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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第二章 都市国家オリジン
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目覚め

第二章の始まりです。



 ……雨が降っていた。耳元にぽとぽと音がする。


 温い雫が絶え間なく頬に降り注ぎ、口元の窪みに溜まる。あるいは、首元や耳に流れ落ちていく。それが不快に思えた。だが、これはこれで心地よい気もした。地を這って生きる虫も、同じことを思うだろうか。それなら可愛らしい。

 どれだけの時間、眠ってたのだろうか。少女は寝ぼけたままでいようとした。

 楽にして、何か考えることもない。雨に濡れて、そのままでいれば幸せだった。

 

――寒さに身震いするまでは。

 

 少女の全身に鳥肌が立った。途端に眠気が失せていく。

 重い目蓋は、溜まっていた疲れの証。

ゆっくりと開いて、自分がどこにいるのか確かめる。

見えたのは曇天だった。仰向けになっていたようだ。


「……痛っ」


 背中に硬いものが当たっている。上体を起こすと、少女は見知らぬ場所にいた。


「ここ、どこだろう」


 とりあえず背中に当たっていた物を確かめる。硬い金属片だった。凹みや傷があり、角は錆びている。よく見ると少女の足元には、ガラクタと呼ぶべき鉄や木材が積み上がり、低い丘を築いていた。背中に当たっていたのは数ある内の一片に過ぎなかったのだ。

 少女の記憶に、この景色はない。


「帰らなくちゃ」


 不安定な足場に気を付けながら、少女はガラクタの丘を降りる。

 丘の下には、ガラクタ目当ての子供たちがいた。子供たちは、少女を見ると指さした。

黒い外套を着た彼女は、雨に濡れないようにフードを被っていた。その姿が怪しく映ったのかもしれない。だがフードで視界が狭まった少女は、子供たちに気付かなかった。

足を踏み外すまいと、ゆっくり丘を下る。

地面が見えたところで、少女は立ち止まった。


「おうち、どこだっけ」


 少女の独り言は誰にも届かなかった。 

 雨音が声を遮った。暫くは止まないだろう。

 左右を見渡す。どちらの方も、靄に紛れた道の先に建物が見える。だが、どちらも家路とは思えない。後ろに振り向くと、高くそびえる城があった。

 近くの建物が見えにくいというのに、あの城は不思議なくらいはっきりとみれた。心臓に鳥肌が立つような感覚がした。行こうとは思わなかった。

 残ったのは、正面の一本道だった。石畳の道が真っ直ぐに伸びている。先は見えない。

 これも違う気がした。

 少女が茫然としていると、空が一段と黒くなった。日が傾いたのもあるが、雲は街の煙を孕んでいるのだ。

 行く当てはないが、雨宿りがしたかった。雨に濡れて寝るのは好きだが、寝転がるにはこの場所は汚い。ガラクタと、犬畜生やならず者の糞が転がっていたのだ。少女は、正面の道を歩くことにした。

 はやし立てるように、雨足が強くなってきた。無意識のうちに少女の歩みが早くなる。家に辿り着かなくとも、雨宿りの場所は見つけなければならない。

 街の人たちは、ほとんどが傘を差していた。中には傘を持たずに走る人もいたが、そういう人たちに限って、薄汚れた格好だった。雨を利用して服と身体を洗うものもいる。

 煉瓦壁の建物には、雨宿りに向いた屋根が見当たらない。あったとしても、人がいっぱいで少女の入る余地がなかった。


(誰かの家に上がらせてもらおう) 


 少女は、下宿屋らしき一軒にあたってみた。戸を叩くと、すぐに婦人が出てきてくれた。ふくよかな体型で、寛容そうだ。


「あの、すみません。雨が止むまで中に入れさせてもらえますか?」

「いいですとも。さあ入って。風邪を引いたら大変だわ」

 少女が内に入ると、婦人は彼女の外套を受け取ろうと近寄った。

「ありがとうございます」


 少女は好意に甘えて、フードを外した。少女の朝顔色の長髪が露わになる。

 途端、婦人の顔色が変わった。


「……あんた、その髪どうしたの」

「え?」

「悪いけど、マギア族なら出て行っておくれ」

「マギ、ア?」

「とぼけるんじゃないよ! マギア族はみんなそういう色の髪なんだから。この前だってね、あんたの一族がね、ウチの旦那の工場の機械を壊したって話じゃないか! あんたみたいな人類の敵は、さっさと出ていきな!」


 婦人は鬼の形相になっていた。少女に理由は分からない。婦人の旦那など知らないし、ましてや彼の勤め先など分かるはずがない。そもそも、少女はマギア族という言葉を知らない。


「私、そんな悪いことしてません……お願いです。雨宿りをさせてください」

「図々しい餓鬼だねぇ! 穢れた血が通う人間は、ろくでなしになるのさ! ほら出ていきな!」


 婦人は、少女を摘み上げると家の外に放り投げ、「くたばってしまえ!」と言い残して戸を閉めてしまった。

 放られた少女は、両肘と顎を地面にぶつけた。ジィン、と痛みが広がる。口を切ってしまったらしく、口元から血が流れる。それを禊ぐように、無数の雨が再び彼女の身体を打つ。肌に張り付いた服が、その冷たさで身体の芯を刺す。

 分からないことだらけだった。この髪色のどこが悪いのか。マギア族とはなんなのか。


(私、何か悪いことしちゃったのかな)


 心当たりすらなかった。


「あれ――」


 ふと、少女は思った。


「私、何て名前だっけ」


 思い出そうとする。


「私のお父さまは? お母さまは? 私のおうちはどこにあるの? マギア族って何なの? ここはどこで、私は……誰?」


 何も思い出せなかった。そもそも、父も母もいないのではないのか。そんな考えすらめぐった。だが、彼女は感じていた。欠けている感覚を。自分には欠けている何かがあると。

 少女は、やがてこんな考えに至った。


――この欠落を誰かが埋めてくれるだろう。


 少女は、手当たり次第に訊いて回った。


「……だから、教えて下さい。私は誰ですか?」



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