第4話
風の強い夜の事でした。突然開いたドアの向こうには、真っ赤な顔をした王妃が立っていました。
まるで恐ろしい物を見る目で、王子の事を見ていました。
王子はとっさに身を固くしましたが、そんな様子は王妃の目には映らなかったのです。
「王子、今誰と話をしていたの?」
王妃は今までで一番鋭い、言葉のナイフを王子の胸に突き立てました。
王妃は薄々気がついていたのです。王子が獣と言葉を交わしていることを。
ずっと先の明日に、王子は王様になります。王様は小さな国の為に、仕事をしなければなりません。その為には、たくさんの勉強をしなければいけません。
そしてなにより、王様は人間でなくてはいけないのです。
獣と言葉を交わすのは、森の魔女だけです。森の魔女はもうそれだけで、人間では無いのです。
獣と言葉を、心を交わしているのならば、今すぐにでも、王子を聖導師の所に連れていかなければいけません。
聖導師は人間で無くなった人間を、正しい姿に、正しい心に戻すことが出来るのです。
しかし、王妃は迷っていました。鋭い言葉のナイフを王子に突き立てながらも、迷っていたのです。
聖導師に頼み、王子に正しい心を戻すことは、王子が悪い心を持ってしまったということです。
それはとても恥ずかしい事でした。願うなら何かの間違いであって欲しい。王妃は祈る思いで王子の言葉を待ちました。
「誰ってボクは一人だよ。獣を悪者にして遊んでいただけだよ」
王子の言葉に王妃は溜め込んでいた息を吐き出しました。
「そう、遊んでいただけなのね」
王子は嘘が上手になっていました。いつかバレてしまう日の事を考え、いつでも上手に嘘をつけるように練習していたのです。
王妃はすっかり安心して、王子の部屋を出ていきました。
「危なかった。バレてしまったかと思ったよ」
王子は獣に語りかけました。
「嘘は良くないと思うよ」
「でも嘘をつかなければ、君は魔法の袋で殺されてしまうよ」
「大丈夫だよ。ボクは魔法の袋では死なないんだ」
それを聞いて王子は安心しました。ですが、これから先、獣と言葉を交わすのは危ないことだと思いました。
「何かいい方法は無いかな?」
王子は獣に尋ねると獣はすくに答えをくれました。
「風の便りを使おう」
「風の便りは知らせ鳥がいないとダメなんじゃないの?」
「知らせ鳥は遠くに運ぶ時に必要なんだ。だから近い場所でなら大丈夫」
「ボクに出来るかな?」
「大丈夫。ボクが教えてあげるよ」
その日から王子は獣に風の便りの書き方と、読み方を教えてもらい、もともと勉強が得意な王子は、すぐに風の便りを使えるようになりました。
風の便りは言葉で話すのと同じぐらい使いやすく、王子と獣は風の便りで、二人が離れているときも話すことが出来るようになりました。
しかし、王子の不安は前よりも大きくなっています。
今は風の便りで話をすることが出来ても、いつまた王妃が獣の事に気がつくかわかりません。
今よりももっと上手に嘘をつける練習をしなくてはいけない。そして、ふかふかで心の優しい獣をどうにかして守らなくてはいけない。
そう強く思ったのです。