第9話
雨は7日7晩の間、ずっと降り続けました。
雨が降り止むまで、王子は繰人形のように、誰かに操られるように日々を過ごしていましたが、雨上がりの今日、ようやく王子に表情が戻りました。
いつになく、笑顔が溢れる王子。木漏れ日のように、優しげな声は、ここ数日の王子からは想像出来ないほど、晴れやかで、心配をしていた周りの人達は、胸を撫で下ろしたのでした。
しかし、誰も気付かなかったのです。その王子から零れた優しげな声や、眩しい笑顔が、太陽の光を反射する鏡のように、限りなく本物に近い偽物であったことに。
王子の心は、かさかさと音を鳴らすほど乾ききっていたのです。
数日後、王子と友達は森に出掛けました。
それは獣が死んだ日に約束をした、虹の花を見に行くためでした。
当てる光を変えれば、また違った答えが見える。そんな王子の言葉は、友達の考え方を少しだけ返させて、別の答えの糸口を小指に絡めていたのです。
緑が生い茂る森の奥に、ぽっかりと開けた草地がありました。
一面に太陽の光を集めている中心に、七色に輝く花が瞬きをする間に色を変えて咲いていました。
「なんて美しい花だろう」
友達は感激した声で、花に近づいていきます。王子はからからに乾いた心で眺めていました。
美しく咲く一輪のその花は、王子の目には、醜く、汚れて見えていました。
昔、この花を獣と見つけた時感じた、あの胸の暖かくなる感動は、いつまでたっても現れなかったのです。
感動し喜ぶ友達を、静かに王子は見つめました。
『乾いた大地に、種撒けど』
耳鳴りのように、声とも音とも取れない言葉が、詩のように響きました。
『種は芽吹かず、花咲けぬ』
友達は虹の花に夢中なせいか、この声が聞こえないようです。
『風吹き、雨音調べを奏で』
これが風の便りだと気がついたのは、王子だけでした。
『大地生きれば、種芽吹く』
王子の視界は、もうこの世界を見てはいませんでした。
『王よ風呼べ、雨降らせ』
王子は自分でもわからないまま、右手を空に伸ばしました。
『命の花を、心に咲かせよ』
突然、暗い雲が太陽を飲み込みました。鮮やかに輝いた花びらは、その色をゆっくりと失い、やがて地面に顔を向けるように閉じていってしまいました。
ぽつり、ポツリ。静かな雫が王子の額を濡らします。
ポツリ、ぽつり。雫は王子の胸の奥へ染み込んでいきました。
『大地が蘇った』
『花が芽吹くぞ』
ずっと歌うような、耳鳴りのような、その声は響きましたが、王子にそれらを感じる心は残っていませんでした。
雨が心に染みるたび、溢れ返る思い出の波が、王子の目の前を、心を、全てを飲み込んでいました。
もう帰らない獣。もう約束を果たせない獣。
いつか訪れるはずだった幸せな未来は、もう二度とやってくることが無いのだと、王子に気がつかせてしまったのです。
後悔よりも、悲しみよりも先に、王子は獣を守り通せなかった自分を、深く深く憎みました。
静かに降る雨は、王子にいつまでも降り注ぎ、王子の流す最後の涙を隠していました。