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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第三章 戦争とマギア族と
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社の秘密

 遺跡には昨夜の戦闘の痕が残っていた。マルボルが「社」と呼んだこの場所は、シャーロットの屋敷から歩いて十分足らずの距離にある。サピエンティア城の軍隊が事後調査をしていたが、直に去っていった。誰もいないのを確認して、二人が広場に踏み入れると二機の軍用マキナの部品が一部持ち去られた以外、特に変わった様子はなかった。


「ディアボリーの気配はどうですか」

「ないですな。塔へ行きましょう。話はそこで」


 ジュードは、この紳士的な老人にそこはかとない強かさを感じていた。昨夜の自分を省みたときに、力不足を否めないことも原因の一つだろう。

 塔の中は狭い。高さも平屋と同じくらいで、塔と形容したのは、その細い形が理由だった。


「社とは、神を祀る場所でございます。ミスター・アイス――」

「ジュードでいい」

「失礼しました。では、ジュード殿と。社とは具体的にはこの塔を指します。ジュード殿はこの中を見たことは?」


 ジュードは首を横に振る。


「そうですか。では、壁の絵をご覧に」


 マルボルは、美術館の学芸員のようにスラスラと解説をする。


「壁画は、右端から左回りに八枚あります。壁画には連続したメッセージがございます。タイトルは一枚目から順に、人類が火を用い始めた『黎明』、大陸各地に生息地を広げた『進出』、国を築いた『建国』、賢人が現れる『知恵』、敵を辱める『迫害』、殺し合いと発展の『戦争』、迫害を受けた者の『復讐』、そして――『帰還』」

「古代人の記録か?」

「さようでございます。そして、この絵は世界中のどの社にも描かれているのです」

「…………」


 一枚目から七枚目までは分かる。火を得た人間は、それを科学の原初として発展してきた。国を建て、戦争と共に人間は更に発展した。だが最後の一枚だけが、不可解であった。


「『帰還』とはなんだ?」

「『神話録』によれば、我ら人間には帰るべき場所があるといいます。その示しかと」


 『帰還』の壁画は、一組の男女が大地に立つ絵であった。この場所が一体どこで、この二人が何を示すものなのかは全くもって分からない。


「『神話録』……確か二千年前に編まれた記録だったか」


 マルボルが頷いた。『神話録』には、現在の世界で普及している『聖典』が書かれる前の、人間と数多の神々との伝説が書かれている。


「マルボル。別に俺は、授業に付き合おうとは思ってない。この話はメグに関係あるのか?」

「メグ……エマ殿が、記憶喪失したお嬢様に付けた名でしたな」

「そうだ。あの子の事を一から教えてもらうために、俺はここに来たんだ。あなたに話してもらいたいのは歴史の知識じゃない。俺はまだあの子の本当の名前すら分かってないんだ。偽りの家族ごっこをしてみせたって、あの子に幸せが来る訳じゃない。真実を教えてくれ」

「分かっております。ジュード殿、私がこの場所を選んだことには理由があります。この社に記された歴史こそ、お嬢様を含めた我らマギア族、ひいてはこの惑星ネティアスに生きる人間にとって大事なことなのです。まずはそれを知っていただかなければなりません」

「……」


 老翁は、淡々と子を諭すように語りを続けた。


「この社は、二千年前に起きた大戦争〈ラグナロク戦争〉より以前、マギア族によって建てられたものです。戦争の発端は、世界中に散らばり始めたマギア族への迫害運動の過激化に伴うものでした。五枚目と六枚目に描かれた『迫害』と『戦争』が示すとおりのものです」


 『迫害』の絵では、『知恵』の絵の中心に立っていた人間が、数十本の槍に刺され無惨に血を流していた。無数の人間が激突する『戦争』の絵には、その殺された人間をモチーフにした旗を掲げる一兵士の姿がある。


「世界に散らばる前は、マギア族はどこで生きてきたんだ? 国は?」


 マルボルは、重々しく口を開いた。


「……オリジンでございます」


 ジュードは耳を疑った。


「魔術を疎んじ、あまつさえ機械都市を形成するこのオリジンが、マギア族の故郷だと?」

「そうです。人類太初の地とされるオリジンこそ、我らマギア族の国があった場所。そして、そこから多くの同族が、大陸の各地に行き、魔術によって他の人間を導いてきたのです。……ミス・マーキュリーは、マギア族でございますね?」

「……分かっていたのか?」

「マギア族は同族を感覚で察知出来るのです。マギア族の身体には、魔力を行使するための脈が身体に存在しますから」


 ジュードはその話をシャーロットから聞いたことがあった。


「生命鉱脈だな?」

「はい。この星に巡るという生命鉱脈と、同じものが流れているのです」

「それだけなら普通のマギア族と変わらない。なぜ、あの子は執拗に狙われている? それに、あの子を狙っているのは誰なんだ?」

「それは、ジオ。オリジンの首長、ジオ・アルバトロス・ヒュージマギアでございます」

「あの人が?」

「間違いない事実です。ジオ・アルバトロスが私の旦那様――お嬢様の父を殺害したのです」


 マルボルの深緑の瞳は、怒りに燃えていた。


「皮肉だな。あの人が同族を……」

「ジュード殿は彼を知っているのですか」


 マルボルが驚くのも無理はない。ただのクランカーに過ぎない青年が、裏事情に精通しているとは予想だにしていなかっただろう。


「ああ……。前の戦争の時、ジオ・アルバトロスは俺の上官だった。変わった中隊でな、俺は軍属の技師として配属されたんだ。その中隊は、老若男女の放逐者の集団だった。およそ軍隊とは呼べなかったよ。だが、彼らには共通点があった。皆、マギア族だったんだ。ヒュージ・コスモ問わず、彼らはオリジンから追い出された者たちだった。それが、ジオ・アルバトロス大尉揮下第四中隊。通称『ディアボリー』」

「ディアボリー……! お嬢様を付け狙う者たちと同じ名前というのは?」

「部隊の生き残りだよ。元は、マギア族のみで構成させた厄介払いの部隊だったんだ。だが、あの頃はまるで家族みたいに暖かな部隊だった。シャーロットともそこで出会ったんだ。前線の戦いは過酷だったが、だからこそ強い絆があった。ジオは、クランカーの俺にも優しくしてくれた。俺は信頼に応えるために、当時新兵器だったマキナを彼ら向けにカスタマイズしてみせた。気がつけば、ディアボリーは最も戦果を挙げた部隊となった。ジオと俺は、信頼関係にあったんだ。

 だが戦後、ディアボリーは変わってしまった。ジオは、ディアボリーを手駒として利用しはじめたんだ。問い詰めても、まるで人が変わったように応じなかった。だから、俺とシャーロットはディアボリーから離れた。やがて奴は、政治家としてオリジンの頂点に上り詰めた。ディアボリーに政敵の殺害を命じてな。そして、あの城の中にはディアボリーの中でも特にジオの息がかかった奴らがいる。昨夜の制服連中はディアボリーの精鋭だったというわけだ」

「なるほど。ジオ・アルバトロスは、かつては善人だったと」


 にわかに信じ難い、とマルボルの顔には出ていた。


「俺からすれば、今の彼は別人だよ」


 信じられないなら、今はそれでも構わない。問題は現状の動きだ。


「そう、善人で無くなったジオ・アルバトロスは、お嬢様を狙っているのです」

「それは、命を?」

「恐らく違います。奴は、お嬢様を利用しようと目論んでいるようなのです」

「一体何に?」

「それは分かっておりません」

「父親が殺されたことを、メグは知っているのか?」

「……はい。私と共に見たのです」

「記憶喪失は、そのショックが原因で?」

「いいえ、私が無くさせているのです」

 マルボルは腕に巻いた鉱石を見せた。メグの首に掛けられたものと同じものだった。

「生命鉱石か」

「はい」


 それは、マギア族の身体の中や惑星の地下にあるという生命鉱脈から採れる魔力の結晶だ。意思疎通や、魔術を強める効果があると、ジュードはシャーロットから聞いたことがある。マルボルは、メグの記憶を無くす魔術を彼女の生命鉱石に刻んだのだ。


「何故そんなことをしたんだ? あの子はずっと母親を、家族を求めている。記憶がないままだと、あまりにも可哀想だ……」

「言いたいことは分かります。ですが、これもお嬢様を守るためなのです」

「どういうことだ?」

「魔力を使わせないためです。魔術を行使するとき、使用者は自分が何者であり、何を信じているのかを分かっていなければなりなません。お嬢様は、ここに来てすぐの頃、魔術を暴発させてしまったのです。あのサピエンティア城の外、コロシアムで行われたデュオマキナで」

「デュオマキナで? まさか、白い機体と継ぎ接ぎの機体の?」

「確かそうでした。あなた方もあの場にいたのですか?」

「当事者だ。白いマキナがシャーロット、オンボロが俺のマキナだった」

「なんと。そうでしたか」


(シャーロットの推論は当たってたのか……)


「あの時の混乱は酷かった。マルボルさんとメグはその渦中にいたんだな」

「コロシアムの客席にいるお嬢様を救い出している間に、旦那様は暗殺されました。そして、私はお嬢様に緊急保護用のペンダントを渡して魔術をかけたのです。転送によるあの城からの脱出と、魔力を使わせない記憶の喪失を。ですが、魔術は次第に弱まっています。ペンダントを外している間に、お嬢様はまた魔力を暴発させていました。しかも、あまりにも膨大な魔力を」

「今はどうなんだ? ペンダントをつけているが……? 昨夜、あの子は導くようにこの社を指さしていた。『呼んでいるから』と言ってな」

「ペンダントをつけている間は大丈夫です……。導くように、ですか」

「分かることは無いか?」

「お嬢様はマギア族の中でも特別です。呼ばれているとすれば、それはオリジンに呼ばれているのかも知れません」

「都市が?」

「正確には、ラグナロク戦争以後、オリジンに封印されている神に」

「……神だって?」


 マルボルは、『戦争』の絵を指さした。無数の兵隊の戦いを下に、中心には炎があった。無数の人が象った炎。そして、上部には炎から湧き出た巨大な白獣の姿。


「神とは、この龍のことです」

「この白龍が神?」

「いかにも。この白龍こそ、魔神なのです」

「魔神……」

「『神話録』の終わりに書かれた、ラグナロク戦争の顛末。ヒュージマギア族は魔神を顕現させることで、自らを虐げてきた全ての人間を呪い殺そうとしました。それを塞いだのが、我らコスモマギアの祖先、コスモス。世界では、唯一神の名とされている魔術師です」

「ヒュージマギアが呼び出した魔神を、同族のコスモスが鎮めたのか?」

「はい。そして、私たち、コスモマギアを名乗る魔術師は、コスモスやその弟子の子孫なのです。お嬢様は、魔神に呼ばれたのかも知れません」

「……どうも、クランカーにはよく分からない話だな」

「事情だけでも分かっていただきたいのです。もしかすると、この絵のような戦争が再び起きるかもしれないのです」

「また随分と飛躍した話だな。本気で言っているのか?」

「はい。そうでなければ、私はお嬢様を連れてすぐにでもここを去るつもりでした。ジュード殿にお嬢様について話をしているのは、協力していただきたいからなのですから」

「それはつまり、メグをオリジンから脱出させるということか?」

「左様でございます。我々は西のシュンム帝国から亡命してきました。本来、海を渡って東のカムイ王国に行く予定でしたが、航路は塞がれてしまい、北東に歩いて山脈を越え、このオリジンにたどり着いたのです。それも二、三日滞在したらすぐに出立するつもりでした。我々を同族として保護すると言ってくれたジオ・アルバトロスは、我々を裏切り、旦那様は殺され、奥様は囚われの身になり、お嬢様は身柄を狙われています。せめてお嬢様だけでも……」

「待った。あの子は母親を欲している。仮にオリジンから出ていくにしても、母親がいなければ、あの子は辛い思いをしたままだ」

「ジュード殿……」

「手伝いはする。まずあの子の母親を救わないことには、あの子の幸せはない」

「出来るのですか……?」

「やってみる。ああいう子の不幸は、もう見たくない」


 マルボルは青年の言葉にどこか含みを覚えたが、言及はやめることにした。


「……ありがとうございます」


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