第2話
深い深い森の奥に小さくも、美しい国がありました。
王様がいないこの国のお城には、王妃と王子が暮らしていました。
7才の誕生日を迎えた朝、王子は朝ごはんの席で、見慣れない人が座っているのを見つけました。
『この人は誰だろう?』
王子は心の中で思いましたが、誰もこの知らない男の人についてなにも言わないので、王子は何も聞けませんでした。
『きっと、お客さんだ。今日だけ一緒にごはんを食べるんだ』
しかし、王子の考えをよそに、知らない男は次の日も、また次の日も朝ごはんを食べに来ました。
気になって仕方がない王子は、獣にこの知らない男の人の事を話しました。
「なるほど。その人は新しい王様かもしれないね」
「新しい王様?」
王子は目を丸くしました。そんな話は一度も聞いたことはありません。
「次の王様はボクがなるんだと思ってた」
王子は少しだけガッカリしましたが、すぐにあることを思いつきました。
「じゃあ、もう王様になる勉強はしなくていいのかな?」
王子は勉強が得意でしたが、小さな間違いも厳しく注意されるので、勉強は嫌いでした。
新しい王様がいるのであれば、王様になる勉強をしなくていいと思ったのです。王子は素直にその事を喜びました。
「王子、勉強はしなくてはダメなんだよ」
「どうして?」
「王子が大きくなったら、その次の王様になるんだよ」
獣の話に王子はガッカリしました。
「そんなにガッカリしなくてもいいんだよ。今までだって王子は、ちゃんと頑張ってやってこられたんだ。これからも頑張れないわけが無いじゃないか」
「そうだね。ボクは立派な王様になって、お母さんを助けてあげるんだ」
王子はそう心に決めて、今まで以上に王様になる勉強を頑張りました。
何日か過ぎた夕方、見慣れない男の人が食事の席についているのを、王子は見つけました。
縦長の大きなテーブルには色とりどりの料理が並べられていて、美味しそうな匂いがのぼっています。
王妃は見慣れない男の人の隣にいて、王子の事をじっと見つめていました。
「王子。この人は森を越えた海の国からやってきたのです」
王妃の改まった言葉に、王子の身体は固くなりました。緊張しているのです。
「貴方にはお父さんがいませんでした。だから貴方には、ずいぶん寂しい思いをさせてしまいましたね」
寂しい思いは確かにしたのだけど、獣が側にいたので王妃が言うほど寂しくなかったと、王子は思いました。
「この人が新しい王様、貴方のお父さんになります。これからはお母さんとお父さんの三人で、家族になるのですよ。
もう寂しい思いはさせないわ。これからは、たくましいお父さんがいるのですから」
新しい王様は、かっこよくて、腕も太く、頼りがいのある人のようでした。確かにこの人ならば、王様になれると王子は感じました。
でも思うのです。お父さんとはいったいなんなのだろうと。
お父さんが初めからいなかった王子は、お父さんがどういうものなのか、わからなかったのです。
それを口にしようと思った王子でしたが、王妃があまりにも幸せそうに笑っていたので、結局その事は話しませんでした。
『お母さんが幸せなら、それでいいや』
そう思ったのです。
結婚式はすぐに行われました。豪華な純白のドレスを着た王妃は、とても美しく、王子は鼻を高くしました。
王様もかっこいい服を着ていて、二人の間に挟まれるように立った王子は、とても誇らしい気持ちになりました。
王子は今まで会ったことの無いたくさんの人達に、たくさんの祝福を受けました。
ただこの場に獣が一緒にいなかったことが、残念でならないと王子は思いました。
季節は国を美しく彩り、王子がまだ幸せな頃のお話でした。
暗い雨雲が、じわりじわりと遥か東の空にあることを、この時は獣の以外、まだ誰も知らなかったのです。
「あぁ、風の精霊よ。お願いだから待っておくれ」
獣は中庭で、過ぎ行く風の精霊に、静かに語りかけました。