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さあて、お代をいただくとしようかね?

 翌朝、新聞を見た雅美の頬が弛んだ。女子高生の飛び降り自殺の記事、原因は勉強しすぎによるノイローゼか、と書かれている。


 呪いは本当だったのだ。歓喜に沸いた心が、明るく雅美の未来を照らしていた。


 昨夜、雅美のスマホには千明の最期の様子がライブ映像として流れた。怯える千明のあの顔、あの慌てぶり、耳をつんざく悲鳴と、不様に自宅の窓から落ちた時の爽快感ときたらなかった。ああ、こんなに晴れやかな気分になったのは何時ぶりのことだろうかと、雅美は思う。


 雅美と千明は高校に入ってから知り合い、意気投合した。似た者同士の二人は、友人という関係をそれなりに円滑にこなしていたのだ。


 雅美と千明は忌々しいほどよく似ている。


 他人よりも最新のブランドをいち早く持っていたい。他人よりもチヤホヤされたい。他人よりも注目されたい。

 雅美は当然のように自分の方が千明よりも可愛いと思っているし、千明も雅美より可愛いと思っていただろう。


 表面上だけの浅い友人関係はある日、至極あっさりと壊れた。雑誌に載っていたブランドの財布を買って自慢したら、千明の作り笑いが小さく引きつった。

 この財布を千明が欲しがっていて、次のテストで成績を出して親にねだるつもりだということも、知っていた。知っていたから親に小遣いを前借りしてまで手に入れた。千明の悔しがる顔を見るために。

 案の定、歯ぎしりせんばかりの千明の形相を見て、雅美は心の中で勝ったとガッツポーズした。もっと悔しがれ、あんたと私は似ているけど私の方が上なのよと、優越感に浸る。


 この数日後から千明による雅美へのいじめが始まった。


 小心者の千明は堂々と雅美をいじめずに周りから懐柔した。気がついたときには雅美は孤立していて、千明が女王様の席に座っていたのだ。


 これには後悔しかなかった。あの席は千明なんかのものじゃない。千明よりも先に雅美が座るべきだった。


 それももう引きずり下ろしてやったことだし、今度こそ雅美が女王様だ。雅美が女王の席に座るために、次の哀れな子羊は誰にしようかと思案する。君主になろうと思えば生け贄がいた方が効率的なのだと、雅美は身をもって体験した。

 あんなにも簡単に呪い殺すことが出来るのなら、千明の取り巻きたちにも同じ目に遇わせてやろうか。そうすればわかる筈だ。誰が本当の女王なのか。


 雅美は朝食のトーストを一口噛ってから、鼻歌交じりに新聞を畳んでスマホを手に取った。


「?」

 今回は検索もしていないのに、あのサイトが表示された。不思議に思ったが、あまり気にせず適当に千明の取り巻きの中から1人を選んで名前を入力しようとした。ところが。


 指先がスマホの画面に触れる前に勝手に名前が入力される。入力された名前は雅美のものだった。


 独りでに『呪い殺す』が選択される。


「は? なんで?」

 どくどくと、雅美の心臓が鳴った。黒い画面に赤字が表示される。


『仕事っぷりに満足してくれたかい? さあて、お代を貰おうかねえ?』


「お代!? 聞いてないわよ!」

「雅美? どうしたの?」

 台所の母親が怪訝そうに眉根を寄せて雅美を見た。


「何でもないわ」

 雅美は早口で母親に答えてから、必死にスマホを弄る。

 キャンセルボタンはないか、どこかにお代の説明はないのか、そもそもどうやってこのサイトは立ち上がるのだろうか。


 洗い物を終えた母親が雅美の側へやってきた。

「具合でも悪いの? 真っ青よ」


 このまま部屋に閉じこもっていようか、いや千明は自分の部屋で呪い殺されたのだから、部屋に閉じこもっていても同じだ。なら、誰かといた方がいいかもしれない。雅美は母親に一緒にいてもらおうと訴えるために口を開きかけて、凍りついた。


 母親の肩に黒い何かが乗っている。輪郭が酷く曖昧で、判然としないそれは底の知れない不気味さを漂わせていた。

「雅美?」

 母親の声がどこか遠い。視線が黒い何かから外せない。にゅっと白い手が母親の肩に生えた。否、母親の後ろにいる何かの手が肩に乗せられた。黒い何かが少しずつ上に上がっていく。


 あれは頭だ。人間の頭。それも女。髪の長い女が母親の後ろにいて、母親の肩に手をかけて顔を上げようとしている。


 白い額が覗いた。鼻と頬も見えた。眼窩は窪んで陰になっていてよく見えない。青白く、まだ若い女の顔に見覚えがある。頭頂から左半分がぐしゃりと潰れていて、割れた白い骨とピンクの肉がやけに鮮明だった。傷口から滴る血は黒い髪をぐっしょりと濡らし、飛び出した眼球が視神経でかろうじて繋がり、ぷらぷらと揺れていた。


 もう片方の窪んで陰になっていた方から白目が覗いた。何のことはない、目を閉じていたから見えなかっただけなのだ。瞼が上がれば瞳が露になる。


 見ない方がいい。見れば終わる。今すぐ回れ右をして、全力で逃げなければ、まずい。なのに、動かない。万力で固定されたように頭が動かせない。

 瞬きをしたいのに、瞼がピクリともせず乾いた眼球がヒリヒリと傷んだ。涙が滲み、やがて溢れ落ちる。なのに、視界ははっきりとしていた。


 すっかり開いた目が雅美を見据え、半月になった。青白い唇が横に裂ける。


「ご、ごめんなさ、い、ごめんなさいっ、ま、まさか、本当に呪いがあるなんて思わなかったの! あんなの誰が信じるのよ。そうよ! 私は悪くないの! そうでしょう? 千明!」


 女は自宅の窓から飛び下りた千明だった。たかだか二階の窓からの飛び下り自殺であったのに、運悪く花壇の淵を囲う煉瓦の角で左頭頂から左顔面を強打して即死した。


『へえ、そんなつもりじゃなかったんだ』

 ねっとりと冷たく絡み付くような千明の声が雅美の鼓膜を震わせた。


「ちょっと雅美、何言ってるの? あなた大丈夫!?」

 母親が後ろの千明と一緒に近寄ってくる。雅美は大きく後ろにさがった。


「そうよ! 可哀想な千明。こんな姿になって! ね、私たち友達でしょ? 友達を殺したりしないよね?」

『そうね』

「雅美!」

 母親が伸ばしてきた手を思い切り振り払う。千明を連れて側に来ないで欲しい。一瞬母親の手に向けた意識を再び戻した。


『あんたと私は友達じゃないでしょ!』


 そこには、視界いっぱいに千明の口が広がっていた。


 そんな、人間の口がこんなにでかい訳がないじゃない。


 どうでもいいことが浮かんだのを最後に、激痛と灼熱に雅美の思考が塗り潰された。


 持ち主のいなくなったスマホに赤字が表示され、ぶつっと電源が切れる。



『毎度ありぃ』と。


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