第6話
太陽がその姿を半分だけ隠し、西の空を茜色に染めていました。
獣と過ごした時間が、王子の心を優しくし、そんな王子はよく、相談事を受けていました。
様々な悩みを聞き、その人にあった言葉を王子は伝え、心に希望を与えていたのです。
今日も友達の相談に乗っていました。すぐに解決出来ない事でしたが、友達に笑顔が戻っていました。
綺麗な夕焼けです。穏やかな橙の光は、友達の心と似ていました。
王子はこの時間がなにより好きでした。空気が静かに日中の喧騒を包み込み、世界の全てが柔らかく見えるからです。
「ねぇ獣」
夕陽を見つめながら、王子は語りかけました。
「この世にいる生き物は、死んでしまったら何処へ行くのかな?」
柔らかくなった時間は、王子を切ない気持ちにさせました。遠い昔に死んでしまった、動物の事を思い出したのです。
「星の道か、大地の中心に行くんだよ」
王子は首を傾げました。星の道は、人間の言葉で言うと天の川を指しますから、王子にはわかりました。それは人間の言葉で言うところの天国と、同じ意味を持っています。
しかし、大地の中心の事は知りませんでした。
「そうだな。大地の中心は、人間の言葉で言うと、地獄になるのかな?」
「あぁ」
王子は納得しました。悪い事をした魂は、永遠にそこで罰を受け続けると、聞いたことがあります。それを獣に話すと獣は首を横に振りました。
「大地の中心は、君たち人間の言っている地獄とは違うんだ」
「どう違うの?」
「大地の中心は、確かに悪い魂がいくところだよ。
前に話した、憎しみの種が、憎しみの花になってしまうと、魂は重くなって、大地の中心に落ちてしまうんだ。
星の道は空にあるだろ? 軽くないと魂はそこに昇れない。
他にも心に悪い花を咲かせた魂は、星の道に還れないから、やっぱり大地の中心に落ちていくんだ」
「そこで罰を受けるんだね」
「違うよ。大地の中心はとても熱い炎で満たされているんだ。
ほら、王妃の使う魔法の小瓶に入っている炎があるでしょ。あれは大地の中心にある炎の欠片なんだよ」
王子はふっと王妃の持つ魔法の小瓶を思い浮かべました。赤い小瓶に揺らめく炎は、なんでも燃やせる魔法の炎です。
「その炎で、心の花を燃やすんだ」
「花を燃やす?」
「そう。花は心の奥まで根を張っているから、時間はかかるけど、そういった悪いものを、全て焼ききらないと星の道には行けない。
星の道に還れないと、いつまで経っても新しく生まれ直せないんだ。生まれ直せないと、いつまでも独りぼっちで、炎の中にいて凄く淋しいんだよ」
「そっか。だから、獣は誰かを恨んだり憎んだりしてはいけないって、言ってたんだね」
「それもあるけど、そういう気持ちを持ったまま生きるのは、楽しくないと思うんだ」
「そうだね。それは楽しくないね」
王子は獣に深く感謝しました。誰よりも自分の事を心配してくれる事に。
そして夕陽を見つめながら、王子は決めました。
いつか、城を出ていこうと。
太陽がたくさん当たるどこかへ獣と共に旅立とうと。
幸い弟は自分よりも、王様になる才能があるのです。才能ある弟が王様になって、幸せな家族と一緒に幸せに暮らす。
その代わり自分は陽溜まりの中で、獣と共に生きよう。家族と離れ、平民として生きよう。いつか好きな人が出来て、その人と家族になって、子供たちと獣と、みんなで暮らすこと。
それが王子の小さな夢でした。
暗い雲は小さな国から見えるようになりました。
「とうとう、来てしまった」
獣が幾度、風の便りを出したかわかりません。西風からの答えは無く、冷たい東の風が獣のふかふかの毛を揺らしました。