表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣と王子  作者: ひかりばこうじ
16/19

第16話

 気がつくと、王子は丸い虹の中心にいました。

 車輪の鳥が回り、七色の山が見えます。


「選ばない。それも選択だ」


 少年の声は聞こえましたが、姿はどこにも見えませんでした。


「帰らないと」


 王子はおもむろに、車輪の鳥の輪に右手を入れました。

 すると知らせ鳥達は一斉に、回転を止め、王子の周りを回り始めました。そして王子は空へと舞い上がり、虹の輪を潜り、一気に空を駆け抜けました。


 野も山も川も一飛びに見送り、王子の目に見慣れた美しい国が見えました。そして知らせ鳥の風は、緩やかに王子を地上へと降ろし、辺りは生い茂る木々に囲まれました。

 王子は肌にねばつきながらも、ピリピリと痛む空気を感じました。そしてその中に、僅かだけれどはっきりとした恐怖を感じました。

 王子は感覚を頼りに、その小さな感情のする方へと歩いていきました。


「王子」


 一人の少女が震える声で王子を呼びました。


「ここにいたんだね」


「どうして、どうして戻ってきたの」


 少女は酷く震えながらも、王子を責めました。少女は自分の運命を知っているのです。


「君を助けにきたんだ」


 王子は優しく告げ、少女の肩を抱きました。少女はそれがとても暖かくて、心が落ち着くのに、とても悲しくなりました。


「どうして、戻ってきたの。貴方も獣と生きる道が残っていなかったの?」


 少女の問いかけに王子は首を横に振りました。


「だったら何故?」


「それが獣の夢だったから」


「わからない。私にはわからない」


 少女は髪を振り乱し、困惑していました。自分のせいで王子が戻ってきた事を、酷く後悔しているのです。

 だから王子は、獣とどんな話をしたのか、獣はどういう気持ちだったのか、自分はどう感じたのか、それを丁寧に話しました。


「貴方達はバカよ」


「そうかもしれない。でも、ボクはこの場所で生きたいと思ったんだ。

 いつか、日溜まりの中で君と笑いたい。そう思ったんだ。

 獣はね、いつだって人間の幸せばかり考えた。それを願っていた。ボクはその夢を守りたい。そう思うんだ」


「私は、森の魔女よ」


「君は言った。君は人間と同じだって。人が人を殺めてはいけないんだ。それはとても辛いことなんだ」


「貴方は許せるの? 獣を殺した王妃を許せるの?」


「わからない。許せないかもしれない」


「なら戻るべきではなかった」


「いや、これ以上誰かが殺されるのは、もっと許せないよ。君はまだ苦しいままだろ。ボクも苦しいままだけど、一緒ならきっと苦しさを少なくできる気がするんだ。

 ボクと一緒に、痛いだけの記憶が、思い出に変わるまでいてくれないか?」


 一人で抱えられない苦しみも、二人なら堪えられる。それは獣と生きた僅かな時間で学んだ事。

 獣はきっと知っていたに違いないと思うのです。同じ悲しみを抱える少女を救えるのは、そして獣を失った王子を救えるのは、お互いしかいないことを。

 時に身を預けて忘れるのでなくて、誰かと支えあって、忘れずに生きていくことが大切なのだと。


 そして少女は小さく頷きました。


「王子、私と生きてください」


 二人の心の奥で、はらりと何かが落ちる音が聞こえました。

 それが憎しみの花が枯れようとしている音だと、二人にはわかりました。

 二人は手を取り合い。空を見上げました。青い空の中に隠れた星の道を、見ていたのです。


「見つけたぞ!」


 恐ろしい声が鳴り響いたのは、正にその時でした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ