第17話
ギラギラと目を光らせた人々が、王子と少女を囲みました。
彼等の手には、ナイフや長剣、太い木の棒、クワや包丁と様々な道具がありました。皆一様に荒い息を吐き、じりじりと怒りを見せていました。
「こんなこと止めるんだ」
王子は静かに、獣と同じぐらい優しい声で、人々を諭すように話しました。
「王子、そこをどいて下さい」
若い男がきつい目で王子を睨みました。下手をすると王子を、傷つけそうなぐらいの荒々しさが彼にはありました。
しかし王子は怯まずに首を横に振りました。
「何故です? それは悪い森の魔女です。王子をたぶらかして、苦しめて、魂を奪おうとしてるんです」
「それは違う。彼女は同じ人間だよ。確かにみんなとは少し違うかもしれない。
でもそれは関係ないんだよ。生きてる人を憎しみだけで、殺してはいけない。そんなの間違ってるよ」
「王子も知っているでしょう。森の魔女は」
王子と青年の会話は、すれ違い続けました。それを聞く回りの人々は、会話を聞いていますが、青年の話には頷き、王子の言葉には首を振りました。
何故伝わらないのか。王子はただ、命を無意味に奪う事は、間違いだと言っているだけなのに、それがひと欠片も伝わりません。
次第に青年の言葉は強くなり、回りの人々の雰囲気も荒くなってきました。
不意に誰かが叫びました。
「王子は魔女の魔法で狂ってしまわれた!」
人々はハッとしました。魔女の悪い魔法で、王子が狂っているなら、魔女の味方をしているのも納得出来る。
「王子は狂っている」
「王子は狂っている」
異様な掛け声に王子は寒気を感じました。異様に重暗くも爛々と光る瞳の群れは、王子から見たら、それこそ狂っているように見えました。
ただ一つの命を大切に思えず、狂信的に自分達の価値観を信じ、ヒトを、野にある者達を、平気で殺すのです。
『狂っているのは、どっちだ』
町の人なのか、自分なのか、それとも両方とも、既に狂っているのではないか?
心が折れそうでした。王子はこんなに大勢の人達に、どうすればわかってくれるのか、出来る限り丁寧な言葉で語り続けました。
しかし、誰にも言葉も心も通じないのです。
その時、少女の小さな手が、王子の手を握りました。小さく震える小さな手が、力強く握られるのを王子は感じました。
死んだ者とは二度と会えない。この小さな手を、震える命を守りたい。獣と同じような残酷な運命を、この少女に与えてはいけない。
王子の胸に小さな光が生まれました。今まで感じたことが無いぐらい強く、優しい光。それは、王子は気がついていませんが、獣を守ろうと決めた時に、感じたそれと同じものだったのです。
「ボクは狂ってなどいない」
王子の今までに無い強い言葉に、人々はどよめきました。
「いや、王子は……」
誰も彼もがそれ以上、二の句か告げなくなります。
「この子は人の子で、ボク達と同じだ」
人々は頷きかけました。しかし、なかなか、そうすることは出来ません。
その時、人々の間から一人の老爺が出てきました。怒りに身を揺らし、恐ろしい顔をしていました。
「探しましたぞ王子」
その声を王子は覚えていました。
「聖導師」
「さよう。聖なる杯から逃げ出したと思えば、今度は悪しき魔女の味方をする。やはり、獣と心を通わせたせいで、狂ってしまったか」
聖導師の言葉に人々はざわめきました。
「獣と心を」
「やはり王子は」
人々の言葉を引き取るように、聖導師は言い放ちます。
「王子は狂っているのです」
それは断言で、神に仕える聖導師の言葉は絶対です。
人々の目の色は、変わっていました。忌々しく、汚いものを見る目で王子を見ていました。
「魔女を殺し、王子を救い出せ」
聖導師が命じると、人々は一斉に動き出しました。それは突風の様に王子の、いえ少女に襲いかかります。
もう王子が叫ぼうが、諭そうが誰も止まることはありません。
「どうして、どうしてこんな事に」
王子の声は、狂った人の群れに消えました。少女は王子にしがみつき「死にたくない」と小さく呟きました。
遥か西の果てで、一人の少年が無表情のまま呟きました。
「運命は変わらぬ。風を極点と定めようが、それは未来には関係の無いこと、悲劇を外郭から中心へ移したに過ぎぬ」
誰に言うでもなく少年は、また呟きました。
「運命は変わらぬ」
この声は誰にも聞こえませんでした。