第16話
気がつくと、王子は丸い虹の中心にいました。
車輪の鳥が回り、七色の山が見えます。
「選ばない。それも選択だ」
少年の声は聞こえましたが、姿はどこにも見えませんでした。
「帰らないと」
王子はおもむろに、車輪の鳥の輪に右手を入れました。
すると知らせ鳥達は一斉に、回転を止め、王子の周りを回り始めました。そして王子は空へと舞い上がり、虹の輪を潜り、一気に空を駆け抜けました。
野も山も川も一飛びに見送り、王子の目に見慣れた美しい国が見えました。そして知らせ鳥の風は、緩やかに王子を地上へと降ろし、辺りは生い茂る木々に囲まれました。
王子は肌にねばつきながらも、ピリピリと痛む空気を感じました。そしてその中に、僅かだけれどはっきりとした恐怖を感じました。
王子は感覚を頼りに、その小さな感情のする方へと歩いていきました。
「王子」
一人の少女が震える声で王子を呼びました。
「ここにいたんだね」
「どうして、どうして戻ってきたの」
少女は酷く震えながらも、王子を責めました。少女は自分の運命を知っているのです。
「君を助けにきたんだ」
王子は優しく告げ、少女の肩を抱きました。少女はそれがとても暖かくて、心が落ち着くのに、とても悲しくなりました。
「どうして、戻ってきたの。貴方も獣と生きる道が残っていなかったの?」
少女の問いかけに王子は首を横に振りました。
「だったら何故?」
「それが獣の夢だったから」
「わからない。私にはわからない」
少女は髪を振り乱し、困惑していました。自分のせいで王子が戻ってきた事を、酷く後悔しているのです。
だから王子は、獣とどんな話をしたのか、獣はどういう気持ちだったのか、自分はどう感じたのか、それを丁寧に話しました。
「貴方達はバカよ」
「そうかもしれない。でも、ボクはこの場所で生きたいと思ったんだ。
いつか、日溜まりの中で君と笑いたい。そう思ったんだ。
獣はね、いつだって人間の幸せばかり考えた。それを願っていた。ボクはその夢を守りたい。そう思うんだ」
「私は、森の魔女よ」
「君は言った。君は人間と同じだって。人が人を殺めてはいけないんだ。それはとても辛いことなんだ」
「貴方は許せるの? 獣を殺した王妃を許せるの?」
「わからない。許せないかもしれない」
「なら戻るべきではなかった」
「いや、これ以上誰かが殺されるのは、もっと許せないよ。君はまだ苦しいままだろ。ボクも苦しいままだけど、一緒ならきっと苦しさを少なくできる気がするんだ。
ボクと一緒に、痛いだけの記憶が、思い出に変わるまでいてくれないか?」
一人で抱えられない苦しみも、二人なら堪えられる。それは獣と生きた僅かな時間で学んだ事。
獣はきっと知っていたに違いないと思うのです。同じ悲しみを抱える少女を救えるのは、そして獣を失った王子を救えるのは、お互いしかいないことを。
時に身を預けて忘れるのでなくて、誰かと支えあって、忘れずに生きていくことが大切なのだと。
そして少女は小さく頷きました。
「王子、私と生きてください」
二人の心の奥で、はらりと何かが落ちる音が聞こえました。
それが憎しみの花が枯れようとしている音だと、二人にはわかりました。
二人は手を取り合い。空を見上げました。青い空の中に隠れた星の道を、見ていたのです。
「見つけたぞ!」
恐ろしい声が鳴り響いたのは、正にその時でした。