取る。


「シャーロット・マーキュリー准尉であります、アイス少尉殿」


 ジュードは怪訝な目で彼女の襟元を見る。准尉の階級章などどこにもない。


「どういうことかな、マーキュリー上等兵?」

「坊や、ここでの階級なんて飾りと思いなさいな。ここに来た順番じゃ私が先輩。ついでに歳も私が上。坊やは、坊やでいいでしょ」

「……好きにすればいい。君のお陰で、司令官の言葉の意味が分かったよ。本当にここは家族みたいなものなんだな」


 半ば呆れつつ、少年は納得したようだ。どうもこの子は、弄り甲斐がありそうだ。笑いつつ、マッチ箱を渡す。


「どうも……って、あれ」


 箱の中身は空だった。


「マッチは?」


 ジュードの問いに、シャーロットはニヤリとした。


「あら。おかしいわね、確かに胸の位置に入れてたのだけど」


 シャーロットの豊かな曲線の山に、ポケットがある。シャーロットは手を入れて見せた。


「ポケットの奥にあるみたい。取れないわ……そうだ、少尉殿なら取れるかも」

「……は?」

「いいから、ポケットのマッチ棒取ってくれません? 少尉殿」


 彼はあからさまに照れていた。ここまで顔に出ると、実に弄り甲斐があるというもの。


「わかった。動くなよ」


 少年は、右手を広げて彼女の胸へと伸ばす。が、明らかに鈍い。また面白い顔をしている。このままでは顔から火でも出そうだ。


「はいっ」

「えっ」


 少年の手が胸に触れる寸前、彼の手を妨げるようにシャーロットの右手が間に入った。左手で彼の五指を包み、右手でつまんでいたマッチ棒を握らせる。


「ズボンのポケットに入ってたの。今思い出した」

「…………」

「どうしたの?」

「何でもない。ひ、火を点けるぞ」


 彼から分けてもらった炙った腸詰めは、とても美味しかった。

 今日はもう敵の攻撃もなさそうだ。シャーロットは少年とゆっくりと話すことにした。


「坊や、どうして私と?」

「……准尉の瞳が、綺麗だったから」

「…………プッ! あっはははは!」


 思わず吹き出す。純粋な言葉が、今のシャーロットにはおかしくて仕方がなかった。


「本当だ! 俺は准尉に……!」

「待って! ちょっと待って! 笑い過ぎてお腹痛い!」

「…………もういい」


 少年は拗ねてしまった。その様すら、何だか面白かった。ここまで笑ったのはいつぶりだろう。本当に楽しい。

 その後も、少年は何かと理由をつけて定期的にシャーロットの元へと来てくれた。


 ジュードがディアボリーに来て一週間経った頃、新兵器の機械が前線に届いた。マキナというそうだ。四つ足の単座式戦車で、一機で小隊規模の戦力になるらしい。ジュードは、ディアボリーに送られた十機のマキナの整備と調整に追われていた。

ここで問題が出てくる。誰が操縦するのかということだ。本来は、操縦訓練を受けたパイロットが機体と抱き合わせで配属される。だのに、ディアボリーにはパイロットが来なかった。ジオ・アルバトロス大尉によれば、マキナを受け取れただけでも相当な幸運だったという。新兵器でありながら、実験段階ということもあり、「マギア族ならば違った成果が出るかもしれない」と上申してようやく手に入れたようだ。

パイロットの件について、ジュードからシャーロットに話が来た。


「やってみないか? マキナの装甲なら、銃弾なんて屁でもないし、一騎当千の火力もある」


 悪い話じゃなかったので、とりあえず引き受けることにした。候補生となったことで、シャーロットは最前線から身を引くことが出来た。


――――ところが、シャーロットにはサッパリだった。


 ジュードから教えてもらった操作方法が、全く頭に入ってこない。一歩すら至難の業だった。他のパイロット候補も飲み込みこそ順調だが、やはりどうしても訓練した兵とは差が出てしまう。シャーロットはパイロットを辞めようと思ったが、ジュードは彼女がマキナに乗ることにこだわり続けた。


「もういいよ。私は歩兵で十分だから」

「いや、ダメだ。君にはこれに乗ってもらいたい。俺が、君でも操れるマキナを造る。それまで、辞めるなんて言うな」

「少尉…………どうして」

「君に死んでほしくないんだ」


 それは、実に真っ直ぐな彼の本心だった。



 

 それから三日後の朝、ジュードは嬉々とした様子でシャーロットの元に駆け付けた。


「出来た! 君たちマギア族に合わせた改良機だ。これで、他の部隊に遅れを取らない」


 その時のシャーロットは噂程度でしか知らなかったが、二日後に大規模な反攻作戦が計画されていた。マキナが実戦投入される最初の作戦でもある。ディアボリーとして戦果を挙げればマギア族の名誉挽回にも貢献できる。マキナが扱えることは、勝利への第一条件であった。


「私たち向けって、どういうこと?」

「まずは来てくれ! これから説明するから」


 シャーロットは彼に導かれるまま、マキナの前に連れられた。


「マキナは火力と装甲は申し分ない。けど、こいつには弱点があるんだ。それは機動力の確保。具体的には燃料の問題だ。蒸気機関で動くこいつには、石炭と水が要る。同時に、出力を上げて石炭を燃やし続けるためには、絶えず(かま)に石炭を足さなければならない。つまりこの機体は一人で動かすには不都合な機体なんだよ。もちろん、多少は一人で動かせるように工夫はされているが…………いずれにしても、戦闘に集中するのは難しい。燃料管理と複雑な操作を同時に、というのは至難の業だ」

「そこは私も思ってた。マキナは兵器にするにはまだ不完全よ」

「そう思うだろ? だから、俺はある解決策を考えた。君たちの魔力で、マキナの機動を補助するんだ」


 シャーロットは耳を疑った。確かに実現したらその問題は解決するが、本当に可能なのか。


「マキナと君たちの生命鉱脈……だったかな、それを繋げるんだ。蒸気機関のサポートと、操作系の補助ができる。直感的にマキナを操作できるんだ」

「マギア族でもないのに、よく分かるわね」

「アルバトロス大尉が教えてくれた。だから、俺も理屈として整理できる」

「で、私たちと機械をどうやって繋ぐの?」

「機械と君たちに、同じものをつければいい。生命鉱脈の石を魔核(コア)にして、コアを介して君たちと繋ぐ。ここにあるマキナは、全部改修済みだ。あとは乗ってみればわかる」

「うん……」


 恐る恐る、シャーロットはマキナに乗る。操縦桿を握ると、これまでとまるで違う感覚が全身に通った。


 わかる。

 わかるのだ。

 どこをどうすれば、どうマキナが動くのかが。


「これは……!」

「准尉、試しに動かしてみるんだ」


 シャーロットはマキナの四脚を使って旋回してみせた。いままでなら、一本一本の脚を適切な配置に置くだけで一苦労だった。それが今では、自分の身体を動かすのと同じ様に感覚的にわかる。それに、マキナの挙動も軽い。

マキナを止めて、ジュードの元に駆け降りる。


「すごい! すごいわ少尉!」

「ありがとう。これで、君をマキナに乗せられる。シャーロット、一つ覚えておいてくれ。マキナを動かせば、魔力を多く消費する。それだけは忘れないでくれ」

「分かったわ。ジュード少尉」


 二日後からの作戦で、ディアボリーは大戦果を挙げた。何と言ってもマキナの活躍が目覚ましかった。数で圧倒する帝国軍は、すっかり広げすぎた戦線の影響で戦意の低下が著しく、そこに怒涛の反攻をするマキナの活躍は大きい痛手となった。

 時を待たずして帝国軍は撤退し、戦争は休戦協定をもって終結した。

 だが、マキナによってどこよりも戦果を挙げたディアボリーの存在は、オリジンで報道されることはなかった。



 

 戦後、ジオ・アルバトロスは軍を除隊した。ディアボリーが望んだマギア族の名誉挽回は国家から完全に無視され、彼らは結局、オリジンで肩身の狭い思いをした。ろくな職に就くことすら叶わず、スラム暮らしの者が増えた。オリジンの街は、それと対照的に大きな発展を続けていき、都市の中央には新たな建物の建築が始まっていた。そうして半年が過ぎた頃、マギア族による政治家の暗殺が新聞で報道された。逮捕された者は、元ディアボリーの兵士。その後も、政治家や権力者の暗殺が一件また一件と続き、そのどれもがディアボリーの関係者による犯行だった。

 屋敷で暮らしていたシャーロットは、ジオ・アルバトロスの元を訪れた。ディアボリーは、戦後も仲間内での交流が続き、ジュードとシャーロットもまた、彼らとの交流を楽しみにしていた。だが、変わり果てたジオ・アルバトロスの態度は、シャーロットが彼らを見限るに十分なものだった。


「大尉。ここ最近、ディアボリーによる殺人が続いています。それに、政治家や権力者ばかりを狙っている。どういうことか教えて下さい!」

「まあ、落ち着き給え准尉。我らマギア族は、戦争での活躍を無視された。それがどういうことかわかるだろう」

「分かりません。大尉」

「我々は、所詮捨て駒だった。厄介払いの被害者だ。到底、容認できるものではない。戦場で散った同志を思えば尚更だ。社会的に殺されているのなら、今の社会に刃向かうことで、我々は、新たな生存権を手に入れなければならない」

「大尉、それは違う!」


 ジュードが咄嗟に返した。


「社会に被害を与えれば、社会は却ってディアボリーを消しにかかる。大尉はその大義名分を与えてしまっている。これでは逆効果だ」


「部外者は黙ってもらおうか、クランカー」


 彼の嘲笑がジュードの神経を逆撫でる。


「一緒に戦うと言った、あの時のあなたはどこに行ったんだ!」

「ジュード! もういいわ。私たちは、私たちでやっていきましょう。これ以上関わり合うことなんてないわ」

「……ああ」


 怒りを押し殺し、ジュードとシャーロットは、彼の元を去った。




 ジュードとシャーロットは、同じ屋敷で暮らすことになった。シャーロットもまた、生活の為の仕事を無くしていた。あるのは、戦場で操ったマキナくらいだった。ジュードも軍を離れ、機械の修理と他の富豪の使用人の仕事をして食い扶持を繋いだ。

一方、ジオ・アルバトロスは政治家として徐々に頭角を現し、遂にオリジンの首長に上り詰めた。皮肉にも、彼が提案した娯楽が、ジュードたちを救うことになった。

 それがデュオマキナ。戦後から建てられていた空飛ぶ――厳密には違う――プレート上に建ったコロシアムで、マキナ同士による決闘を行う催事。二人はピンときた。シャーロットがこれに出れば、確実に勝てる。

 決闘は、果し合いの場を兼ねている。そして代理人に委任することも可能だ。シャーロットはデュオマキナ代理人として荒々しい決闘の舞台で燦然と輝きだした。

仁義を重んじ、誇りをもって戦いに勝つ。

女だから弱いという偏見も最初のうちだけ。順調に勝利を重ね、気が付いたら彼女は代理人として絶対的な地位に昇りつめていた。ジュードは、元の使用人を辞め、シャーロットのマキナの整備士とシャーロット邸の使用人となった。もっとも、シャーロットへの態度は使用人のそれとは似ても似つかなかったが。

 それからジュードは、〈プロトワン〉、〈ペガサス〉、〈ヴァルキリー〉と、魔力を通せるマキナを造ってきた。今から半年前、彼はシャーロットのために、究極のマキナを造ることを決めた。それが、〈魔導機械(マギア・マキナ)〉。蒸気機関を一切使わない、魔力のみで動くマキナ。高い運動性能によって、シャーロットの俊敏性を最大限に生かす究極のマキナになる。

 今から一月前。完成の折、ジュードはシャーロットに指環を渡した。


「シャーロット。新しいマキナができた。……これを君に」

「これは?」

「マキナの鍵だ。生命鉱石がついている。これがあれば、遠くからだってこいつを呼び出せる。さ、君の指に」


 生命鉱石は、古いマキナから回収したものを使った。その生命鉱石も、元を辿れば戦争で散ったディアボリーの生命鉱脈から抽出したものだ。


「……うん、嬉しい」



 左手の薬指。奇しくもそこに指環を嵌める意味を、ジュードとシャーロットは知らなかった。


 

 敢えて悲劇があったと言うならば、マギアマキナの試運転のときだろう。


 片膝立ちのマギアマキナに火が入る。シャーロットが指環の鉱石に想いを込めれば、彼女の魔力がそのまま機体に命を吹き込む。いうなれば、血流を機械に注ぐようなもの。一・六メートルの四肢から、全長十メートルの機体に血流を流せば、当然ながら血液が足りない。


「グ……ググ…………!」


 機体が低く唸る。やっと立ち上がったと思った直後――――。


「あ――――――――」


 マギアマキナは尻餅を突いて項垂れた。

 どっしりと格納庫が揺れる。ジュードが顔を真っ青にして殻内(コックピット)を覗くと、それよりもさらに血の気の引いたシャーロットが虫の息になっていた。

 ジュードにとって初めての失敗だった。しかも、シャーロットを巻き込んだ失敗。それが彼を決断させたのか。後日シャーロットの容態が回復したのを確かめると、ジュードは「マギアマキナには乗るな」とだけ言い残して屋敷から出ていった。


 結局、シャーロットはまだ彼の口から本心を聞き出せていない。


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