第二の訪問者
【第二の訪問者】
ジュードたちが三日間オリジンを巡っても、メグの両親は見つからなかった。
シャーロットの忠告通り、朝顔色の髪の人間はいなかった。そもそも、そんな特異な人が居れば、噂話くらいあるはずだ。それすらないのだから、マギア族を見つけることは難しいに決まっている。
「しかし見つからないな」
「ですねぇ」
ジュードとエマは、家のガレージでマキナの改修をしている。メグは試作品27号の横で造られている28号をぼんやりと見ていた。群青色の28号は、27号より少し厳つい見た目をしている。
この三日間、ジュードはスラムやコロシアムに赴いては「迷子を預かっているが心当たりはないか」と訊いて回った。だが捨て子の多いオリジンではそういった話題に無関心な人の方が多かった。
しかし、多少の変化もあった。
先刻、具体的には夕方を回った辺りに〈スカートの下〉から出てきた二、三人に話を聞くと、目の色を変えてこう問うてきた。「それは我らの御子ではないか」と。
意味不明なことと怪しい予感から、ジュードは余計な返事を止めて去った。
「その話、怪しいですね。マギア族かもしれません」
「連中にはある種の殺気があった。保護者というよりは、力ずくでも手に入れたいんじゃないのか?」
「メグちゃんは、このまま家にいた方がいいのかもしれません。本物のマギア族なら尚更です」
「ああ。だが出来ることはやろう。いまは少しでも早くあの子の両親を探すんだ。それに、あの子の記憶が戻れば、きっとすぐに分かる」
それ以上話すことはなかった。外装を纏い、足の側面に車輪を付けた試作品28号は、二足の〈歩行〉と車輪の〈走行〉の切替ができる実用的な仕様である。二足の括りから外れれば、似たような仕組みを採用したマキナを、オリジンの軍隊は保有している。
エマが軍用マキナに似ていると指摘したとき、ジュードは「設計思想が骨格から違うから28号は軍用マキナとはまるで別物だ」と主張した。ジュードのマキナは、人間でいう骨格にあたるパーツを内部に仕込み、伸縮する筋肉の代わりに力を伝達する歯車を用いた、あくまで人型を意識した設計思想が基である。一方、軍用マキナは、機関と歯車による力の伝達を考え、力を損なわないように外骨格で支えるという無駄のない作り方をしている。結果、機械としての性能は圧倒的に後者が勝る。
ジュードのものづくりは、こだわり優先である。純粋な性能で言えばジュードのマキナは相対的にみて低い。
だからこそ、エマには不思議に思うことがあった。どうしてシャーロットがジュードに肩入れするのか。そして明らかに性能の低い機体でデュオマキナに勝てるのか。
エマは、前々からの疑問を切り出した。
「ジュードさん?」
「何だ?」
「どうしてシャーロットさんは、ジュードさんのマキナを選んだのでしょうか?」
「……俺は知らん。シャーロットに訊けばいい」
彼はその話題に触れられると、妙に突っぱねた態度をとる。
「そうですかぁ。コロシアムにヴァルキリーが残っていれば調べたんですけどね」
「どうせコロシアムの連中が〈スカートの下〉に捨てたんだろう」
白亜の名機も、いまや錆ついた鉄塊である。ビーストの末路も言うまでもない。
28号を組み上げたのは、デュオマキナへの準備のためだった。
陽が完全に没した頃、その対戦相手がジュードの家に来た。夕飯時に合わせてきたのだ。ダイニングでローブ姿のシャーロットを見ると、メグは一目散にシャーロットに駆け寄り、腿に抱きついてみた。鼻を付けて匂いを嗅ぎ、柔らかな頬を当ててみてから、求めている存在の名を口にした。
「……お母さま?」
丸い瞳が、シャーロットを見つめる。「そうあってほしい」切望が、渇いた声を絞り出していた。その朝顔色の髪が疎ましかった。それさえ無ければ、素直に愛せただろう。
「私は、ちが――」
「お帰り、お母さん!」
その横槍に、ジュードとシャーロットの声が重なる。
「「エマっ!」」
喝を無視してエマは続ける。
「ようやく家族が揃ったね! ご飯にしましょう」
「うん!」
メグに満面の笑みを見せてから、エマは二人に目配せした。
(今は、この子を一番にして)
「……」
その意を解し、二人は押し黙った。
この場の二人には、エマに逆らえない理由がある。メグの保護者をやってくれていることもそうだが、一番の理由は、料理にある。シャーロットは料理経験が皆無で、ジュードも得意ではない。もしもエマの気を損ねたりしたら、食事が快楽から苦痛に変わるのだ。
「メグを大事にしてやれ、お母さま」
「ジュード! あなたが言うことないでしょ!」
「変なこと言ったか?」
「……もういいっ」
仮の家族の団欒は、メグが寝床に行くまで続いた。
ぶかぶかの寝間着に着替えたメグが、エマの部屋で寝静まった頃。
「家族ごっこはここまで。私が言った通り、あの子の親は見つからなかったでしょ」
「ああ。影も形もなかった」
「私も心当たりを探して見たけれど、やっぱり何もなかったわ」
「心当たりですか?」エマが問うた。
「ちょっと言い間違い。情報通の人に訊いてみたの……とにかく、オリジンにあの子の両親らしき人はいないわ。マギア族は定期的に集会を開くらしいのだけど、その人が言うには、老若男女問わずそこにいる人たちの髪色は、普通の人と同じみたい。マギア族の髪色が空色というのはあくまで限定的な話だし、差別されるから、わざわざ空色にする人なんていないのよ」
「つまり、どういうことですか?」
「この子は異邦人の可能性が高いってことよ」
シャーロットは確信を持った態度だった。
「……異邦人、か」
オリジンにおいて、異邦人の判別は難しい。肌の色から髪の色まで、様々な民衆が生活しているからだ。異邦人とは、旅人や行商人、または仕事を求めて来たばかりの人たちを指す。
一同は、メグがオリジンに来た理由を思案してみた。奴隷、旅、拉致、出稼ぎ……。考えられる案は、どれもそれらしいものではあるが決定的な証拠はない。
「関門を通るための許可証とか持ってないかしら? あの子の服は?」
エマが寝室を指さすと、シャーロットは、メグの眠る部屋に入った。ベッドの横に、丁寧に畳まれたフード付きローブが置かれていた。食事時に着ていたものだ。よく見ると、その上に光る物がある。
恐る恐る触れてみる。硬く小さい、宝石の類のようだ。だとしたら、少なくとも貧乏人が持つものではない。
よく見ようと、シャーロットが手に取ると、紐が付いていた。ペンダントだと分かる。石が小さく輝きだした。青白い光の美しさに、シャーロットは息を呑む。
「――――!」
シャーロットは、神秘の寂光が頭の中に入り込む感覚を味わった。視界が閉じ、脳裏に白紙の映像が現れる。
紙の上に、誰かの筆跡が、久しく見なかった文字を綴る。
古代文字だ。
シャーロットは、嘗て屋敷で読んだ古代文字の書物を思い出した。記憶の本棚から、慌てて古代文字の知識を紐解く。
「『此れは呪文なり。明日をも知れぬ身のために、呪文はその者を守る。解呪には、その者の名を必要とする……』」
綴られた書き出しを呟いた。
「あの子、呪文がかけられている」
忘却の呪文。
名を忘れるということは、魔力を行使できない事を意味する。メグと呼ばれた少女は、意図的に記憶喪失になっているようだ。それが自らの意志によるものか他人の手によるものかは、現状のシャーロットには分からない。
「お母さま……」
メグが微かに呟いたのを、シャーロットは確かに耳にした。その閉じた目尻から、一縷の涙が頬を伝い落ちる。
「……私よりエマちゃんに懐いている気がするけど」
メグの側にしゃがみ、人差し指で涙の粒に触れる。拭うように頬を撫でると、
「だれ……?」
メグは眠りの中でそう呟いた。
不意な言葉に、シャーロットの胸がチクリと痛んだ。
「……お母さまは、どこ?」
「そんなこと――」
分かるはずがない。ただ独り言ちた。
「――あなたが思い出して見つけなさい」
再び、石が輝いた。
チカチカと、何かを知らせるように。
「……何かくる」
シャーロットの感覚が、嫌な気配を察知した。
荒々しいノックがドアを揺らしたのは、その時だった。ジュードはエマに目配せをした。クランカーか、マギア族か。夕方会った連中が狙いをつけて来たのかもしれない。
エマが部屋に戻り、入れ替わるようにシャーロットがジュードの側に来た。
「エマには、裏からガレージに降りてマキナを起動させている。誰が来たと思う?」
「恐らくは『ディアボリー』でしょう」
「聞きたくない名だった」
「私だってそうよ。で、どうする?」
ドアを叩く音は頻りに続いている。このままではドアを壊しかねない。
「エンジンが温まるまで時間稼ぎをしたい。ちょっと付き合え」
「分かったわ」
二人はドアの前に立つと、向かいにいるだろうディアボリーに応える。
「……こんな夜更けに何のようだ?」
『子供を出せ』
「あらやだ。子供ですって、あなた」
『青い髪の娘を匿っているはずだ』
「子供かぁ。俺たちにはいないな」
「これから作るところだったのよ?」
『戯言はいい。早く子供を出せ。出さないとドアを壊すぞ!』
『早くしろ!』
ディアボリーは複数いるようだ。
「あら? 本当よ」
シャーロットは、羽織っておいたローブに手を掛けた。
隣のジュードの足元には、彼女の衣服が置かれている。
「だって……」
ドアが開く。彼女の目の前に、軍服を着た二人の男が姿を現す。そして、彼らは硬直した。
「これからするところだったんですから……」
二人分の双眸は、女に釘付けだった。女の青い瞳は憂いを帯びて煌めき、はだけた黒ローブの隙間から豊かな白肌が映え、鼠径部の溝の先に、あわよくば恥部が見えそうだった。
そして、ローブがはらりと開き腿が露わになった刹那。
「フンッ!」
シャーロットの鋭い蹴りが、男の股関を容赦なく潰した。続いてその背からジュードが飛び掛かり、もう一人の男の顎に重い拳骨を飛ばす。倒れた男たちは悶絶、或いは気絶した。
「やりすぎだ。俺まで蹴られた気になる」
「なんであなたまで?」
「……女には一生分からないよ」
「そう。で、他に敵は?」
「見えるところにはいない。だが追っ手を呼ばれるとまずい。すぐにでも逃げるぞ」
「分かったわ」
シャーロットは、ローブで四肢を隠すと、脱ぎ捨てていた衣服を持ってガレージへの階段を降りていった。ジュードも男たちを飛び越えてそれに続く。
ガレージの天井には、エマの部屋に続く穴が出来ていた。家の欠陥で、ベッドの下に空いていたものだが、思わぬ形で役に立った。エマは試作品28号の蒸気機関を温めており、間もなく準備は終わる。
「エマちゃん、準備はどう?」
「はい! すぐに発進出来ます」
「よくやった。すぐに出るぞ!」
少女はぶかぶか寝間着のまま、ローブを毛布代わりにして座席で眠っていた。ジュードは彼女を膝の上に乗せて殻内に就いた。単座式なので、エマとシャーロットは、28号の左手の平に乗る。左手は殻内の側に寄せておく。シャーロットの服は殻内に放られ、ジュードは黙って座席の裏にどかした。
「どこに行く?」
「とりあえずスラムから離れましょう」
ジュードがチャンネルを歩行用に切り替えて操縦桿を倒すと、28号は頭部の双眼を丸々と光らせて、闇の中を歩き始めた。
……28号が音を立てて家を去った直後。ジュードに伸された軍服の男は、身体を震わせつつ、首に掛けていた笛に出来る限りの息を吹き込んだ。




