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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第二章 都市国家オリジン
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マキナ・ファイト

 メグの髪が、その光を徐々に強めていく。

塔の中は光に満ち、その不完全な詠唱が反響する。


『星巡る命よ、

汝らが求めた■を信じよ。

世に■を。

心に■■を。

■■に■■を。

啓け。啓け。啓け。

■■■啓く■の■よ。

遍く生者に降り注ぎ、

■■■■より呼び出だせ。

■■■■を甦らせよ!』

 

 遅れてきたシャーロットが、彼女を見つめる。


「この光は!」

(正しく、純粋なマギア族の力……!)


 メグの周囲に、磁場のようなものが起こり、その長髪がふわりと浮き立つ。


「エマちゃん、その子を塔の外に出して!」

「でも、近づけません……!」


 近づくものを拒む空間。エマは思うように少女に近づけない。詠唱は繰り返される。


『星巡る命よ……』


 このままでは、膨大な魔力を察知した敵がくる。シャーロットは、何としてもメグを止めたかった。


 ――しかし。


 遠くから、蒸気機関の音がする。気取られたのだ。


「ジュード‼ 塔を守って‼」


 塔の外に出て、ありったけの声で叫ぶ。



 ボォォ――――――――――ッ‼


28号の汽笛がこだました。

 重い足取りを一歩ずつ確かに踏みしめて、28号が両眼を光らせた。石畳の道の先、広場の入口に、四脚の軍用マキナが二機いる。こちらを認め、一機が距離を詰めてくる。


「来たな制服野郎……!」


 オリジンの煙よろしく灰色の機体が迫る。月夜に映える群青の機体は、最後の鳥もち弾を右腕の筒から発射した。

 弾は腹部のペリスコープに当たった。張り付いて、操縦者の視界が塞がれる。28号はローラースライドを駆使して、先行したマキナとの間を詰めた。

 敵マキナは、ガムシャラに片腕の機関銃を撃ち込んでくる。その程度の攻撃ならば、右腕で殻内(コックピット)をかばえば全く怖くない。

 28号はローラースライドをしながら左手に拳を作り、上体を後ろに引いて殴る構えをとった。更に加速を掛け、殴れる間合いに入ったところで、右脚ローラーの外側に付けてある杭打機を地面に撃ち込んだ。加速の勢いは、右脚を軸とする右回りの回転に変わり、瞬く間に一周すると、ジュードは、上体を捻るレバーを思いっきり前に突き出した。


「喰らえっ!」


 28号が回転の勢いを左拳に託した結果、高速の重い一撃が軍用マキナの殻内を貫いた。そのマキナは間もなく崩れた。

28号は右脚の杭打機を外して、後ろで待機していたマキナに接近を試みた。が、ジュードは即座にレバーを変えて、ローラースライドで回避運動をとった。


「キャノン砲か!」


 奥のマキナの肩部には、明らかに口径の大きい筒があった。それが火を噴き、28号の横を通り過ぎた。弾は塔の横に逸れ、遺跡の一部が砕け散る。


 ――塔を守って‼


 シャーロットの言葉を思い出す。ジュードのマキナに残っている武器はない。戦う方法は、鉄拳で殴る以外にない。だが、キャノン砲が塔に当たれば――。


「急げ、28号……!」


 距離は目算で五十メートル程度。キャノン砲といえば、本来一万メートル近い射程とそれに見合った破壊力を持つ。しかし、マキナの肩に積載することが枷となったのだろう。思ったよりも威力は低い。それでも一機のマキナを砕くには過ぎた火力だ。そして、キャノン砲ならば次弾装填に時間がかかる。武器の差はあれども、まだ勝算はある。

 レバーを傾け、再度軍用マキナとの距離を詰めようとした。その時。


 28号の足が、爆発した。


「何ッ!」


 爆ぜた勢いで右膝が外れ、28号はバランスを保てずに倒れ込んだ。

 二足歩行型の弱点――足をやられると機動力が死ぬ。


「馬鹿な! 足が爆発するなんて――」

 

 本来あり得ない。28号は想定内の運用をしている。爆薬もないのに脚部が爆発する理由はないはずだった。回り切らない頭で、考えられる理由を挙げてみる。


「――ディアボリーか!」


 マキナ以外の敵が、ここにいた。とすれば、死角から爆発物を撃ち込まれた可能性がある。

 殻内(コックピット)のハッチを開けて、28号から抜け出す。

 軍用マキナの冷徹な砲が、ジュードに向けられた。


(人っ子一人にキャノン砲なんて冗談じゃない!)


 懐に入れておいた拳銃を取り出しつつ、28号の元から即座に走り去る。刹那、キャノン砲が28号に着弾し、ジュードもまた、爆発の勢いで吹き飛ばされた。


「わああっ!」


 伏した状態で地面に叩き付けられ、彼の上に瓦礫とガラクタが降り注ぐ。


「ぐっ……」


 ジュードは、痛みを訴える全身に鞭を打ち、繁みの中へ逃れた。広場では、勝ち誇る軍用マキナが、28号の群青色の亡骸を踏み潰して塔へと駒を進めていた。

 酸素を求めて、身体が激しい呼吸をしている最中、塔の方で銃声が響いた。


「――――っ‼」


 一瞬、思考が止まった。

 姿すら把握していないディアボリーが、撃ったのだろうか。

 メグ。エマ。そして、シャーロット。今どうなっているのか。痛む心身を奮起させ、ようやく立ち上がった。


「動くな」


 後頭部に、冷たい感触があたる。


「御子は我らの元に返してもらう。貴様はそこで大人しくしていろ」

「お前が、俺のマキナを……!」

「喋るな。あの程度のガラクタ、壊れたところで何もあるまい?」

「貴様ァ……!」

「黙れ俗物ッ――」


 後頭部の感覚が離れ、強打させられると覚悟した。しかし。


「口が過ぎる。同じマギア族としてはいただけませんな」


 聞こえたのは妙な老翁の言葉だった。直後、呻き声があったかと思うとディアボリーらしき男がジュードの側に倒れた。


「君はここにいなさい」


 老翁はそう言うと塔へ走って行った。メグと同じくローブを羽織っており、ジュードは素顔を見ることが出来なかった。


「……何者だ?」


 ジュードは彼の背を歩いて追った。ローブに覆われていても、老翁のスポーティーな走りが分かった。

 老翁もまた、塔からの銃声が気になっていた。倒れている人影が一つ分かる。体格からして男のようだ。拳銃を握る凛々しい影は、意外にも女のものだった。そして、塔の中で溢れ続ける魔力は、間違いなく彼が守護すべき少女のものだった。


「お嬢様!」


 最初に目に留まったものこそ塔の中心の出来事だが、マルボルは、まだ広場の周囲に点在する魔力の気配を察知していた。少女の魔力が大き過ぎたせいで、ここに来るまで分からなかったのだ。あと三人はいる。一人が、拳銃を握る金髪の女性の死角に迫っていた。急ぎ、単純な魔術詠唱をする。


「『光雷せよ(ライトニング)!』」


 天に手を伸ばすと、目前のディアボリーの頭上に光の粒子が現れて密集し、雷が落ちた。

突然の閃光に、金髪の女性が慄く。彼女もまた、ローブを羽織っていた。


「エマちゃん、あいつはヤバい! すぐ逃げて!」


 シャーロットからすれば、新手のディアボリーが、疾走しつつ強力な魔術を放ったようにしか見えなかった。さっき射殺した男とは明らかに格が違う。


「逃げるといっても……!」

「どこでもいいから早く!」


 シャーロットは、その老翁に銃口を向けた。その後ろにいるマキナからも砲が向けられている。絶体絶命だと感じた。ところが、老翁は突然翻してマキナと対峙する姿勢をとった。


「えっ?」

「その中にいる子は無事ですかな?」

「はい……!」


 エマの面持ちが明るくなった。


「あなたは?」

「ただの老いぼれでございます。詳しくは後ほど」


 塔を囲むように、残る二人のディアボリーが姿を現し、軍用マキナが次弾装填を済ましていた。シャーロットは、ややこわばる指でトリガーに触れる。エマは、できるだけメグに近い位置で身を縮めていた。


『……啓け。啓け。啓け。』


 メグを光源に、塔は青い輝きを強めている。


「多量の魔力が溢れている。力を借りますぞ、お嬢様……!」


 マルボルは、槌を持つように両手を掲げると、力を込めて詠唱を始めた。


「『其れは怒り。

  罪ある者を罰する神判の裁定者。

  其れは恵み。

  遍く民を天より守る偉大なる神。

  示せ。彼の雷槌を。

  雷神よ。

  我に力を与え給え……』」


 塔の上に黒雲が巻き起こる。

雲から閃光が迸ると、老翁の手に槌があらわれた。


「『――檄なる雷槌(トールハンマー)‼』」


 槌を地面に叩き付ける。地が揺れ、同時に黒雲から雷鳴が轟いた。

 刹那。眼が潰れるほど激しい電撃が、全ての敵に落ちた。

 二人のディアボリー、そして軍用マキナ。

 痺れではすまない。神の怒りは、単なる電撃としてだけでなく、因果の摂理として避けられない罰を与える。


それはつまり――焼死。


マルボルの怒りが、鉄槌を下らせたのだった。

雷雲が消えると、老翁の手元にあった槌も消失した。焼け焦げた匂いと共に、静寂が戻る。ただ一人を除いて。


「お嬢様!」


 エマは詠唱する少女に触れることすら出来なかったが、マルボルは、懐に入れておいた石のペンダントを、再び少女の首にかけた。石の周囲の空間だけが、彼女の見えない力を遮っているようだった。

 メグは、突然詠唱を止め、気を失ったようにその場でふらりと倒れ込んだ。マルボルがしっかり抱きとめる。


「お嬢様……生きていて良かった……」


 孫を愛する老人と変わらない涙が、彼の頬を伝っていた。


「助けていただき、ありがとうございます。あの、あなたは?」


 感動の再会とは分かっていたが、エマは念のため確認したかった。


「……申し遅れました。私はマルボルと申します。お嬢様を匿って下さったのはあなた方ですね? それと、あの青年も」

「ええ、そうです! あの、ジュードさんは無事ですか……!」

「怪我はしているでしょうが、命に別条はなさそうですよ」

「良かった……!」


 エマとシャーロットは、目を合わせて彼の無事を喜んだ。


「安心するのはまだ早いですぞ。どこかにお嬢様を保護しなければなりません」


 少し考えてから、シャーロットが提案した。


「それなら、私の屋敷にしましょう。ここから遠くないし、何かと安全です」

「分かりました。ひとまずそうしましょう」


 一行の方針が決まったところで、実質的中心者が合流した。


「みんな無事かっ……!」


 ようやく歩いてきたジュードは、シャーロットの提案をもの凄く嫌がったのち、仕方なく受け入れることにした。



二章は以上です。

ジュードたちが揃ったところで、物語は次の展開への準備に移ります。

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