訪問者
食事が終わるとメグがウトウトし始めたので、一先ずエマの寝室で寝かせることにした。テーブルには食後の紅茶二杯とポットが置かれ、ジュードとエマは少女を起こさないように小声で話をしていた。
「あの子の親を探さないとな」
「はい。流石に私たちが家族だと言い張るのは無理があります。何であんなこと言ったんですか?」
「……あの子を安心させるには、そう言うのが一番だと思ったからだ」
「メグちゃんがジュードさんのことを家族って言ったとき、私驚きましたよ」
「俺だって変なこと言ったと思ってる。それよりも、本題だが……」
「マギア族、もしくはマギア族と見なされているメグちゃんのご両親を探さないとですね」
「そういうことだ。住んでるとしたら、旧貴族の屋敷があるエリアか、こういうスラム街だろう」
いずれにしても、いい所とはいえない。旧貴族で未だ栄えている人たちはサピエンティア城の方に居を移しており、スラム街に住むマギア族となれば、過激派が主で暗い噂が絶えない。
「危なそうですね。このまま家で保護してあげた方がいいんじゃないですか?」
「しばらくは良いが、いつまでもとはいかない。あの子の存在が知られたら、俺たちだってクランカーや他のマギア族に襲われるかもしれないからな」
オリジンではマギア族への差別は事実上容認されている。オリジンの民衆のうち七割はクランカーで、三割は聖典教徒と言われている。マギア族は表面上どちらかを装っており、社会の表舞台から姿を消しているのだ。故に、オリジンでマギア族を探すのは困難である。
「……? ちょっと待って下さい。どうしてマギア族が同族を襲うんですか?」
「派閥だよ。一口にマギア族と言っても二種類あるんだ。一つはコスモマギア。もう一つはヒュージマギア。この二族は二千年の間、対立し合っているそうだ」
「ただでさえ少ないのに更に対立してるなんて……」
「民族としては間違った選択だろう。同族の数を減らす行為だからな。とにかく、仮にマギア族を見つけたとしても、あの子の味方とは言い切れないってことだ」
言い終えると、ジュードはカップに口を付けて間を置いた。まだ結論は出ていない。
カップをテーブルに置いて、一つ息を吐いた。
「それで今後の方針だが――」
ドンドンドン!
玄関のドアがけたたましく揺れて、ジュードの言葉を遮った。
「――!」
ジュードとエマは目配せした。早速嗅ぎつけてきたのは、クランカーか、同族か。
エマは台所からフライパンを持ち出し、ジュードと一緒に玄関に向かった。
ジュードがドアノブを握り、ドア越しの相手に言葉を投げた。
「何の用だ?」
「分かっているでしょう。早く開けなさい」
女らしき声だった。
「何者だ?」
「……冗談ならよして。早く要件を済ませたいんだから」
「要件?」
「とぼけないで」
彼女は馴れ馴れしい態度だった。ジュードは心当たりを探る。
(ああ……)
ドアを開けた。ジュードにとって見慣れた女性が立っていた。また、青い瞳がジュードを睨んでいた。
「お前か」
「『お前か』じゃないわよ。要件、分かってるでしょ」
呆れた物言いをしたシャーロットを、エマはキラキラした瞳で見つめていた。ジュードの後ろにいる女子に、シャーロットは言葉をかける。
「……エマちゃん、だっけ? どうしてフライパンなんて持ってるの?」
「えっ! あ、いやこれは……」
「不審者対策だ。最近物騒なんでな。……再戦の申し込みか?」
「ええ」
シャーロットは、コートの内から巻かれた書類を取り出して、
「ここにサインを頂戴」
とジュードに突き出した。
「良いだろう。だが――」
「あと部屋に上がらせてくれない?」
「は?」
シャーロットはやや攻撃的姿勢で玄関に上がり、ジュードの聞き返しを無視した。
「おい、サインなら玄関でできるだろ」
「ダメ。確かめたいことがあるんだから。エマちゃん、上がらせて貰うわ」
「はい! いいですよ」
「おいエマ!」
「いいじゃないですかジュードさん。問題ないですよね?」
「お前なぁ……」
ジュードはやれやれ、と独り言を漏らした。
恐らく、エマはメグのことを考えていない。
ジュードの脳裏に、昼間のデュオマキナの一部始終が過った。
偶然とはいえ、マギア族を匿っていることが知られたら、シャーロットは確実にジュードを責め立てるだろう。もっとも、まだメグが本物のマギア族だと決まった訳ではない。
ジュードが食卓に戻ると、エマが大はしゃぎで新しいカップを出していた。シャーロットを前にすると、エマのさっきまでのお姉さん振りが噓のように思える。それだけシャーロットに憧れているのだろう。ジュードとしては、分かるような気もしたが、素直に納得できなかった。
ジュードはシャーロットの対面に座って、さっき突きつけられた書類に目を通した。おおよその内容は見当がつくが、余計な条件が書かれていることも有り得るので、念入りに確かめる。
読み込むジュードをよそに、エマはここぞとばかりにシャーロットに話しかけていた。
「なんでこの場所が分かったんですか! シャーロットさん!」
ジュードは、シャーロットの元を去って以来、この場所を教えていない。おおよそ察しがつくのでジュードは黙っていたが、エマとしては突然の来訪に驚きが隠せないのだ。
「簡単なことよエマちゃん。彼はどこにいたってマキナを作りたがるんだから。土地が確保できる場所を考えたらスラムしかないじゃない?」
「なるほど……!」
探偵の推理に聞き入るように、エマはシャーロットを見つめた。
見透かされたような恥ずかしさが、ほんの少し、ジュードの心をくすぐった。一応書類を読み終わったので、ジュードは右手をスッと伸ばして、シャーロットにペンを要求した。シャーロットはラックに掛けたコートからペンを取り出して渡す。ジュードは迷いなくサインをし、ヒラリと書類を持ち上げた。
「お前、肝心のマキナはどうするつもりだ? 俺たちの機体はコロシアムに置き去りのままだぞ。明日回収に行ったとしても雨で錆だらけじゃないのか?」
「……裏まで読んだ?」
シャーロットの青い瞳が、書類の裏を見て笑っている。
「はあ?」
裏返す。
ジュードが読んでいない事が書かれいた。要約すると――
「またお前のマキナを作れ、と」
「よろしくね、ジュードくん」
「イヤだ。こんな書類無効だ。第一、オフィシャルな書類に落書きをするな」
「えー! いいじゃないですかジュードさん! ヴァルキリーの新型作るんですか!」
「エマは黙ってろ」
「何でですか? 仕事の依頼ですよ?」
「こいつ(シャーロット)の依頼は例外だ。絶対受けない。何より……こいつのためにならないんだ」
「シャーロットさんのためにならない?」
「お前は知らなくていい」
「どうしてですか?」
エマは三歳児のように、ナゼナニを止めない。
「知らなくて良いことだってあるんだ」
「そう……ですか」
訳ありそうに黙る二人に、エマはこれ以上言い返すのを止めた。
暫しの沈黙の後、ジュードが諭すように口を開いた。
「……シャーロット。俺だって再戦していいと思う。だが、ヴァルキリーのようなマキナは造らない」
「あの時も言ったでしょ。心の通わないマキナは願い下げだって」
シャーロットは飽くまで方針を変えない。
「だったら、もう俺の造るマキナに乗らなければいい」
「あなた以外に、私のマキナを造れる人がいると思って?」
本来なら、ジュードを奮い立たせる励ましだ。今は却って煩わしい。
「他を探せばいいだろ。そしたら、余計な未練だって消える」
「……未練を持っているのはあなたでしょ? ジュード」
「…………チッ」
完全に話から置き去りにされていたエマは、「二人の間には面倒なしこりがある」と邪推していた。こういう空気は慣れない。
「あの……」
「何だ」
「さっきシャーロットさんが言ってた『確かめたいこと』って何だろうなぁって……」
シャーロットはハッとして、目つきが和らいだ。
「そうそう。確かめたいことがあったの。ジュード、あなたマギア族を匿ってない?」
「……何でさ」
「あなた、デュオマキナでズルしたでしょ。その証拠を見つけてやろうってハナシよ」
「まだ言うか。あれは事故だ」
「いいえ。私が事故と認めるまでは、事故じゃないわ」
シャーロットの態度は自分が法律と言わんばかりのものだった。普段なら諦めて聞き入れるのだが、今日に限ってはメグがいる。
「ちょっと待て」
「何?」
「……いや、何でもない」
止めても無駄だろう、と彼の経験が訴えていた。
(仮にメグが見つかっても、「マギア族と見なされた子」と説明すれば、何とかなる)
シャーロットは、そういう子供たちに理解を持つ女性だ。これも、彼の経験が知っていることだった。いっそ開き直って説明してもいいかもしれない――そんな刹那の思い付きが行動を促そうとしたが、やはり押し黙ることにした。知られなければ、そのままの方が良いのだ。
(メグの一件が小さな事ならいいのだが)
シャーロットは、改めて部屋を見回した。当たり前だが、三人以外の人影はない。
「奥のドアは?」
「エマの部屋だ」
「入ってもいい? エマちゃん」
「え、えっと……静かにお願いします。子供が眠っているので」
シャーロットは怪訝な顔でエマを見てから、ジュードを睨んだ。
「なんだよ」
「……別に」
シャーロットは、忍び歩きでエマの部屋に入った。真っ暗な部屋に、夕焼け色のランプの明かりが差し込む。
小さな寝息が聞こえる。規則的で整った呼吸。静かに眠っているのは、確かに子供のようだ。シャーロットは、恐る恐るベッドに近づく。枕に置かれた頭は、幼子のシルエットだった。
ランプでその顔を伺う。紅に照らされて、幼子の空色の長髪が映えた。
「――!」
朝顔のように曖昧なグラデーションを持つ長髪は、動かぬ証拠だった。
シャーロットは、自分の顔が凍りつくのを感じた。
「マギア族の子……!」
サッと翻してジュードたちのところへ戻る。
「ジュード。あの子、どうしたの」
「さっき連れ帰ったんだ。記憶が無いらしくて、迷子になっていた」
「記憶喪失?」
「ああ」
「ジュード、この子を使ったでしょ」
「違う。本当にさっき出会ったばかりなんだ。その子、差別で髪を染められた子かもしれないだろ」
ジュードは、保険を掛けた言葉を放った。だがシャーロットは、表情一つ崩さず、
「いいえ。この子、本物よ」
信じたくない事実を告げた。
「……なんで分かるんだよ」
「あの子の髪、グラデーションがかかっていたでしょ。差別で染められた子なら、ベタっとした一色なんだけど、あの子の場合、色にムラがある。地毛であの色になっている証拠よ」
「……お前が言うなら、そうなんだろうな」
「で、ジュードがズルしたことは紛れもない真実って分かった訳だけど」
「それは早計だ」
「どこが? あなたはこの子を使って勝負をフイにした。それがどういう意味なのか分かってるの?」
ジュードの瞳は、真っ直ぐにシャーロットを見つめていた。青い瞳が睨み返しても、全く逸らそうとしない。
「何度でもいうが、俺はあの子を利用してない。断じてだ。仮にあの子を使ったとしたら、俺は自分の主義を裏切ることになる」
数秒、互いの真意を探るように見つめ合うと、
「……分かった。今日のところは信じてあげる。けど、あの子がマギア族であることは本当よ。それだけは覚えておいて」
シャーロットは疑りを止めた。ジュードが魔力でマキナを動かす人間ならば、そもそもシャーロットの元を離れるはずがない。シャーロットは、ジュードの理想を言葉の上では理解していたが、心の奥底には腑に落ちないモノが残っていた。
シャーロットは元の席に戻り、おもむろにテーブル以外雑然としている部屋を見回した。自分の屋敷とは比べ物にならない程、みすぼらしい部屋だと思った。
エマが自身の部屋の方を見つつ、小さな声で話を戻す。
「ジュードさん。結局、メグちゃんのことどうしますか?」
「暫くは家で保護しよう。まずスラムで片っ端から聞き込みを――」
「……? 待って。あの子の親を探すの?」
シャーロットが咄嗟に話を切り、視線を対面のジュードに戻す。彼女は嫌に神妙な面持ちをしている。
「ああ。やるならそれしかないだろ」
それを聞いて、シャーロットはまた呆れたようにため息をしつつ席を立った。
「そう。なら、せいぜい頑張りなさい。私はもう帰るわ。その子の親、見つかると良いわね」
シャーロットは、エマに励ましの笑顔をして部屋を去る。玄関まで行くと、
「……ジュード」
と、彼を呼んだ。ジュードは気怠げに彼女の傍まで歩む。彼だけに話したいことがあるようだった。
「何だ?」
シャーロットは小声で告げた。
「私の知る限り、今のスラムにまともなマギア族はいないわ。特に、あんな朝顔色の髪の人はね。私も心当たりを調べておいてあげる」
「そうか。俺はスラム街から調べてみる。お前は断定したが、俺はまだ普通の子である可能性を信じている」
「そう。それじゃあジュード、また来るから」
――まだ諦めてないから。
そう言わんばかりに白い歯を見せると、シャーロットはヒラリと手を振ってから、ジュードに背を向けて家を出た。
ジュードは、わずかに舞う金の長髪に白桃のような残り香を覚えていた。




