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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第二章 都市国家オリジン
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マキナ・チェイス


 ピィ――――‼


 底冷えの空気を切り裂いて、闇夜のスラムに警笛が響いた。

 無論それを耳にしたのは、ジュードだけではない。スラムに潜むディアボリーがバラック小屋や木造家屋の暗影から現れた。粗野な格好をした彼らは、各自で目を合わせる。スラムのディアボリーは、例えるならば砂漠のハイエナや雪山の狼の群れ。ピストルを握り、短剣を光らせ、魔術の杖を懐に忍ばせてマキナを追う。

 大胆かつ俊敏な人影が複数、鈍重に歩む28号へ間を詰めてきた。

 シャーロットがジュードに目配せし、指を四本立てて数を伝える。


「迎え撃つ。落ちないようにしっかり掴まれよ!」


 ジュードは、殻内の左側にあるスイッチバーを下ろして、脚部に取り付けた走行用ローラーを接地させた。

 28号の両足の側面にあるローラーは金切り声を上げて、軽くかがんだ28号を地面の上で垂直に滑らせた。移動速度は、歩行時の倍以上になる。

 エマとシャーロットは、落ちないように、大きな左手の指に捕まっていた。

 ジュードは、自分で「ローラースライド」と名付けていたこの移動をしつつ、曲がり角を見つけて舵を切った。

 マキナにとって狭苦しい間に入ると、ジュードは左脚のローラーのギアを変えて、逆向きに回す。28号は、その場で百八十度の急速ターンをした。

 ジュードは28号の光眼を外に向けさせた。


「来るなら来い」


 右腕の外側に付けられた、横並び三本の筒。ジュードがボタンを押すと、その一本から白い弾が放たれた。

 直径二十センチの弾は、土の地面に着弾すると、べちゃりと粘り付くように広がった。同じ弾を、通りを塞ぐようにもう二発撃ち込む。マキナの足止めに用意した鳥もち弾だった。 

 再び百八十度回転すると、背部の煙突から漏れる黒煙が、隠すように28号の身を包んだ。

 両脚のローラーが再度ゆっくり回り出す。耳をつんざく金切り音と共に、シュシュシュと蒸気が次第に小気味よく、拍子を刻みだした。ローラースライドは徐々に速度を上げていき、28号は闇夜の中に姿を消した。

 一方、四人いたディアボリーは鳥もちに足を取られ、標的のマキナを追えなくなってしまった。だが、追撃はこれで終わらせない。ディアボリーの一人が念じるように瞳を閉じてから懐の杖を天に掲げると、その先から赤の光弾が発射された。

 シャーロットは揺れる28号の左手で、その光の意味を捉えた。


「ジュード。信号弾が撃たれたわ」

「追手はまだいる、か」

「鳥もちは?」

「あと一発。身を隠す場所を探すぞ」

「まずスラムから離れた方がいいわ。ディアボリーが多いと思うから」

「スラムを抜けてどうする? オリジンの外か?」

「無理でしょうね。都市を囲む外壁は破れないし、関門には兵隊だっている」

「兵隊か。そういえば、さっき家に来た野郎二人は制服だった。この子、国家から追われているのか?」

「……そうかもね。異邦人ってことは何かあるのよ、きっと」

「迷子の出迎えにしては手荒いがな」


 雑然としたスラムを抜けると、広くて落ち着いた、老朽した建物が並ぶ区域に出た。かつて貴族が多く住んでいたエリアだった。


「……お兄さま」

「え?」


 この数日で慣れた声だと思っていた。だが一瞬、ジュードはその声の主が分からなかった。ジュードの膝上で眠っていたメグが、やけに落ち着いた声色で彼を呼んでいた。


「起きていたのか? メグ」

「次の角を曲がって」

「あ? ああ、分かった」

「メグちゃん……?」


 エマの言葉は、メグには届かなかった。 


「どうするのジュード?」

「どうせ行く当てもないんだ。従ってみる」


 ジュードは、煉瓦積みの塀の角を曲がった。平坦な路地をローラースライドで順調に進む。


「ここに入って」


 メグは、右手に位置する広場を指さした。広場といっても、随分と人の手が入っておらず、遺跡や廃墟と呼ぶ方が相応しい。

 蔦の巻き付いた石柱の門を潜り抜け、藻が生えた石畳の道を進む。28号は速度を落とし、歩行モードに切り替わった。


「広いな。応戦には向いている。建物は……いつの時代のものだ?」


 道の奥の方に、綻びつつも威厳ある石造の建物がある。一時代前どころではない。ジュードの目には、千年単位の昔――古代に建てられたものに見えた。


「こんなところに、石造の古代遺跡があるとはな……メグ? どうしてここが分かったんだ?」

「呼んでいるから」

「……呼んでいる? 誰が?」


 メグはそれ以上答えない。それどころか、殻内を出て腹から左脚に続く梯子をするすると降りていく。ジュードは、メグを轢かないように、28号の歩行を急に止めた。


「危ないよメグちゃ……うわわっ!」


 28号の左手から身を乗り出したエマは急停止の慣性でつんのめり、身を崩しながら何とか地面に降りた。

 またもエマの言葉を無視して遺跡へ走るメグ。エマもまた彼女を追いかけていた。


「分かるか、シャーロット」

「あの子が誰に呼ばれたかってこと?」

「そうだ」

「何となくは。でも……」

「マギア族と関係があるかもしれない――違うか?」

「そうだと思う。確証は掴めないけど。それよりも、マキナを隠す場所を見つけなさい」

「ああ。あの繁みに」


 遺跡の回りは、草木が生い茂っている。林とまではいかないが、ここはオリジンの中で最も緑豊かな場所のようだった。繁みに身を隠すと、28号の両眼が暗くなった。靄にぼやけた月の寂光が静かに夜を照らす。


「私もあの子の様子を見てくる。ジュードは警戒してなさい」

「分かった」


 メグは、この遺跡で真っ先に目に付いた石造りの塔の前で足を止めた。よく見てみると、広場の外からでは見えない程度の高さで、中に空間があるようだった。入口の手前に、幾何学模様の彫られた石柱が二本あった。その間を通り、メグは塔の中に入った。


「メグちゃん待って!」


 塔に入ったエマは驚いた。


「明るい……?」


 塔に天井はなく、月光が中を照らしていた。だから、壁画を見つめるメグの姿がはっきりと見えた。

 壁画は、塔の壁全体に描かれている。メグの目の前の壁一面にも一枚の絵が刻まれていた。右上に七本の短い線が彫られ、中心には炎があった。炎はよく見ると無数の人の形をしており、多くの人がその炎を囲っていた。そして、壁の上部には炎から湧き出た巨大な白獣の姿があった。鋭い眼に、大きな翼。大きく開かれた口は、咆哮によるものか。

 エマには、その壁画が不気味に思えた。


「メグちゃん、ジュードさんのところに戻ろう?」

「………………け」


 メグは、憑かれたように何かを呟いていた。


「メグちゃん……?」


「…………啓け。啓け。啓け……!」



 メグの空色の髪が微かな光を帯び始めていた。


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