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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第一章 旅の終わり
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異邦人 1/3

 ※本来、web投稿を考慮してない作品ですので、文体の性質上PC・スマホでは若干読みにくいかもしれません。ご了承ください。以下、本文となります。





序文



大地と繋がる魔法陣より、無限の魔力は流るる。

そこに眠る大いなる意志ふたつ。

ことありながらこと非ず、互いが互いに具わって離れることなし。

蒔かれた種に水を与え、芽生えた命を太初に戻せ。

さすれば大なる力が芽を伸ばす。

調和であれ進化であれ、道を決めるのは芽生えた命なり。

心は色なくして叶わず、色は心なくして動かず。

幻を(うつつ)に表すものに、色の非ざる事なきなり。




 少女が目を覚ましたのは柔らかなソファとは程遠い、固く冷たい荷馬車の中だった。未舗装な道の上を、荷車は(しき)りに揺れている。その弾みが尻を打つたび、少女は傍らに佇む母親の腕にしがみついていた。

 荷車の中では少女を含めた四人が、樽や木箱といった荷物に紛れて休んでいた。その内の一人は少女の母親で、あとの二人は、父親と老執事だ。四人全員が黒いローブを纏い、フードを被っている。

 夜明け前の闇の中。風がふっと吹き、外套越しに少女を凍てつかせる。夜ごとに止めどなく吹くそれは、少女にとっていつまでも慣れないものだった。


「寒い……」


 ギュッと身を縮こませて、少女は呟いた。

「あっ――」


 つい声が漏れた。

 母の腕が少女の肩を優しく包み、そのまま抱き寄せたのだ。その春の陽光のように柔らかな温もりが、凍える少女にじんわりと()みた。 

 少女は母を見上げた。闇夜と同じ暗色のフード。その下に見える母の口は、微笑を浮かべていた。少女はふと疑問を抱く。


(――夜なのに、どうして笑っていると分かったのだろう)


 その疑問を見透かしたように、母が答えを告げた。


「夜明けよ。キャナリー」


 母は東の地平線を指さした。

 荷馬車が向かう道の先、少女がその地平線を見遣ると、眩い太陽が少し顔を覗かせて、天と地を照らし始めていた。

 綺麗だ、と少女は思った。風が止み全身が温かくなる。

そして――


(……?)


 少女は、その日の出の景色の中に一点の疑問を覚えた。

 荷馬車は、東の地平線へ伸びる道を真っ直ぐに進んでいる。その先に、小さく隆起した影があるのだ。それが何なのか、少女には分からない。一応、山のように見えた。さらに言えば、あの山の周りには、暗い靄がかかっている。


「お母さま。あれは何の山でしょうか?」


 少女は印象のままに訊いてみた。母は、静かに答えた。


「キャナリー、あれは山じゃないわ。私たちの目的地よ」

「目的地?」


 それは少女にとって、待ち望んでいながらも余り気の進まない言葉だった。目的地に着けば、酷く揺れるこの荷馬車から降りられる。だが東へ行くことは、故国から離れていく事を意味する。

 母は、少女の問いに答える。


「そう。あそこは都市国家オリジン。私たちが今日辿り着く目的地よ」

「オリジン……」


 少女は、母の言葉を繰り返した。

 父が、少し大きな上体をゆっくりと起こしてフードを外した。母子もそれに倣う。アサガオが朝日に花開くように、青みがかった一同の髪色が紅い光に照らされた。

 父もまた地平線を見遣ると、その清らかな深緑の瞳に、黒炭色をしたオリジンの影が写った。そのもうもうと沸く煤けた影が瞳を覆うと、父は眉をひそめ、その山岳のような影を睨んだ。


――太初の(オリジン)


 太古よりそう言われる彼の地は、今や人類にとって最も異端な場所とされている。

 少女の父はオリジンについてこう教えてきた。「科学技術を信奉し、一神教の『聖典』を放棄した、機械化主義者の巣窟」と。


「あの異形の影こそ、異端の都市の証だ」


 父は少女の傍に寄ると、言葉を続けた。


「オリジンは、『神話録』によると人類の始まりの地とされている。あそこはかつて、人類の増大に伴って痩せた土地と化した」


 荷馬車が行く道を、不毛の土地が挟んでいる。


「やがて、人類は揺り(オリジン)を離れ、このユー大陸の各地に散らばることになった。枯れた平原にわざわざ残る理由はない。本来ならばな」


 だからこそ、父はその都市を睨んだ。「本来」に反する例外。そして、この四人の異邦人にとって、少なからず因縁がある土地。

 太陽がまるい姿を露わにする頃になると、荷馬車の周りの景色は、平原から少しずつ変わっていき、オリジンを囲うように建つ、小さな家々のまとまりが散見されるようになった。そして、空一面が薄い煤色のカーテンに覆われていた。

 家々から、働き手の男たちが若干重い足取りで、荷馬車が通る道の端をオリジンに向かって歩いていた。誰も目立った飾りも着けず、灰被りのように薄汚れた質素な作業着を着ていた。

 少女の父母や、今しがたようやく起きた老執事は、彼らの仕事について噂で聞いたことがあるが、少女はそんなことは全く知らない。少女は、始めて見る異国の人々に興味を抱いていた。

 彼らをよく見てみると、男たちの中に、まばらに女たちもいた。女だからといって、綺麗というわけではない。ここからオリジンに行く人たちは、見るからに貧しい民だった。少女はそんな彼らを見送りつつ、視線を荷馬車が行く先に戻す。


 ――そこには大きな壁が立ちはだかっていた。オリジンの国境だ。道は、壁に突き当たるように進んでいるが、行き止まりではない。関門をくぐれば、オリジンの内部へと入ることが出来る。

 そう、この異邦人たちの目前には、関門が立ちはだかっていた。  

 通常、荷馬車に便乗して領内に入ることは、違反行為である。そして商業目的の通行許可証すら、彼らは持ち合わせていない。ただの異邦人などは、衛兵に門前払いをされるだろう。

 荷馬車が止まり、少女にとって疎ましかった揺れが止まる。

 四人の異邦人たちはフードを深く被り、荷馬車の中で身を寄せ合った。そのまま下を向いて、じっとする。両親と老執事に囲まれた少女の視界は、真っ暗になった。母が、少女の肩を強く抱いた。その強張る力に、少女は些かの恐れを感じ、自分の胸に手を当てた。

 少女は暗闇の中で、自分の心臓の早まる鼓動音と共に聞こえる会話に耳を傾けた。


「……馭者、通行証を見せろ」

「へい。ここに」

「…………ん、よかろう。目的と滞在日数は?」

「商いのために、三日間でございまさぁ」

「荷車に乗せているものは何だ?」

「酒入りの樽と、果物入りの木箱。あと……奴隷でさぁ」

「奴隷?」

「へい。新しい働き手としてでさぁ。この街のお偉いさんに頼まれたもんで」

「どれ」


 衛兵と思しき者の歩く音が迫る。規則的な歩みは、次第に近く、大きくなって、制止した。


「なんだ? 一つに固まりやがって」

「……へい。それが、この族の習慣なんだそうでさぁ。西の島国の蛮族は、怖がるとこう集まって神に祈るのでございまさぁ」

「はぁ。シュンムの端の島からか。神に祈るなぞ、まさしく野蛮といったところか」


 異邦人たちはその蛮族ではない。一同は、衛兵が無思慮に放つ言葉に逆らわないように顔を泥濘につけられたような屈辱を堪える。


――それから、沈黙が続く。空気が張り詰めて、今にも割れてしまいそうだ。少女は、金縛りにあったように動かなかった。


「珍しい蛮族だ。その醜い面でも見てやろうか」


 衛兵の歩みが再び迫る。彼らには見えないが、衛兵の手が、母のローブを掴もうと伸びる。

それは避けねばならない。もし、ここで身元がばれたなら。

彼らにとって蛮族よりも忌避すべき血族とばれたなら。

故国シュンムからの逃避行は失敗に終わってしまう。


(お願い。見逃して……)


――そして、不思議にも少女の願いが受け入れられたように、


「……いいだろう。通っていいぞ、馭者」


 衛兵は詮索を止めた。

 衛兵の足音が遠くに離れると、荷馬車は再び揺れ始め、オリジンへの門をくぐった。

 異邦人たちは、少女を囲うように作った暗闇のドームを解く。日光が少女を照らし、その眩しさに、少女はフードの下で眉をひそめ……なかった。門をくぐる前よりも更に、世界が煤けたような感じがして、少女は、訝しげにフードを外した。

そして、目前に広がる街並みに息をのんだ。




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