アンドロイド日和3話〜朝のワイシャツ騒動〜
彼女は全く料理ができなかったり、ちょっとたしなめると泣き出したり、ACアダプタを口に突っ込んで充電をし始めたり、彼女に服を選ばせてたらスク水を選んだりと、彼女と共に過ごしているうちに、このお約束パターンは想定されているようにしか思えないと考えた。
そこで彼女にOSを聞くと『ideal sister OS』と答えた。速攻父親に連絡すると、彼女のOSの特徴は、理想の妹になるよう学習するというものだった。
その後、日和からお兄ちゃんと呼んでいいか聞かれ、僕はOKした。そんなわけで僕はアンドロイドと兄妹になった。
ピピピピピピピピピピ
朝7時、僕は携帯のアラームを止めた。敷布団を床に引いて寝ている僕は、隣の布団で寝ている美しい少女に声をかける。
「日和、朝だよ。」
「うんん〜、はぁぁ〜。あ、おはようございます。」
彼女は右手で口を隠して欠伸をしながら僕に言った。
断っておくが、彼女は人間ではない。僕の実家、日和研究所で作られたアンドロイドである。
「私、ご飯の準備をするのでお兄ちゃんは朝の支度を済ませちゃってください。」
「毎度のことながら本当に大丈夫か?」
「もう、お兄ちゃん。私は子供じゃないんですから。」
そう言って彼女はほっぺたを膨らませる。怒った彼女の顔も、愛くるしくて、可愛いくて、悶絶しそうだ。
「わかったよ、くれぐれも気をつけてね。」
そう言って彼女は着替えと食事の準備をするために、部屋を出てリビングに行った。同じ部屋で寝ている僕たちだが、さすがに着替えは別の部屋で行なっている。だが、最初はその辺りも色々あったというのは、また別の機会に話すとしよう。
とはいえ、不安でしかない。
日和は家事が全くと言っていいほどできない。例の包丁事件もそうだけど、彼女に洗濯物を干すのを任せた時は、2時間後に洗濯物が全てどこかに飛んで行ってしまったり、トーストを作るときにトースターのダイヤルを60分まで回していて、危うくボヤになるところだったり……。
とはいえ、これが彼女の幼さゆえの可愛さ、無知ゆえの可愛さなのでもあるから困ったものだ。
僕はいつものジーンズに適当にジャケットを合わせた地味な格好に着替え、最近はこの部屋に置くようになった教科書やノート、筆記用具と学校用のノートパソコンをリュックサックに入れる一連の出かける準備を済まして、扉越しの彼女に声をかけた。
「日和、着替え終わったかい?」
「はい、終わりました、お兄ちゃん。」
彼女の声を聞き、僕は戸を開け、リビングに入った。
「お兄ちゃん……どう…ですか……?」
そこには、恥ずかしそうな表情を浮かべる日和を見て、僕はすぐに戸をバタンと音を立てて閉めた。そして扉越しに言った。
「日和、あのさ、どこで覚えたかは知らないけど、何も身につけていないで僕のワイシャツを着るのはやめてくれ。」
おそらく初日に使い方を教えたパソコンで調べたのだろう。僕が彼女に少し厳しい口調でこう言ったらしばらく日和の甘え声が聞こえなくなった。そして……
「え、お兄ちゃんが喜ぶと思ってせっかく調べたのに……なのに…グスッ……お兄ちゃん…私……グスッ……私……」
彼女は涙声になって扉越しにいる僕に訴える。また泣き出してしまった。いや、さすがにこういうのはしっかり律しておかないと……だけど、このまま泣き続けられるわけにもいかない。少し考えた。そして僕が選んだ選択はこうだった。
「日和、僕のために色々頑張ってくれるのは嬉しいけど、そんな格好じゃ、風邪ひいちゃうよね。だから、いつもの服に着替えて。」
僕は一転優しく語りかけ、着替えるように言った。
「グスッ……お兄ちゃん…グスッ……私……風邪引く機能……ないです……だから……もっと…グスッ……喜んで欲しい……です……」
ミステイクだった。正直、アンドロイドというのもあって、彼女をあやすのは大変なのだ。こうなったらもうこれしかない。僕は扉という名の天使の門戸を開けて、毎度おなじみ、引き出しから彼女の服を取り出した。
「や、お兄ちゃん、何するんですか、あ、や、いやぁ、あ。」
「いいから、早くそのシャツを脱ぎなさい。」
僕は彼女の着ていたカッターシャツを取り上げ、生まれたままの姿をあらわにした彼女を少しだけチラ見しつつ、あの扇情的な姿から、僕が以前彼女に買ってあげた白の柄なしワンピースの姿に着替えさせた。
「お兄ちゃん……ひどいですよ……」
彼女は目に涙を浮かべながらそう言った。
「やっぱりさ、日和、君はこっちの方が可愛いよ。」
僕はかがんで彼女の目線に合わせた。本当に可愛い。この純粋無垢な感じ、可愛すぎて悶え死にそうだ。
「本当……ですか……?」
「そうだとも、可愛いよ。」
「子どもっぽくないですか?」
「あ、ううん。すっごく魅力的な女の子。僕の自慢の妹だよ。」
「本当ですか。私、お兄ちゃんの自慢の可愛い女の子に、なってるんですね。」
「もちろんだとも。」
「嬉しいです。お兄ちゃん。私、お兄ちゃんの妹でよかったです。」
子どもっぽくないですかに対する僕の返事を彼女にとっていいように解釈してくれたおかけで、なんとかこの問題は解決した。のだが。
ピリリ、ピリリ、ピリリ
「あ、まずい、7時50分。もうでないと電車に間に合わない。」
最寄りの駅まで徒歩5分、そこから大体20分で大学に着く。1限の開始時刻が8時50分なので、8時30分には着いていたい。そうすると、8時の電車には乗らないといけない。非常にまずい。
「大変です。お兄ちゃん。さっき私がお兄ちゃんのために心を込めて作ったトーストです。食べてください。」
「ありがとう、いただくよ。」
心こもったトーストを僕はいただいた。まぁ少し苦かったが正直そんなことを考えている余裕なんてない。
「ごちそうさま。それじゃあ行ってくるよ。」
そう行って僕は家を飛び出そうとした。
「待ってください。お兄ちゃん。お忙しいのはわかっています。でもいつものをどうか……。」
「あ、ごめん。すぐにやるよ。」
僕は彼女の近くに近づくと、日和は頭をさげる。僕はその彼女の頭、絹のように綺麗な白い髪を撫でた。
「ふふふ、ありがとうございます。お兄ちゃん、どうか気をつけて行ってください。」
「ありがとう日和。行ってくるよ。」
とまぁ本日は朝からワイシャツ騒動で慌ただしかったが、やはり彼女の可愛さにはかなわない。僕は毎日彼女に癒されて、憂鬱な外に出ていくのだった。
にしても、日和はネットの使い方を教えて以来、そんなのを調べてたのか。あの姿も可愛かった……いや、けしからんな。ちょっと日和とネットの使い方を再確認した方が良さそうだ。
次回予告
家に帰ると、部屋がボロボロになっていた。玄関にはムッとした表情の日和。問いただすと部屋の奥から声が、声の主は日和研究所の使いで幼馴染の古河みやこだった。彼女は日和のメンテナンスをするためにきたというのだが……。