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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第二章 都市国家オリジン
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 工場区から放射状に延びる機関車が忙しなさを取り戻すように動き始め、朝の到来をオリジンの民に告げる。

 スラムは駅から離れているものの、音を遮る物がない。

 ジュードの耳にも、まどろみを少しずつ溶かすように、遠い汽笛が聞こえた。

 窓の下のソファに、白い陽が差す。

 床に垂れていた片手を持ち上げて毛布をめくり、ゆっくりと身を起こした。


「……さて」


 軽いストレッチから朝は始まる。

 まずソファから立ち上がると、両手を組んで天井に伸ばす。背筋が伸びるのを感じてから、一気に脱力。だらりと下した手をそのまま膝に置いて屈伸。(しん)(きゃく)の後に肩から大きく両手を回すと、最後に深く息を吸ってから、


「よしっ!」


 と腹から声を出す。

 隣の部屋で眠るエマにとっては、彼の気合が目覚まし代わりとなる。

 添い寝するメグをそっとしておいて、エマも朝の支度にかかる。


「おはようございます! ジュードさん」


 エマは目を擦りながら朝の挨拶をした。眠たくても頑張って起きられるのは、彼女が朝忙しい港町育ちだからだろう。


「おはよう。これから水汲んでくる。メグのこと見ていてくれ」

「分かりました。朝ご飯用意しておきますね」

「おう」


 オリジンには水道の設備がある。南のテンショウ山脈からオリジン方面に流れる大河があり、そこから大規模の水路を都市の地下に引っ張っている。スラムにはないが、工場区や居住区には建物毎に公共の水道設備がある。とはいえ、水道管が汚いらしく、民の多くは仕方なく使っているのが現状である。

 スラムに住むジュードたちにとってはあまり関係のない話だが、比較的不便なことは事実である。スラムの人間が水を得るためには、昔からある井戸に汲みに行くか、公共の水道がある中心部にいくしかない。

 ジュードは、一階のガレージに行くと、試作品27号の各部を確かめてから蒸気機関に火を入れた。

 試作品27号のずんぐりした身体には頭部がない。腹部には剝き出しの座席と操縦用のレバーが多々ある。よく見ると装甲が殆どなく、フレームとギアが露わになっている。

 27号はあくまで歩行実験用の試作品で、デュオマキナに向けたものではない。今日は水汲みを兼ねた歩行試験なのだ。全長四メートル程の身体の両手にはそれぞれ水瓶がつままれていた。

 温まってきた蒸気機関の中で、炉の石炭が燃え上がり、ボイラー内の水蒸気が膨張する。そして熱い水蒸気がピストンを押して、連動するクランカーがホイールを回転させる。

 蒸気機関に揺れる座席。そこから見下ろす景色に、ジュードは僅かな興奮を覚える。

試作品27号は大きな二足を交互に摺り足の如く動かし、井戸への道を歩き始めた。

 一歩一歩、足元に気を付けながら、四メートルの巨人は木造とバラック小屋が混在するスラムの道を徐々に速度を上げて歩いている。

 道行く労働者などが、怖がるように巨人を避ける。彼らはその背中からモクモクと吐き出される煙に、嫌悪の色を隠さない。ジュードも薄々感づいていたが、気に留めないようにしていた。

 井戸のある場所は、スラムからサピエンティア城の方角に歩いた先にある。旧貴族の屋敷が多々あるところで、この辺りでは最も水質が良い。シャーロットの屋敷もこの近くにある。

ここまでの道のりには、整えられた庭園が見られる。だが中には没落貴族が放置したものなのか、荒れ放題な場所もあり、一概に整っているとは言えない。そもそも、スラムと旧貴族の住処が隣接している時点で、ここは貴族精神の墓場に等しい。

 ジュードは、難なく井戸水を確保できた。二足歩行機の最大の問題はバランスで、機体自体の安定性と乗り手の操縦技術とが問われる。今日の安定した歩行は、今後のためにも良い参考となった。

満足げに帰宅すると、家の外でメグとエマが待ってくれていた。

 エマが曰く、メグが試作品27号の動く姿を見たがっていたという。


「――――」


 27号を見るメグの瞳は、どこか遠くを見るようでもあった。


「お母さま……」


 メグの呟きは、二人には聞こえなかった。


 祈りの言葉とともに朝の食事が始まった。無論、ジュードは祈らなかった。メグが昨夜よりもはっきりと神の名を唱えたので、エマはメグを撫でた。メグははにかんでくれた。エマにはその時だけ、少女のあのどこか遠くを見る眼が、子供らしい眼に戻ったように思えた。

 ジュードは、パンを咥えつつ、水汲みの帰りに買っておいた新聞を開いていた。オリジンの新聞は戦後に普及したもので、貴重な情報源ということもあり、彼は重宝している。一面には、「サピエンティア城で暗殺事件発生」とある。概要を一言でまとめると「シュンム帝国からの外交官が、サピエンティア城で何者かに暗殺されたが、犯人は不明」ということだった。


「もっと目立つ事件が、城の隣で起こってたんだけどな……」

「何か言いました? ジュードさん」

「いや。何も……」


 ジュードの脳裏には、昨日のヴァルキリーとの一戦が鮮烈に残っていた。この新聞〈オリジン・タイムズ〉の発行元は、オリジンの政府だ。恐らく、昨日のマギア族出没騒動は、意図的に隠されたのだろう。今回は事実を伏せたが、ときに新聞は、マギア族ではない反社会分子を、マギア族と見做して報じることもある。オリジンでは決して珍しくない社会的な抹殺だ。それを仕向けているのは、やはりオリジンの首長――ジオ・アルバトロスなのだろう。ジュードには、彼について思うことがいくつかあった。

 そのジュードの物思いに耽る様子が、対面に座るエマには新聞に没頭しているように見えた。メグがゆっくりとパンを噛んでいるのを確かめてから、エマはジュードの新聞を引っ張った。


「何が書いてあるんですか?」

「ああ。一応、大事件だよ。いつも言ってるが……」

「鵜吞みにするな、ですね」


 ジュードが頷き、エマは新聞を取り上げた。一面に目を通した直後、「えーっ!」という彼女の悲鳴がせまっこい部屋全体に響いた。

 メグは両耳を抑えていた。


「これ、大事件ですよ!」


 エマは目を丸くしている。ジュードは「別に」という態度であった。


「ああ」

「何で一面がシャーロットさんのデュオマキナじゃないんですか!」

「驚く所そこかよ」

「当たり前じゃないですか! シャーロットさんのデュオマキナの翌日は、必ずシャーロットさんとマキナの挿絵が入ってたんですよ! 初めて〈オリジン・タイムズ〉に裏切られました!」

「ああ、そう……。まあ、あのデュオマキナは中断になったんだから、却ってよかったんじゃないのか? 『元相棒に勝負付かず、没落の兆し』……なんて噂でも立てられたら、それこそアイツ嫌がるだろうし」


 ジュードが適当に諭した気でいたのは誤りだった。エマはいつになく勢いよくテーブルを叩いて立ち上がり、反駁の意志を示してきたのだ。一方、メグがエマの食べかけのパンにこっそり手を伸ばしていたのだが、エマは全く気付かない様子だった。


「ジュードさんは分かってないです! 私が、いえ、シャーロットさんのファンがどんな気持ちで新聞を楽しみにしているのかを!」


 エマの熱弁はジュードにとって、実に馬耳東風だった。そして、にんまりとエマのパンを頬張るメグを、ジュードもまた微笑んで見た。


「いいですか、ジュードさん! シャーロットさんの人気はですねぇ、そりゃあテンショウでも絶大だったんですよ! 男の子の遊びだったマキナごっこに、女の子が参加したり、男の子がシャーロットさんの役をやりたがったくらいですからね……って、さっきから一体、何を笑ってるんですか!」

「いやぁ、オリジンにだってマキナごっこをするチビッ子はいるさ。それよりも……自分の皿、見てみな?」

「え? ……ああっ!」


 皿に置いていたはずの、自分のパンが無い。驚くエマを、鼻で笑うジュードと、笑いを堪えるように口元を抑えるメグ。一体、どっちが犯人なのか。エマは、ちょっと黙って考えた。確かメグは、さっき見た時は自分のパンを食べていた。というより、少女を疑うこと自体が、何か悪いような気がした。つまり犯人は――


「……ジュードさん。食べ物の恨みは恐ろしいんですよ?」

「ちょっと待て俺じゃない」

「子供に罪を擦り付けるんですか……?」

「落ち着いて考えろ。お前がずっと俺を見てたのに、どうやって目の前のパンを取るんだよ」

「むぅ。なんかこう、なにかやったんですよ」

 とんだ言い掛かりをしつつ、エマはふくれっ面になった。ジュードは「やれやれ」と頭を掻いた。

「エマ姉ちゃん」

 メグが、エマの作業着の袖を引っ張った。

「ごめんなさい。私が食べちゃった」

「へ?」


 エマは啞然となった。それほどに、メグを疑いたくなかったのだ。ジュードも、メグは黙り通すだろうと思っていたので、つい目を瞬いた。ジュードが抱いた聡い子というイメージは、本当だったのかもしれない。


「パン、足りなかった?」


 エマの問いは、詰めるというより擁護の姿勢で、極端に言えば甘やかしているようでもあった。


「うん。でも、これでお腹いっぱい」

「そっか……」


 そう言うと、エマは厳しい顔をして、メグに視線を合わせるように屈んだ。そして、メグの頭に軽く拳骨を当てた。メグは少し驚いてから、眉をひそめた。


「人の物を盗んだら、ダメだからね」


エマは、しょげるメグを見るのは少し忍びない気がしたが、仮にも姉になった手前、こういうことはキチンと言っておきたかった。


「はい……ごめんなさい」

「うん。ちゃんと謝れたね。偉い偉い」


 エマは厳しい顔を崩して微笑み、メグの可愛い頭を撫でた。

 ひと段落着いたことを確かめて、ジュードは机の新聞を折りたたんだ。


「それじゃ食事も済んだし、仕事はじめるぞ」

「はい」

「はぁい」


 ジュードの一声で、三人は食器を片付け始めた。


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