第5話
王子はいくつかの季節を飛び越え、すっかり背も高くなり、顔つきもあどけなさが無くなっていました。
この頃は獣といる時間も城にいる間だけとなり、会話を交わすことも少なくなりました。
獣はそれを少し寂しく思いましたが、王子が自分にかけてくれる言葉や眼差しは、以前と変わらずにいたので、彼と言葉を交わす時間が減っても、強い寂しさを感じることはありませんでした。
王子はだんだんと大人へ近づいているのです。お城にいるよりも、外で過ごす時間が長くなるのは、あたりまえの事で、それを獣は嬉しく思ってもいたのです。
王子には少ないながらも、共に笑い、共に支えあえる人達が出来始めていました。獣は自分だけが王子の特別で無くなったとしても、それでよかったのです。
それでも、王子の日々は変わらずにありました。頑張ることが難しくなった為、勉強はますます不出来になっていて、王妃は王子を叱りました。
前よりも叱られる回数は多くなり、時には王子が悪いわけでも無いのに、叱られたりしました。
やはりそんな時には獣と話をするのですが、昔のように獣に涙を舐めてもらう事はありませんでした。
王子はいつの間にか、涙を流すことが出来なくなっていたのです。
言葉のナイフが何度も王子の心臓を傷つけて、とうとう涙の泉は壊れてしまったのです。
獣はそんな王子に寄り添い、少しでも王子が安心できるように、ふかふかの毛を撫でさせてあげるのでした。
「王妃様は君を思って強く言い過ぎてしまうんだ。だから王妃様を憎んではダメだよ」
獣は何度も王子に、そう語りかけました。王子はゆっくりとうなずき、獣の優しい言葉と、ふかふかの毛に、何度も何度も救われたのです。
王子はある日、ふと視線を落としました。
王妃と王様と弟が中庭で笑いあっていたのです。優しい木漏れ日が差し込む庭で、仲むつまじく語り合う姿は、お話の中に出てくる幸せな家族そのものでした。
王子の記憶に、ああやって中庭で笑いあった事はありませんでした。
本当はそういうこともあったのですが、王子は王様と一緒にいるときは、いつも、どうすれば王妃が喜ぶのか、どう話したら素直な良い王子に見えるのか、とそればかり考えていたのです。
だから弟のように無邪気に笑えなかったのです。
「あんな風に笑えたら」
王子は誰に言うわけでもなく、言葉を漏らしました。
町には王子と同じようにお父さんが違う人もいます。自分だけではないと思うのですが、あまりにも幸せなその光景は、王子の心を強く揺らしました。
もしかしたら、もう自分はいらないのでは無いか。そんな考えが頭の中をぐるぐる回ります。
王子は王妃にそれを確かめようとしましたが、いざ王妃を目の前にすると声が出ず、そして本当にきっぱりと、いらないと言われてしまったらと想像すると、怖くなって聞くことは出来ませんでした。
あまりにも幸せすぎる家族の姿が目の前にありました。
王子は自分がその輪の中に入ってしまうと、大切な何かを壊してしまう気がしてならなかったのです。
陰り始めた東の地平はまだ遠く、この国からそれを見ることは出来ませんでした。