第14話
王子は気がつくと空に浮いていました。
ほんの一瞬前、自分の身にあった事を思い出し、背中がぞくりとしました。
“紡ぎ”と名乗った少年が王子の胸を貫いたからです。
慌てて自分の胸を確認しましたが、そこには穴も傷もありませんでした。
「ボクは死んでしまったのかな」
真下に広がる景色を眺めながら、王子はぼんやりとそう思いました。
王子は見覚えのある景色だと感じました。
深い深い森の奥、小さな国がそこにありました。
「ここはボクの国だ」
空からの眺めは、王子に自分の国を別物の様に見せました。
「なんて綺麗な国なのだろう」
あんなに高く感じた時計台も、あんなに大きく感じた図書館も、あんなに広く感じた中央広場も、全てが低く、小さく、狭く感じました。
そこに生きる人々は小人のように感じられ、そこで暮らす人々は、王子の目には、昔、中庭に集まっていた動物達の様に見えました。
窮屈な庭で、肩を寄せあい笑いあう人々。
その中に一人だけ笑みを浮かべていない青年がいました。
どこかで見たことのあるような、それでいて誰かわからないような。そういった曖昧な誰かは、酷く悲しんでいるように思えました。
不意にその青年は空を見上げ、王子と目が会います。王子はなんだかその目が恐かったのですが、目を反らす事が出来ませんでした。
すると青年は意味ありげに頷き、右手を高く振り上げました。
「ダメ!」
王子は力の限り叫びましたが、青年の耳にそれは聞こません。
青年の右手は、そのまま降り下ろされました。
ガラスの割れる音が、嫌なぐらい強く響きました。
青年の右手には、魔法の小瓶が握られていたのです。
青年を中心に、赤い赤い、夕陽よりも尚も赤い炎が広がっていきます。
一瞬の内に、炎は小さな国を飲み込んでいました。
まるで踊り狂う人形のように、人々は暴れ、苦しみ、もがき、赤の中に消えていきました。
王子はただただ、それを眺める事しか出来ませんでした。
時計台も図書館も広場も、優しい人々も、全て無くなるまで、王子は目を閉じられませんでした。
「なんで」
呟く王子の声に、無機質な少年の声が聞こえました。
「これは君の未来の一つ」
「じゃあ、あの人は」
「あれは未来の君だ。君はこれから更なる悲しみを知る。
正気と狂気の間に立たされ、正気を選んだ結果がこれだ」
「そんな、これが正気なわけがない!」
「ならば見てみろ。あそこにいる君の未来は、狂っているか?」
王子は炎の中心にいる青年を見ました。身体が焼けているのに、苦しむ事はなく、むしろ、さっきよりも悲しい目をしていた。
王子の耳には青年の呟く声が、はっきりと聞こえました。
「ごめんなさい。ごめんなさい。でももう、ボクは皆を許すことは出来ない。
命の罪は、命で償うしかないんだ」
酷く悲しい声に王子は、胸の奥がズキリと傷みました。
「ボクに何があったの?」
しかし少年は何も答えません。
「君にはもう一つ道が残されている」
少年がそう言うと、王子の目の前は、再び深い闇に包まれました。