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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第三章 戦争とマギア族と
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マーキュリー邸

マーキュリー家は、代々オリジンで生きてきた歴史ある家系である。百年前までは名誉ある貴族として発展してきた。それも今は昔の話。


 朝の光差す食堂は、五人が使うには余りにも広すぎた。マーキュリー家に残った唯一の財産といえるこの屋敷は、シャーロット一人で管理するには手に余るものだった。それが、今もきちんと整理整頓されているのは、二人のお手伝いがいるからだろう。

 五人が食事する長テーブルの端。シャーロットの席の背後にある、両開きの扉の両端に彼女らは黙って立っている。

 右側のロングヘアがサヤ、左側のボブカットがリンという。この辺りでは聞かない名前で、東のカムイ王国から来たという。二人ともいわゆる黄色人種で、サヤの方は雅さを覚えるシャープな顔立ちで、落ち着いた雰囲気がある。一方、リンは幼さが残る丸顔で、同じく丸くて大きい瞳が印象的な少女だった。

 今は、昨夜颯爽と登場したマルボルが、朝食の場を借りて改めて自己紹介をしているところだった。


「私は、マルボル・アルバ・コスモマギアと申します。モナド家の執事であり、ご多忙だった旦那様と奥様に代わって、お嬢様の教育係も勤めております。我々は、シュンム帝国から東のカムイ王国への亡命の途上、このオリジンに来ていました」

「亡命、ですか」


 相槌を打ったのは向かいに座るシャーロットだ。


「左様。コスモマギア族である旦那様は政治家でありましたが、帝国の宰相であるワイズマンという男によって政治的な立場を失いました。そして、奥様の故郷であったカムイ王国に逃れることにしたのです。しかし、連中は簡単に見逃してくれませんでした。最短ルートの海路は塞がれ、追っ手を振り払いながら何日もかけて山脈を越え、私たちはこのオリジンに辿り着いたのです。本来、オリジンに長居するつもりはありませんでした。数日身を休ませた後、すぐに発つつもりだったのです。我々は、事前に連絡が取れたある同族の元に寄るつもりでした。ところが、そこで旦那様は殺され、奥様も囚われの身となってしまいました。辛うじてお嬢様だけは城から避難させましたが、私も昨夜まで身動きが取れなかったのです」

「なるほど。城、というのはサピエンティア城のことですよね。となると、城のマギア族が、あなた方を襲った……と」

「はい」


シャーロットはジュードに目配せした。二人には思い当たる節があったが、エマやお手伝いたちの前で問うことはやめることにした。


「詳しくはまた後にしましょう。こちらも自己紹介が遅れていました。私は、シャーロット・マーキュリー。マーキュリー家の当主で、デュオマキナ代理人という仕事をしています」

「……驚きました。デュオマキナなら一度見ましたが、あれは見るだけで恐ろしいものに思えます。ミス・マーキュリーは、あのデュオマキナで生計を立てているのですか」

「そうです。まえの戦争のあと、仕事が見つからなくて。それくらいしか他に生きる方法がありませんでした。こんな時世に貴族としての誇りを持とうと思えば、少々荒い事でも務めを果たさなくてはいけません。幸運にも、私はデュオマキナでは負け無しなんですよ。勝ちに勝ちを重ねて、生活も安定しまして。今では家の手伝いを雇えるまでになりました」

「それは逞しいことです」


 マルボルの硬かった表情が少し和らげた。


「本当はあと一人ほど雇っていたのですが、残念ながら彼は先月辞めてしまいました」


 シャーロットの視線が、左側にいるジュードに向けられる。彼はシャーロットの横に座った事を後悔した。向かいに座るエマは、右隣のメグの面倒を見ていた。メグはマルボルとエマの間にいる。朝食が気に入らないのか、メグのスプーンは冷めたスープに浸かっている。


「何で俺の方を見るんだ」

「別に? あなたも自己紹介しなさいよ」


 シャーロットは、不機嫌なジュードを見ながらくくっと笑った。やれやれと息を吐いてから彼も言葉を続ける。


「……俺はジュード・アイス。マキナの製作と整備をしている。シャーロットとは戦争の時に知り合った仲だ。メグの横にいるのが、見習い助手の――」

「エマ・オルコット十七歳です!」

「十七歳ですっ!」


 エマが元気に名乗ると、メグも元気にその真似をした。メグはすっかり、エマを気に入っているようだ。


「違うでしょ? メグちゃんは何歳?」

「えっと…………二千歳?」

「まっさかぁ! 私が見るに、メグちゃんは十歳だね」

「じゃあ十歳!」


 二人がはしゃぐ間に、二人のお手伝いによってメグ以外の朝食の皿は既に下げられ、四つのティーカップがテーブルに置かれていた。リンが淹れたものだ。花が開いたように芳香が漂う。


「マルボルさん、そろそろあの子のことについて教えてくれないか」


 昨夜は、屋敷に着いてすぐに休むことになった。マルボルに聞いてみたいことは山ほどあったが、それよりも誰もが疲れていて、すぐに眠ったのだ。

今は、朝といっても十時を回っているが、ジュードの頭は十分に回っていない。それでも、必要なことはすぐに知っておきたかった。老翁は、メグに聞こえないように耳打ちで返した。


「これから、昨夜の社に行こうと思っています。よければそこで」

「社?」

「あの遺跡は、そう呼ばれるところなのです」


 ジュードは席を立った。


「わかった、外に出る。サヤ。上着を持って来てくれ」

「かしこまりました。ですが、お体は大丈夫ですか?」

「傷も打撲も、昨夜君が手当てしてくれた」

「そうですが……どうかご自愛ください」

「シャーロットに言ってやれ。あいつが一番無理をする。君も仕事だからってあまり気負うな」

「はい……」


 お辞儀をして、サヤは食堂を出た。ジュードを見るリンも、ばつが悪い様子だった。


「では、私も彼と同行しますので。エマさん、シャーロットさん、お嬢様を頼みます」


 マルボルもまた席を立ち、扉を開けたリンに「美味しい朝食、ごちそうさまでした」と言い残して去った。


「はぁ……」

「リン?」

「はいっ、ご主人さまっ」

「仕事中にため息なんてダメよ。お礼を言われたのだから喜ぶところじゃない」

「い、いえっ……それはそうなのですが、まさかチーフがここに戻って来ると思ってなかったので……」

「ジュードはもうチーフじゃないわ。ただの客人なのよ?」

「ですが……一番気にしているのは、ご主人様でございましょう?」


 ここまで、シャーロットは一度もリンの方に振り向いていない。リンには、その背が寂しそうに見えた。


「……リン、カップを下げて下さる? エマちゃん。女は女で、備えをしておきましょう」

「備えですか?」

「そう。色々と話したいこともあるから」 


 二人が立つと、メグはエマについて行った。

 御子――メグの様子は昨夜の暴走が噓のようにおとなしく、幼い。その首に掛けられたペンダントは、彼女の記憶だけでなく何かを抑えているようだった。


「エマ姉ちゃん。私、昨日のことをよく覚えてないの。ここはどこ?」

「ここは、お母さんのお屋敷よ。みんなで遊びに来たの。これからお母さんのお手伝いをするから、メグちゃんはお屋敷のリンちゃんと遊んでらっしゃい」

「お母さまの手伝い? 私もやりたいな」


 返答に困るエマ。そこに、シャーロットが口をはさんだ。


「そう? それならメグ、一緒に来なさい」

「はーいっ」

「いいんですか?」

「ええ。構わないわ」


 二人はシャーロットについて行き、屋敷のとある部屋に向かった。


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