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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第二章 都市国家オリジン
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闇に潜む

 黒煙立ち込めるスカートの下に、肌の露出を極力避けた女の姿があった。女は防塵マスクのゴーグル越しに、自身と似た姿の人影をまばらに見かけた。恐らく行き先は同じだ。

 ここは、夜よりも暗いと言われる。

天に星空は無く、ぼんやりとしたガス灯が、薄明りに石畳の道を浮かばせる。

 マスクが無ければ、煙の粒子が忽ち肺を汚すだろう。時折、街路の脇で座り込んでいる者を見かけるが、その殆どがマスクを着けていない。持たざる理由は自棄か貧困か。いずれにしても、あのままでは永くない。

嘗てこの場所は、どこよりも人の手が行き届いた清潔な場所であった。女が立ち止まった先にある建物は、清浄なるがゆえにここに建てられたものだった。

もっとも、これから行われる集会に限っていえば、暗澹たる今の景色の方が似つかわしい。

 ……その建物の地下。限られた者だけに開かれる扉に手を添える。その扉すら、壁と一体化しており唯の人には分からない。

 扉の奥の間では、同族の集いが行われていた。

 数多くの人がいるが、誰もが押し黙り、ただ一人の言葉に耳を傾けている。

張り詰めた空気を震わせて、中央に立つ男の声が響き渡った。


 ――唯一となりし神が消え、知恵より生まれし力にて、知恵の国滅びし時。封印は解かれ、彼の地にて復活を果たさん――


 残響の消えぬうちに、一同が同じ文句を唱えた。


「……然り。我らマギア族再興の時は近い。シュンム帝国より来た同志が、その尊き犠牲によって、知恵の国オリジンを滅ぼすきっかけを与えてくれたのだ。そして同志よ、喜びたまえ。マギア族を、ひいては人類を繫栄に導く御子が、我らの前に顕れた」


 意味深長な言葉を告げる男の様は、神に代わって人を導く司祭のそれに近い。

司祭の「御子」という言葉に、彼らはどよめいた。皮下に流れる血が沸き立つのを覚えずにはいられないようだった。女もまた、恥部を撫でられたように驚き、身体の芯が震えた。一度冷静に立ち返り、彼女は司祭に問うた。


「御子は今、どこにおられるのでしょうか?」


 男は、尊大な態度を崩さずに返す。


「御子は今、ここにはない。裏切り者のコスモマギアが、御子をどこかへ逃がしたのだ。だが焦ることはない。御子は必ずこの都市にいる」


 御子を哀れむように、または事実に憤慨するように、数多の嘆息が漏れた。


「故に、だ。私が同志各位に頼みたいことがある。どうか、御子を取り戻して欲しいのだ。我らの御子を、クランカーにも、聖典教徒にも、コスモマギアにも、決して渡してはならない」


「御子を玉座に!」中年男が怒鳴った。「コスモマギアに誅罰を!」「マギア族に栄光あれ!」「予言の日は近い!」と他の者が続く。集会はいつになく血気を帯びていた。


「同志よ!」


 高揚に併せて司祭が吼えた。


「予言の通り、直にこの街は滅びる。我らを虐げた者どもの血肉が土となり、骸と瓦礫とが山を築く時。その頂に立つのは、我らと御子である!」

「然り! 然り! 然り!」


 司祭が片腕を天に突き上げると、その場にいる全ての人間が意気軒昂に叫んだ。


 集会が終わって暫く経ち、暗澹の地下室に残る者は彼女だけとなった。

 司祭が立っていた場所の奥。彼が背を向けていた地面には、空色に輝く円陣が描かれている。目算で直径十メートル。暗闇の中に浮き立つ魔法陣だ。これを解けるものはただ一人を除いて他にはいない。そして、この魔法陣の中央にある、極めて人工的な形をしたモノこそが、あの司祭をはじめ、ヒュージマギアの人間が求めるモノなのだ。それがどのような力を持つのか。それは誰にも分かっていない。司祭曰く、魔神が封印されているという。それとて、主観的意見に過ぎない。


「御子が、魔神を甦らせる……」


 彼女は、自分の言葉が浮雲のように大き過ぎて掴めないものに思え、内心嗤った。


「久しいな、准尉」


 突然、居なくなったはずの者から声をかけられた。


「正気を無くしても、私のことは分かるのですね」


 暗闇の中でもその者が笑んでいるのが分かった。背筋に悪寒が走る。


「君はもう、我々と袂を分かったはずだが?」

「そうね。私も、もうここには来ないと思ってた。もしかして、あなたは予言のためにその御子を探すの?」

「その通りだが? 見つけ次第教えてくれるなら、我らの元へ戻ってきてもいい」


 その高慢ちきな態度に彼女は歯嚙みした。


「偉そうに言わないで。あなたに用はないわ」


 彼女は、ローブを翻してこの暗い空間を去ろうとする。


「邪魔をすれば、容赦はせんぞ」


 司祭は静かに笑いつつ、彼女の背を見届けた。

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