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獣と王子  作者: ひかりばこうじ
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第1話

 深い深い森の奥に、それは小さな国がありました。

 太陽の光が誰もを優しく包み込み、優しい王様と優しい王妃のいる、それはそれは美しい国でした。


 その国に一人の王子が生まれました。王様と王妃は王子の誕生を心から喜びました。


 王子が生まれて、一年が経ったある日、王様は突然お城からいなくなりました。

 町の人々は口々に色々な噂をしました。その中で一番よく囁かれたのがこの噂でした。


「王様は森の魔女に悪い魔法をかけられて、人間の心を失ってしまった」


 そして王様は、とうとう帰ってくる事はありませんでした。


 王様がいなくなった後、王妃は王様の仕事を全部やることになりました。

 小さな国ですが、王様の仕事はたくさんあったのです。

 王妃は王様の仕事をしながら、幼い王子と共に過ごす時間を大切にしました。

 しかし、王妃が王子と一緒にいられる時間は、前よりもずっと少なくなりました。


 ある日、お城にやってきた商人は、一人寂しげな王子に一匹の獣をプレゼントしました。

 黒いふかふかの毛を持つ愛らしい獣です。

 王子と獣は、その日のうちに友達になりました。


 王妃はだんだん王子と一緒にいられる時間が少なくなっていました。

 しかし、王子は寂しくありません。だって、ふかふかの獣が側にいるから。


 王様になるための勉強も辛くありません。

 だって、ふかふかの獣といれば、どんなに辛くても獣が慰めてくれるから。


 そうやって王子は獣と共に大きくなりました。


 王子と獣は時々森へ行くと、傷ついた動物を城へ連れて帰りました。

 城の中庭は王子の動物達で賑やかになりました。


 いつの頃からでしょうか? 王子には動物達の声が聞こえるようになっていたのです。

 中庭の動物達や獣と言葉を交わす事がいつしか、普通の事になっていました。


 もちろん、王子には人間の友達も少ないながらにいます。王子と心を通わせる数人の友達が。

 だから寂しさから、彼等の声が聞こえるようになったわけではありません。

 王子は中庭の動物や獣の話をしませんでした。

 そう、友達にも王妃にも、誰にもその事を話しませんでした。


 獣と言葉を交わす事は、森の魔女にしか出来ないからです。

 それは恥ずかしく、とても不気味な事だと言うことを王子はわかっていたのです。


 でも、王子はずっと考えています。どうして動物と言葉を交わしてはいけないのか?

 どうして、他の人には動物の声が、こんなにも愛らしい彼等の声が聞こえないのかと。


 ある夕方、王子が勉強を終えて中庭に戻ると王妃がいました。

 何をしているのか王子が聞くと、恐ろしい事を王妃は笑いながら言いました。


「いつまでも子供では無いのだから、中庭で動物を飼うのをお止しなさい。

 貴方はこの国の王様になるのよ。動物と遊ぶのは子供だけよ。

 さあ、早く中庭を綺麗にしましょう」


 王妃は言い終わると、魔法の袋に動物達を詰め込んでいきます。

 動物達は悲しげな声を上げながら、必死に王子に助けを求めます。


「彼等が嫌がっているじゃないか!」


 王子は堪えきれずに声を張り上げました。


「そんなわけないでしょう。この動物達に、人間みたいな感情は無いのよ」


 王妃は優しく王子を諭します。それは王子の大好きないつもの王妃で、だから王子はなにも言えなくなりました。

 動物達は魔法の袋に飲み込まれて、みんな死んでしまいました。


『ごめんね。ごめんね』


 王子は何度も何度も心の中で動物達に謝りました。



 その日の夜、悲しみに暮れる王子に、王妃は優しく声をかけます。


「今は悲しいかもしれないけど、大丈夫よ。ほら、あの獣だけは、まだいるでしょう?」


 聞きたいのはそんな言葉ではありませんでした。

 確かに初めての友達であるふかふかの獣は側にいます。

 でも、たくさんの動物達はもう側にはいてくれないのです。


 王妃が去った後、王子は獣に話しかけました。


「ねぇ、どうしてみんなは死ななくてはいけなかったのかな?」


「森の動物は人間の世界では生きていけないんだよ」


 獣は優しく王子に語りかけます。


「そんなのおかしいよ。みんなはボクと一緒に生きていたじゃないか」


「そうだね。でもそれは王子はとても優しいから一緒に生きていられたんだ」


「お母さんが悪いんだ。お母さんはちっとも優しくない」


 王子はほっぺたをぷくりと膨らませました。


「それは違うよ」


 獣の言葉に王子のほっぺたは、もっと膨らみました。


「違わなくないよ! お母さんはいつも一緒にいないんだ。いつも一緒にいてくれたのは君やみんなの方だよ」


「でも、王妃様がいなかったら、王子は生きていけないよ。それに王妃様は王子のために、一緒にいる時間を頑張って作ってくれているんだよ」


「そうかな?」


「そうなんだよ。王妃様を憎んじゃいけないよ。あの中庭は人間の為に作られたんだから、僕らがいられた方が不思議なことなんだよ。うん、みんな幸せだったよ」


 獣の言葉に王子は深く頷きました。


「わかった。悲しいけど、君がいてくれるだけ、ボクはまだ大丈夫。ありがとう」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。

 さあ王子、明日も早起きしないといけないから、もう寝よう」


 王子の目は真っ赤でしたが、瞳に涙はもうありませんでした。

 ふかふかの獣を抱き締めながら、王子は眠りに就きました。

 月の光が優しく一人と一匹を包んでいました。


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