アンドロイド日和1話~箱の中から~
都会の雑踏は、僕の意識を朦朧とさせる。日々がせわしなく過ぎる。これと言った趣味を持っているものもなく、持っているといえば、家の家具や衣類と学校のストレスぐらい。大学進学を機に、単身田舎からこの都会に出てきて1ヶ月。人付き合いが苦手な僕は早々に孤立してしまい、憂鬱な日々を送っていた。
ある日、家に帰ると、ポストに一通の不在票が入っていた。読むに僕宛の荷物だ。はて、荷物なんて頼んだだろうか。宛先は書いてなかった。とりあえずその長細い紙の一番下に書いてある電話番号をスマートフォンに打ち込み、発信する。
「お電話ありがとうございます。西川運輸、佐藤でございます。」
スピーカーからは、早口で少し声が掠れた男の声が流れてきた。
「不在票が入ってお電話しました。再配達をお願いします。番号は……」
「わかりました。6時までにはお届けいたします。失礼します。」
僕は電話を切った。現在時刻4時50分。
思えば、頼んだ覚えがないと男に言って確認させておけばよかったのだが、そんなこと電話中は思わなかった。どちらにせよ、宛先不明では宅配会社側もどうすることもできないだろう。
5時50分、インターホンが鳴った。棚の引き出しから印鑑を取り出し、玄関に向かった。この時はあんなものが届くなんて想像もしなかった。
扉を開けると、男が立っていた。
「竹本さんですね、荷物お届けに参りました。印鑑お願いします。」
男は伝票を僕に見せる。電話の時と同様、早口掠れ声だった。僕は印鑑を押した。
「はい、えぇ、ちょっと荷物が大きいので少々お待ちください。」
ちょっと大きい?ちょっとってどれだけだろうか。ただでさえ狭いこの1Kアパートにはいるだろうか。正直この時の悩みは安易だったと思う。
トラックから茶色いダンボールが運び出された。あぁ、確かにでかい。あの中に人一人は入りそうだ。男が重そうにそれを運び、家の玄関に入れた。額からは努力の結晶が溢れ出ている。
「はぁ、はぁ、それでは、失礼します。」
息切れを起こしながら、そう言って礼をした。僕は玄関の扉を閉めた。
とりあえず、僕はダンボールをリビングに運ぶことにした。持ち上げようとしたが、基本引きこもりのほっそり系男子の僕にはビクともしなかった。仕方なく、引きずることにした。床が傷つくのではないかという心配があったがこの際構わない。
全身の力を腕と脚に集中させ、横から押す。少しずつ動き出した。順調、順調、そう、順調に行くはずだった。僕はダンボールを押し続けた。そしたら、一瞬でダンボールの抵抗がなくなった。
バタン
ダンボールが、進行方向に向かって、倒れた。大きな音がたった。やってしまったと思い、持ち上げてもう一度立て直そうとしたが、無理だった。もういいやと思い、僕はそのままダンボールを開けることにした。
開け口は上部、つまり、一番面積の小さい、さっきまで上を向いていた部分にあった。ガムテープで頑丈に封がされていた。これまた棚の引き出しからカッターナイフを取り出し、ガムテープを切った。
ふたを開けると、発泡スチロールが入っていた。それをダンボールから取り出して中をもう一度見た。
(人の…頭……?)
中からは、人の頭みたいなものが入っていた。と言っても、直接目や口をみたわけではない。ただ、白色の細い毛のようなもの、あとうすだいだい色の何かが見えて、瞬時にそう判断したに過ぎなかった。ゾッとした。思考が停止した。だけどこの時、僕の深層心理は何を考えていたのだろうか。僕は右手人差し指を立て、その頭みたいなものに触った。
ジャーーン
それは、某リンゴマークのパソコンの起動音のような音だった。その音が鳴った後、その頭みたいなものが少し揺れた気がした。
いや、気がしたではない。確かに揺れた。それに、もっと下、いや、この場合は奥というべきだろうが、そこからもガサゴソと音が聞こえる。もう、ゾッとしたを通り越し、恐怖すら感じた。でも恐怖はそれで終わらなかった。
(なんか…出てきた……。)
そのなんか、それこそあの頭みたいなものだった。少しずつ、ダンボールから出てくる。もう恐怖、僕は今ホラーな夢を見ているのだろうかとそんな風に思った。そして、頭全部が出てきた。もう怖くてたまらなくて、僕は手に持っていたカッターナイフの刃を出した、その時だった。
「ふう、やっとでれました。」
この澄んだ高い声、僕は硬直した。そして、頭は続ける。
「すみません、このダンボールから私を出してもらえないでしょうか。」
何だろう、このあどけない感じの可愛らしい声。なんか、胸がざわざわした。僕はその頭を掴み、引っ張り出した。
出てきたのは、女の人の体だった。薄橙なんかじゃない、白くて、小柄で、とても細くて、艶があって、いや、待て。
「ふぅ、ありがとうございます、マスター。おかげでダンボールからでることができました。」
そう言って彼女は起き上がって僕の方を向く。僕はその瞬間彼女に背を向けた。
「どうしたんですか、マスター。」
びっくりした口調で、彼女が僕に聞く、僕は彼女に冷静に、そう、冷静にこう言った。
「ねぇ君…、服、着ようね。」
男一人暮らし、彼女なしの僕の家に、女物の服があるわけなく、仕方なく、僕のグレーのスウェット上下を彼女に差し出した。すると彼女は言った。
「あの、これをどうすればいいのですか、マスター。」
僕は、正直絶句した。仕方ないので、僕は彼女の後ろに回り、着せることにした。まぁこの時のことは、ご想像にお任せしよう。ただ、一言、彼女の肌は、柔らかかった。
スウェットを着せた後、彼女をリビングに座らせた。よく彼女を見ると真っ白で少し癖っ毛のあるショートヘアに、少し幼さを残した可愛い顔立ちで背も140cmぐらい。ささやか程度にでるところも出ていて、理想的な妹属性だ。そんな彼女に僕は問うた。
「君は誰、どこからきたの?」
彼女は、答えた。
「あ、ご挨拶が遅れました。私は日和研究所で作られたアンドロイド、日和と言います。宜しくお願いします、マスター。」
日和研究所、すべての謎が解けた。僕はスマートフォンの電話帳アプリを開き、実家をタップし、発信した。
「あ、もしもし〜最近どうなの連絡もあんまないし。」
母親が出た。最近連絡をしなかったということはこの際いい。
「母さん、あの荷物何?」
僕は単刀直入に聞いた。
「あぁ、あの子ね。届いたのね〜よかった。」
「よかったじゃないよ。何あれ?」
「彼女は父さんが作ったアンドロイドよ。あんた一人暮らしでちゃんと生活できてるかな、美味しい食事とか取れてるか心配で、相談したのよ。そしたらあんたのために作ったのよ。父さんに後で礼を言っときなさいね。」
僕の父親は田舎の小さなロボット制作会社、日和研究所の社長兼エンジニア。家事の補助ロボットを作っている。よく家にロボットを持ち帰るため、家中ロボットだらけ。まぁこれが実家を出たきっかけなんだけども。
近年は人工知能搭載のアンドロイドの研究を始めたらしいのだが、いつも失敗してポンコツばかりらしい。
今回送り届けられた日和も、研究所で作られたアンドロイド(失敗作)ということでいいだろう。
「我がお父上に言っておいてください。いい加減アンドロイド研究とやらをやめろ、とね。」
そう言って電話をブチ切っといた。再び日和を見る。
「どうやら、なんか本当に僕は君のマスターらしいね。まぁいいや。とりあえず宜しく。」
「よろしくお願いします、マスター。」
彼女はニコッと笑ってそういった。正直、彼女を実家に送り返してもいいのだが、なんとなく、彼女をもっと見ていたくて、しばらく家に置いておくことにした。父親には後でラインのメッセージを送った。
『親愛なるバカ父さまへ、日和はしばらく預からせてもらいますのでどうぞ宜しく。』
そんなわけで、僕と日和のなんかよく分からないけどなんとなく華やかな生活が始まる、気がした。
次回予告
日和を家に置いておくことにした僕は、彼女にどんな機能があるのかを聞いてみた。そしたら家事は一通りできるのだという。不安だが彼女に夕食を任せることにした。そして僕は、パソコンで日和の服を探し始めた。