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bloody princess  作者: クオン ユウト
第二章 ~真夜中の討論会~
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~真夜中の討論会~

2010年5月31日(月)


「着いたぜマイホーム!!」


「やっと帰って来れた~~」


 兄弟達はイギリスのある古城から日本にある自分達の家に帰って来たのだ。


 正確に言うと実家ではなく学生寮の自分達の部屋に戻って来た。しかしなんともみすぼらしい二階建ての古アパートのみたいだが。


 帰って来るまでに真夜中になってしまったので周りに人は少ない。


「はぁ、まさかあっちでさらに一泊することになるとは。全身筋肉痛だし。最悪。いてて」


「優樹、それくらいどうした? 古城の冒険プラス追加で一泊できてとても充実したじゃねぇか!」


「あれを充実しただのと表現出来るその脳がおかしいよ。しかも疲れすぎてお兄ちゃんの顔も痙攣してるよ!」


「お、お前、吐く毒が強くなってねぇか? 結構傷つくんだけど。ほらこいつを見習え。全然疲れてない」


 そしてここに帰って来たのは兄弟達だけではなかった。


「これしきで根をあげるとは全く人間とはやわだな」


 なんと兄弟達が古城で会った少女も一緒に着いて来ていたのだ。


「ふーん。でもね、そのセリフはおぶられている人が言うセリフじゃないよね。疲れないのは当たり前だよ」


 だがその偉そうな態度の割には弟が言った通り、弟の背中にしがみつく、少女の姿があった。


 その少女は白と紅であしらわれたドレスの上から兄の制服を着ている。


「し、仕方ないだろう。足をくじいて歩けないのだから」


 少女は弟に担がれながら、ふてくされている。


「だったら、その態度はしっかりと改めてほしいね」


「そうそう、寒いからって俺の制服まで着せてるのにな。しかもよ、足くじいて歩けない時点でお前もやわじゃねぇか」


「う、うるさい。とにかくお前達の部屋に連れて行け」


「「へいへい」」


 少女は理不尽に反論しながら兄弟達が部屋に行くのを促す。兄弟達も少女に半ばあきれながらも自分達の部屋の前まで行き、扉を開けた。


「「ただいま~~」」


 中の住人は誰もいないのだが、兄弟たちはついつい挨拶をしてしまう。弟は玄関先で少女を下し、三人とも靴を脱ぎ、そのまま部屋に入った。


「なんだこれは? 汚くて狭い部屋だな」


「うるせぇ。失礼だろ。その通りだけど」


「まぁしょうがないよ、お兄ちゃん。片付けせずに修学旅行に行ったからね。まぁ窮屈だけどくつろいでよ」


 部屋は少女のいう通り衣類や本などで散らかり、汚くなっていた。ただ普通のアパートにしてはそこそこ広い。玄関の横にはお風呂とトイレの部屋が。奥には居間があり、大きなテレビや昔ながらのちゃぶ台が置いてある。


 さらにその横には二人分の寝室まであった。ちゃんと棚も用意されている。 


「まぁ、住めば都ともこの国ではいうらしいしな、贅沢は言えん」


 少女は弟にそう言われると、偉そうな態度は相変わらず、すぐさま部屋の中央のまで向かい、寝転がってしまった。さらには寝転びながらドレスの上から着ていた兄の制服も脱ぎ捨てる。


 そんな様子を見ていた兄弟だったが流石の行動に兄はまた喝を入れてしまう。


「お前、くつろぎすぎだが。どんだけ態度でかいんだよ。何様だ?」


「女王様だ!」


「~~~~~~~っっ」


 あまりの開き直りぶりに兄は唖然としてしまった。突っ込む気力もないので兄もその場に座り込んだ。


「もういいよ。だけどな、とりあえずその格好なんとかしろよ!」


「確かに、そうだね」


「なんだ。ワタシの姿に文句でもあるのか」


 兄弟たちは少女のわがままっぷりにかなり疲れていたが、そのほか少女の格好にかなり不満を持っていたのだ。それは一体なぜか?


「さっきからうるさい。別にいいではないか。ドレスの色彩と思えば」


「思えるか!! 気持ち悪いわ血まみれのドレスなんか」


 そう少女のドレスは赤黒い血に染まっていてドレスは気味悪い物になっていたのだった。


「ならどうすればいいんだ?」


「普通に脱げ。とりあえず部屋には小さい風呂ある。着替えも用意するから入れ!」


「なぜワタシがお前の指示を受けなければいかん。さてはお前、ワタシの入浴を覗くつもりだな。この変態め!」


「いい加減にしろ!! てめぇの幼児体系に興味ないわ!! とっとと入れ!」


「うにゃ~~」


 ついに切れてしまう兄。思い切り蹴りを入れて、風呂へ突っ込んだ。少女は妙に可愛い声をあげていた。


「着ているのは風呂場の前に出しとけ。あと蛇口ひねったらシャワー出るから」


「指図するな。シャワーくらいわかる」


 少女は兄に反発しながらも風呂場の前に着ていた服を置いてシャワーを浴びはじめた。


「あ、お兄ちゃん。今、ガス止められてたよね」


「あっ、そうだったな。おーい。シャワー冷たいぞ」


「うにゃぁ~、早く言え!」


「はっはっは、どんまいどんまい!!」


 手遅れのようだった。またまた少女は可愛い声を出してしまっていた。兄は今までのうっぷんとばかりに少女のリアクションを楽しんでいた。そして寝る用意や少女の着替えの用意をし始める。


 しかしいろんな問題があるのにあまりにも普通な兄を見て横から弟は不満がっていた。


「ね、ねぇなんでお兄ちゃんそんなに気楽なの? あの謎の子の事とか」


「あれこれ考えても仕方ないだろ。そのうちなんとかなるって。俺に任しておけ。ハッハッハ」


(ダメだ。こいつ。はやく何とかしないと)


 心で思う弟だが、口には出さない。


「第一、あの子本当にここに連れてきてよかったの? いろいろ言いたいことはあるけど、まずここは男子寮であの子女の子だよ」


「大丈夫、バレへんバレへん」


「どこまで楽天的なの! まずここの住人達に『女連れ込んだ』なんて、知れたらリンチ喰らうよ」


「ふっ、俺がそんな事になるわけない。俺は学校一の人気者だぜ!」


「…………さてと、明日の朝食どうしよう」


「あの、無視しないでくれる?」


 弟は疲れているので兄の馬鹿な発言を無視して朝ご飯の下準備の作業に徹し始めた。兄も弟が相手にしてくれないので不満そうになりながらも自分の作業をし始める事にした。


 兄が次にしているのはちゃぶ台が置いてある居間の中央辺りに布団を敷いていることだった。。


「お兄ちゃんなんで居間に布団敷くの?」


「今までの事を整理するために話し合うんだよ。ここなら話し合いながらすぐ寝れるし」


「もう寝ようよ。疲れたし、体中痛いし。話し合いなんて明日でいいから」


「ったく、やわだなお前。一体何があったんだよ?」


「お兄ちゃんせいだよ!!」


弟は兄の今までの所業をすべてすっぽかされて流石に切れてしまった。当然である。だが兄は全く聞いておらず楽しそうに準備していた。


もういくら言ってもあまり意味がなさそうなので弟も渋々、準備する事にした。


「そういえば、お兄ちゃん。あの子の着替えなんてあったっけ? 女の子用の服なんてないよ」


「ふふ、心配するな。ちゃんとした着替えはある」


 そう言うと兄は部屋の棚の奥のほうにあった段ボールをあさり始めた。そして中に入っていたパジャマを取り出した。


「ほれ、お前が小さい頃着ていたかわいいかわいいパジャマがある」


 取り出したのはなんと全身ピンクの水玉模様の上下のパジャマ。さらに特徴的なのが、ズボンにはうさぎのしっぽがついている。


「いやーーーーー!!!!! なぜこれがここにぃ~~~~!!!。こんな恥ずかしい物がなぜ、ここにぃ~~~~」


 弟が壊れた。


「なにをそんなに嫌がる。優樹が小さい頃に着ていた服の一つだろう」


「そうだけど、なんでなんでここにこんな黒歴史が!!!!」


 弟は先ほどとうって変わって、思い切り、絶叫してパニックになっていた。


「他にもあるぞ。イチゴ柄のパジャマ。この猫耳とそしてしっぽ付き猫のパジャマ。ふわふわモコモコの天使の羽がついてるパジャマ。綺麗な花柄のパジャマ。めちゃくちゃこんだものが多いな」


「うわぁぁぁぁぁ!! 止めてよ!! なんでここにあるのさそれ。実家の僕の部屋に隠してたのに」


「お気に入りだったんだろう。懐かしいじゃん。よく『お兄ちゃんかわいいでしょ。えへへ』とかなついてきたじゃん、いやぁ本当にいい思い出だよ全く」


 兄は弟を気にせず、棚からどんどんと弟の服を出していく。


「うぉぉぉぉぉ、止めろ恥ずかしい~~~~~! ちくしょう僕をからかうためにこれ持ってきて隠してたのか!!」


 弟はさらに絶叫をあげる。高校生男子がこんなかわいらしい服を着ていたと言う過去は確かに恥ずかしい過ぎる事態だろう。


「ちなみに昔の試着時の写真もあるぞ」


「ぎょわ!! いやぁぁ! なんでそんなものまで、よこせ!」


 弟は服やら写真やらを取り上げようとするが、弟より背が高い兄は手を高く上げ、スイスイとかわしていく。


「返すわけないないだろ。これが今晩のあいつの服になるんだからな!」


「どっかに普通の寝巻あるでしょ!! それを使うぐらいなら、もう今僕たちが使っているのでいいよ!!」


 弟はそれでも頑張って取り上げようとするが兄は難なくかわす。だがいくら頑張っても弟の奮闘むなしく服や写真は取り戻せなかった。体が疲れ果てていたことあり、先に体がばててしまい、弟はあきらめた。


 そんなしょうもないことがあった後、ずいぶんと時間が経っていたらしい、風呂場にいる少女から着替えのことを言われ、兄弟は風呂場に入っている少女のための着替えを置いていた。


 その着替えは複数置かれており、普通の寝間着と兄の嫌味な計らいにより先ほど天使の羽と輪っか付きふわふわもこもこのかわいい服もその中に入れられていた。


「今、上がったぞ!!」


「お、おう、着替えはそこに『たくさん』あるからな」


 風呂場から聞こえる少女の声に兄はすごく悪い顔をしながらほくそ笑んでいた。


 そして居間に戻り、弟と二人で少女を待つことにした。


「ねぇ、お兄ちゃん。あの子がもしあの恥ずかしい服を選ばなかったら他にも持ってる僕の黒歴史の古着を全部返してくれるんだよね」


「あぁ、そうだ。隠し場所も全部教えてやる。男に二言はない」


「まぁあんな高貴な感じの子があのかわいいを選ぶわけないと思うけどね」


「ふ、それはどうかな? 俺はあの子を信じてる」


「お兄ちゃん殴っていい?」


 兄のいやらしい顔にに弟は顔を引きつらせて、ピリピリとしていた。実は兄と弟に賭けをすることにしていた。


 その内容はというと少女の着替えを二種類置き、どちらを選ぶかを当てるというものだ。もし少女があのふわふわもこもこ天使風パジャマを選ばなければ弟の恥ずかしい服と写真をすべて弟に渡すと言うものだった。だから弟はそのはずかしい服を差し出すだけしかなかったのだ。


 だが果たして少女は何を選ぶのか?

 

「はぁ、なんとも窮屈な風呂だったな。お、これが着替えか………」


 少女が文句を垂れながら風呂から上がる。だが着替えを見つけた瞬間、急に無言になっていた。


「お、服を発見したか。ふふふ、さすがにあれを見ればそうなるわな」


「ううう、穴があったら入りたい。死にたい死にたい!!」


「ははは、愉快愉快!!」


「最低だ、こいつ!!」


 少女の反応と弟の反応を感じながら兄は非常に満足した顔をしている。それを横目で弟は恥ずかしながり、ながら兄をにらみつけている。


「でもまぁ、この感じだとあいつはお前の服なんか選ばないだろうな」 


「そうだとしてももう嫌だよ。僕の昔の趣味がばれたことに絶望を感じるよぉぉ!!」


「お、おい。優樹」


 弟はうずくまりながら、号泣する。兄もこのすさまじい姿を見て、さすがにやりすぎたと罪悪感を抱いてしまった。


「す、すまんよ。どっちみち賭けはお前の勝ちでいいから、服も渡すよ」


 だが、そんな弟を更なる絶望におとしめることが起こる。


「全く、騒がしいなぁ。何をしている」


 そう着替えが少女が居間に入ってきたのだ。その姿はなんと……





かわいいふわふわもこもこ天使姿だった。



「うわぁぁ、なんでそれ着てるんだぁぁ!! いやあぁぁぁ!!!」


 弟は、あまりの恥ずかしさにそこらじゅうをごろごろと転がりまくった。


「お前そんなのが好きだったのか」


「ち、違う。一番着やすかったからだ」


 少女は顔を赤らめながら否定する。だがあまりに分かりやすすぎる嘘だ。兄はにやにやと少女の様子を眺める。


「うおおおおお、いやああああ!!」


 しかし、そんな羞恥の心も暴れまわる弟にあっけを取られて気を失せてしまう。


「どうしたんだ、こいつは?」


「あぁ、うん。気にしないでやってくれ。まぁとりあえず上がってきてくれたからこれでゆっくり話ができるな。んじゃ茶でも入れてやる。そこに座っとけ」


「ふん、なかなかいい心がけだな。では待つとするか。出来るだけ早くな」


 少女は兄に言われ、その場にくつろぐ。少女が座ったのを確認すると兄はそのまま台所に向かった。


「へいへい」


 兄は軽く返事をして立ち上台所に向かい、茶を入れ始める。だがその態度に若干イラっと来たので嫌味を挟む。


「しかし、そんなのを選ぶなんてあんがい乙女なんだな。」


「ち、違う!」


「大丈夫、似合ってるぜ!」


「うるさい!」


「ぶほ!」 


 からかいすぎたようだ。枕を投げられ、それが顔にジャストヒットする。


「ふん!!」


 かわいい服装を身にまとった少女はぷいっと首を振った。そしてそんな可愛く萌える少女のその横では相変わらず弟が絶叫していた。










 数分後。


 お茶の準備ができ、3人はちゃぶ台を囲んだ。


 兄は一応弟の恥ずかしい服(一部)返してやり、弟もなんとか正気を取り戻していた。ただ兄に不満だらけの雰囲気を出しながら座っているが。


 今から話すことはこの前までいた古城で起こったことだ。帰る道中もいろいろあったが、詳しいことは話せてなかったので、この落ち着いた場で整理しあうことにしていたのだ。


「まず、いいかなお兄ちゃん」


 第一声は弟だった。


「どうした、優樹。かわいい服取られて怒ってんのか?」


「違う!! ぶち殺すよ! 僕ずっと思ってたんだけどね。担任の先生達、行方不明になった時から生徒みんな帰ったのにイギリスの空港で待っててくれてたんだよね」


「そうだったな。それがどうした?」


「僕のパニックになってたから考えられなかったけど……。あの時は空港に行くためのお金が必要だからそれを調達するためにって言われたから仕方ないと思ってしまったけど」


「うんうん」


「けどね。そうだよ、本当に冷静に考えたら、お兄ちゃん携帯持ってたよね.僕達があっちに向かわなくても携帯で先生たちに連絡して向こうから来てもらったらよかったんじゃない? つまりお城なんか行かなくてすんだよね」


「あっ!」


 弟はそう指摘すると兄に凄まじく睨みつけた。


 兄も弟に改めてその状況を言われると、確かにとそう思った。そのことにいまさら気がついたのだ。兄の顔は青白くなり、冷や汗が垂れてきてしまう。


「はっきり言ってあんな命をかけてまでの冒険は無意味だったよね!!」


「い、いい、いや。だってさ。お前も気づかなかったわけだし」


「でもお城に行かない方法もあったよ」


 もちろん弟がそのことをもっと意識して止めなかったので今回のことは弟にも原因はある」

。しかしそもそも兄が面白半分に冒険しようと言わなければよかったのだ。


「冒険って楽しいじゃん、てへ」


 兄は手の甲をおでこにこつんとぶつけて舌を出した。


「ふん!!!」


「ぶほあぁあ!!!」


 次の瞬間、弟のローキックが兄の顔にさく裂した。放物線上に飛び上がる兄。そして壁に床に頭からぶつかった。


「勝負あり、弟の一本」


 そんな光景の中、少女ゆっくりとお茶を飲みながらそう言った。






「えーー、じゃあ次はあちらでも多少やったが改めて自分達の自己紹介でもしとこうかな」


再び数分後、おっきく顔を腫らした兄はしっかりと会議の進行役をしていた。 初めは自己紹介をするらしい。兄はまず少女の方に指を指した。


「よし、じゃあお前から。え~~と、な、名前は~~~、みみる、ゆみ……。ミルミルだっけ?」


「全然違うわバカ者! 誰だそれ」


「お兄ちゃん、それはひどいよ!」


 あまりの兄の間違いぶりに二人共から叱咤の声がわく。そしてこれではまずいと少女は思い、勢いよく立ち上がり自分の名を言った。


「よく聞け、お前たち!! ワタシの名前は『ミュール・ユウキ・アテーナ』。高潔なる吸血鬼の一族と人間との間に生まれた存在だ」


 なんとこの少女は吸血鬼と人間の間に生まれたハーフであるらしい。少女は自身の黒髪をなびかせながらこの失礼な兄に向かって力強く叫んだのだ。自身の名前にはある程度ほこりがあるらしい。それは彼女の言い切った顔によく出ていた。


 そんな兄は、


「中二病みたいだな」


「ふざけるな馬鹿者! なんだその感想!」


 中二病少女ミュールを馬鹿にした。


「お、お兄ちゃん言い過ぎだよ。確かに何も知らない人が聞いたら馬鹿と確実にそう思うけど」


 フォローしているつもりかもしれないが弟も少しひどい事を言ってる事には気いていない。


「そうだ、思い出した。そうそうそんな名前だったな。確かその名前だから帰る途中で『ミユ』でいいじゃんって言ってたのも思い出したぞ」


「だからそれはやめろってその時に言ったはずだぞ!!」


 少女は話が進むたびにどんどんと不機嫌になっていく。大方兄のせいだが邪魔くさいのでそのまま進行を続ける。


「では、今度は俺達だ。まずこの横にいるのが俺の弟『久御優樹』だ」


「よ、よろしく」


「ふん」


 弟は少したじろぎながら挨拶をする。しかし無視をされた少女は不機嫌なままで全く弟に無骨な態度である。


「次は俺だ。俺の名前は『久御優途』(くおんゆうと)。世紀の大天才とは俺の事だ!!!!」


「死ね」


「うおい、ひどすぎだろ。なんで優樹と態度が違うんだよ」


 そして兄には至極単純な罵声を浴びせた。ミユと言われる少女の気持ちを考えれば当然と言えば当然か。


「世紀の大天才とか言ってる時点で馬鹿らしくてな。子供っぽいし」


「お兄ちゃん。大天才と言うより大天災だし」


 兄、優途はさらに馬鹿にされていた。自己紹介が本当に馬鹿だから仕方ないのである。


「言いたいこと言いやがってお前ら。特にお前! 初対面のくせに、それになんだそのロリコンしか喜ばない幼児体型は! お前も子供じゃねぇか!!」


 だが兄も負けていない。力強く言葉の暴力で反撃した。つまり悪口、より子供っぽい攻め方である。


バキン!!


「……幼児体型だと?」


「えっ!?」


 しかしそれはミユと呼ばれた少女にとってはタブー中のタブーだったのだ。禁句だったのだ。


 少女は今持っていた湯呑みを跡形もなく粉砕し、ゆっくりと立ち上がった。


「ふ、ふ……ふ、ふ。お、面白いこと……言う。お、お前……」


 少女の呂律が回っていない。


 見ると少女の顔は不自然な程ひきつり、目元からの迷彩が暗くなっている。体のふらふらとよろめいている。そして口元を大きく開け、皆に見えるように鋭い歯を見せていた。


「ふふふふ」


「ひぃ!!」


 あまりの怖さに弟が脇で悲鳴を上げる。


(あ、これやばいやつだ……)


 兄は内心、恐怖に塗りつぶされる。なにをするのかはもう明白である。少女は口を何度も開閉し、自慢の歯の上下をぶつけ合い、いい音を響かせていた。つまりがぶがぶの準備だ。


「ちょちょちょちょ、ちょっと待て。吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になるって聞くぞ、それはまずいよ!」


「大丈夫だ。吸血鬼のエキスを入れない限り、噛まれるだけなら問題ない。安心しろ」


 少女は不自然に笑い、兄の方に寮に来るまでにくじいていた足を引きづりながらも執念でゆっくりと向かう。兄はとてつもない恐怖を抱き大量の汗を流しながらも逃げようとゆっくりと後退する。


「い、いや、それでも噛まれたら痛いですし、今、俺が恐がってるのもわかってますよね、ええとミュールさん?」


 その言葉に少女はくすりと微笑んだ。瞳は一切笑っていないが。


「ふふふ、心配するな。痛みも恐怖も何もかもすぐに忘れられる」


 それが兄が聞いた最後の言葉だった。その瞬間、少女は大きく口を開けて兄に飛び掛かった。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 と少女の雄叫び。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 と兄の悲鳴。


 その時だった。兄の頭の中に突然何かが映し出された。


「こ、これは……」


 それは自分が生きてきた人生の数々の場面が映し出されていたのだ。


 小学校の入学式。始めての遠足。優樹と遊んだこと。親子で行った家族旅行。中学校の部活。友達とお泊り会。卒業式。高校入試。みんなで頑張った体育祭。


「あぁ、これが走馬灯ってやつか。へへ、我ながら最高でくだらない人生だったぜ」


 その数秒後には夜の学生寮にはなんとも言えない壮絶な悲鳴が響き渡った。






 50分後。



「て、てはつきはみんはのきもんへんでものへていこう」


「お兄ちゃんは『では次はみんなの疑問点でも述べて行こう』と言ってるよ」


 目も虚ろで呂律が回っていないが兄はなんとか生きていた。兄は横では弟が通訳をしながら、話しの進行役を努めている。


「ワタシの『がぶがぶ』をくらって30分程で目覚めるとは大したものだな」


「うるへぇ。お前のせいで三途の川とお花畑が見えたわ!!」


「まぁ落ち着いてよ。とりあえず話を進めよう」


 お互いの威嚇し合っている二人を弟は仲裁しながらも話の進行を促す。


「確かに、喧嘩してても意味がないな。とりあえずわかんない事だらけだ。情報の共有は大事だ」


「ワタシもお前達自体がいろいろと理解出来ないが」


「やかましいわ! まぁいい。とりあえずまず俺達から聞かせてもらうぞ」


 兄はそう言うとごほんと息を整え、まず一番の疑問を少女にぶつけてみた。


「まず、あの城は一体なんなんだ!?」」


 とりあえず一番気になることは城の事だった。兄は鬼気迫るように少女に問い詰める。だが少女はそれにあっさりと答える。


「あれはワタシの城だ」


「はぁぁ? ワタシの城!?」


「正確にはワタシたちの吸血鬼の一族のものだ」


「きゅ、吸血鬼……。お、お兄ちゃん、やっぱり僕たちが見たのって……信じがたいけど」


「俺たちは確かにそれを見た。おれもふざけて吸血鬼なんて騒いでたが、あんな珍妙奇天烈なもの見せられたら吸血鬼云々というよりはそういう異能の類を信用せざるえない」


 あの古城は吸血鬼の城と兄弟たちは聞いていた。兄もふざけていただけでもちろん半信半疑だった。しかし、城で見たものは事実。普通なら信じれない事だが、城での体験があったからこそ少女の言葉が真実味を増している。あれは本当に吸血鬼の城だったようだ。


「じゃあ次はワタシだ。なんでお前らはワタシの城にいたんだ?」


「「え!?」」


 次に少女から尤もな質問が出た。


「貴様ら、さっきお金が必要とか言っていたが。まさかワタシの城の宝を盗むために侵入したんじゃないだろうな」


「「ギクッ!」」


 思い切り図星だった。


「どうなんだ?」


「まま、まさか~~。そんなことするわけないだろ。俺達雨宿りしてたんだよ。ヒューヒュー」


「か、体を冷やしたらまずいしね。ヒューヒュー」


 兄弟の目は泳ぎ、2人共口笛を吹き出す。あからさまにわかりやすい上に言い訳もかなり苦し過ぎる。


「確かあの日は雨は降ってなかったぞ」


「「うっ」」


 当たり前のようにすぐに墓穴を掘った。


「お、お兄ちゃん。泊まる宿を探してたんだよね」


「わざわざ城の深い森に入ってまでか?」


「「ぐっ」」


「ここまで帰ってくるとき、なにやら金属がこすれるような音がずっとしてたが?」


「き、気のせいだよ。ねぇお兄ちゃん」


「う、うん」


「ほう、ではそこの部屋の隅に置いてある紋章が刻まれた王冠や剣や盾と、あとお前らが持っているその指輪と本はなんだ?」


「「あっ!」」


 少女は目を細くして兄弟たちをにらみつける。そして少女の指差しをする。その方向には少女が言った通りの物が置かれていた。


 兄弟達は城の中の騒動で手元の宝は紛失していた。しかし周到というのか、意地汚いというのか、手元に持っていたのとは別に服の中にも宝を隠し持っていたのだ。そして宝の一部を持ち帰ることに成功したのだ。


 ただ空港のチェックもあるのである友人に運んでもらったらしいが、日本に着いた後は自分たちが運べるであろうと思った分だけは帰り道に持って帰っていた。


 だが兄弟達は持てると思った一部のその宝は距離を歩くと、非常に重く感じた。家に着いた時には疲れて果てており、持ってきた宝等を片すのもすっかり忘れてそこら辺に置きぱなっしにしてしまったのだ。持っている指輪や本を含めてだ。


 兄弟達から嫌な汗が流れる。弟は慌てて兄の耳元で小さな声で問いただした。


『な、なんであんなところにあるのさ。お兄ちゃん』


『お前だってそこら辺に置いてたじゃん』


『もっと言い訳しないとまずいよ』


 少女の目の前にはあまりにもわかり易すぎる光景がそこにあった。目の前の内容が聞こえようが聞こえまいが、この状況は怪しすぎる。


(馬鹿か、こいつらは?)


 少女がそう思ってる間に兄が言い訳をひらめいたらしい。弟とうなずき合った後に再び少女に話しかけてきた。


「か、仮に盗んだ物としてもお前の城の物とは限らねぇじゃん。証拠ないし。盗む行為は反省するが、お前の城の物だと怒るのはひどくねぇか?」


 ひどい言い訳だった。わかりやすすぎるというものではなく、全く反省の色が見られない最悪の答えだ。少女は内に煮えたぎる怒りをなんとか抑えながら、その馬鹿らしい言い訳を明確に示すため、立ち上がり先程着ていたドレスを奥から持ってきて見せ付けた。


「このワタシの『所有物』であるドレスに刺繍された紋章は『アテーナ』と言う名前の女の騎士の横顔だ。そしてこのドレスの紋章とそしてあの宝の紋章を見ろ、同じだろ。それの意味がわかるな」


 兄弟達は少女の言う通り、宝を見ると本当に同じだった。つまり少女が言いたいのは自分が着ている服と宝は同じところのものということを言いたいわけだ。


「意味がわかるな」


 少女は、兄と弟を文字通り見下しながらもう一度言った。


「「さ、さぁ~」」


 それでも兄弟はしらを切った。その行いに少女は痺れを切らした。少女はゆっくりと兄弟達が盗んだであろう剣の下へ向かう。そしてその剣を取り、鞘をすうっと抜いた。それから剣を兄弟たちに向け、にこりと微笑んだ。で兄弟達の方をもう一度問う


「意味がわかるな」


「「ごめんなさい!!!! 盗みました」」


 全身全霊の土下座だった。見ていて清々しい土下座だった。


ゴンッッッ!!!


「「痛っっっ!!!」」


そして次に少女のゲンコツが兄弟2人の脳天を直撃した。


「「うごごご」」


あまりに痛かったのか、それを受けて兄弟達はのたうちまわってしまった。女の子といっても少女は半分吸血鬼なのだから相当な威力なのだろう。


「一体ワタシの城で何してる!!」


「「す、すいません!!」」


 少女は鬼の形相で兄弟を見下ろす。


「ワタシはその家宝に興味ない。だが勝手に人の物を取ってくるその根性が許せん!! 特にその指輪にが許せんのだ!」


「「ごめんなさい!!」」


 兄弟達は最後のセリフがよくわかなかったがとりあえず謝り続ける。少女はいうことを言い切るとふんと鼻を鳴らして再び座り直した。


「で、でもさ、この盗んだ本と指輪で俺達助かったんだよな。多めに見てくれても……」


「反省の色が見えんようだな。この剣で真っ赤に染めてやろうか?」


 少女はもう一度剣を向ける。


「すいません」


 兄は情けなくもう一度土下座。やはり怖い。兄と少女のやり取りに怯えながらも弟は指輪と本についていろいろと気になっていたので質問してみる。


「あ、あのこの指輪と本ってなんなの?」


「そ、それを聞くか…………」


 少女は先ほどまで怒っていたのに弟の質問を受けた瞬間なぜか頬を赤らめ、眉をひそめてしまった。変わった様子に少し兄弟は不思議に思うが、悟られまいと少女は本を取り上げ、すぐに説明を始めた。


「と、とりあえず本から説明してやる」


 少女は顔を赤らめ少し動揺ししていたが本に関しては気軽に兄弟達に説明をし始めてくれた。


「この本はワタシの御祖父様の本だ!!」


「お前のじいさん? というか本当にこの本は何なんだよ? 大量の水が吹き出したり、風が吹いたり、横にいるこの有樹が四大精霊の名前を言ったら本が光ってさ……」


「なんだ、大体の扱い方は知ってるじゃないか。その通りだ。この本は魔法の本だ。これには特殊な施しがしてあり、持ち主が四大精霊の名を呼ぶだけで高度な詠唱もいらず、様々な力が発現する」


「ま、魔法!?」


 意外なことに弟の方が少女の言葉に嬉しそうに反応していた。兄も中二病志向なので楽し気に聞き耳を立てていた。


「この本は、もともと御祖父様がある本を模本することから始まった。」


「「模本?」」


 そして今度は妙な単語に兄も一緒に反応した。


「元々、四大精霊は『アリストテレス』が考えた四大元素が元になってる。その元素を精霊として考えたのは16世紀のパルケルススと言う錬金術師だ」


「パルケルスス?」


「錬金術師?」


 さらに出てくる妙な言葉にどんどんと謎が深まる。


「そうだ。パルケルススと言う人物はいわゆる精霊の書と言うものを書き残した。ワタシの御祖父様はそれに大変興味が沸いたらしく、パルケルススに会いに行ったらしい」


「「ふむ……」」


「御祖父様は意気投合してしまって自身の特殊な素性を明かしたらしい。そして自身の力を生かせないかと、自分の血でその本の模写をとったらしい。すると本当に精霊達がその本に宿ったみたいだ。それで……」


「「………………」」


 しかし、話はどんどんと謎の会話が続けられる。流石に二人とも話がついていけなくなってきていた。


「なんだその顔は? ワタシが言ったことを信じられんのか?」


「いや、実際にいろいろ起きたから否定はしないけどな。楽しくはあるが、そんなブッ飛んだ話されてもな」


「だって16世紀とか錬金術師とか、なんでその時代におじいさん生きてるのとか、意味が分からないよ」


 少女の話は現実離れをしているため兄弟たちは混乱していたのだ。それは当たり前である。こんな二人でも高校生ならある程度の一般常識ついてくるからだ。


「お前らが信じようが信じまいがどうでもいい。ワタシは真実を語るだけ。」


 しかし少女は二人がこの話を受け入れられないことなどある程度わかっていた。少女は軽くため息をつきながら弟の方を見つめた。


「な、なに?」


「一つ解せないことがあるんだ。なぜお前がそれを使えるのか、それが不思議だ。御祖父様は使える人物を限らせるための術式も仕込んでいた。そして扱えるのは御祖父様とその血統にした。なのにお前がつかえているのはどういうことなのだ?」


 少女は首をかしげて疑問に思ったが、少女が理解できないことは兄弟たちに理解できないのだ。


「まぁ、今はいい。とりあえずお前が持っておくといい」


 少女は考えてもしょうがないと思ったのだろう。その本を弟の手元に投げるとそのまま寝転がった。


「おっと!」


 そしてそのままその本をキャッチした弟は、少し内容が気になっていたので本をぺらぺらと開いていた。


「なぜ、古代の文字なのにお前が読めるかも謎だな」


「そ、そうだよね。なんで読めるんだろう」


「そんな意味不明の字、頭が痛くなってくる……」


 読み始めた弟に近づいて、兄もその本に顔をのぞかせる。


「……しかし呼んだ精霊の能力を出すか。『ウィンデーネ』とか」


 だが不意にその妖精の名前を言ってしまった。


「って有樹。お前、何してんだ!! この部屋を海にする気かぁぁ!!」


「うわぁぁ! しまった!!」


『ウィンデーネ』とは水の精霊。それは兄弟達が城で大洪水を起こしてしまった言葉だ。そんなことがこの部屋で起きたらどうなるのか想像するのも恐ろしい。


 兄弟たちはパニックになってしまったが、焦ったところで手遅れだ。さっきの説明が通りなら本の精霊の名前を言った瞬間、それは発動するのだ。


 しかしそんな中でも少女は全く焦る様子はなくあくびをかいていた。


「ふわあぁぁぁ」


「てめ、なんでくつろげるんだ。この本の能力のこと知っているくせに」


 しかし、その本からは全く何も起きていなかった。


「えっ! どういうこと!?」


「なんで!?」


 その二人の様子を確かめて、少女はゆっくりと口を開いた。


「それは既に力を使いすぎている。魔力と言われるある種の特殊な力がこの本には残っていないから能力は起動しない」


「そ、そういうもんなんだ……」


「そ、そうかい」


 あまりに落ち着いている少女の様子からまさにその通りなのだろう。


「そうだ。当分の間は能力の発動はないだろう」


「よ、よくわからないけど大丈夫なんだね。はぁ、よかった……」


 理屈はわからないが、勝手にあんな訳の分からない能力は暴発することがなくなったとわかったので弟はほっと胸をなでおろした。


「だが一応、覚えておけ。こういう本は魔術書や魔道書などと呼ばれている。いくつも存在し、なにもワタシの城にだけにあるのではない。そしてその全てにある共通の特徴がある」


 だが少女はそのまま話を続けている。しかし大惨事にならないことがわかった兄弟はその話をあまり深くは聞いてないようだ。


 当然、少女はあからさまに聞かれてなかったのでイラっと来る。なので伝えたい事柄を思い切り嫌味を込めて言うことにした。


「その本を使っている以上、お前はその本の所有者だ。本たちは破壊された時、その所有者は本からの報復が来る。そして……」


「その報復は人間では死に至る」


「へぇ~、そうなんだ。………………………ってええぇぇぇ!!!」


弟は絶叫した。


「おい、近所迷惑だぞ。今は夜だ、ちっとは静かにしろ」


「無理だよ! 今、聞いてはならない単語が出たよ」


 そう、よからぬ単語が少女の口から出たのだ。


「でで、でも本が壊れたら死ぬなんてそんな馬鹿な事……」


 人間は危機的状況になってしまったとき、せめて自分自身をなんとか安心させようとするものだ。


 しかし少し嫌味を込めたとはいえ、親切心で教えてやったと思っている少女にとってはそんな態度を取られるとさらにイラっとした。なので少女は弟から本を取り上げ、先程持っていた剣を本に向けた。


「試してみるか?」


「止めてぇぇぇ!」


 死にたくない弟は必死に少女から本を取り返すため思い切り突っ込んだ。


「ぶへぇ!!」


 そしてなんとか取り返したのだがついその勢いで部屋の壁に突っ込んでしまった。その一連の動作を見届けたミユはざまあみろと言わんばかりに思い切りどや顔をした。


「くくく、心配するな。冗談だ。魔導書といえど、本とは読まれてなんぼのものだ。普通はそれを壊そうとするやつを攻撃する。安心しろ」


「ブラックジョークすぎる!!」


 全く笑えなかった。


「まぁ自分で壊したら自分が死ぬから気をつけるんだな」


「最後に最悪のダメ押しだよ!!」


 弟は体が逆さまに壁に叩き付けられたまま歯ぎしりするしかなかった。


「まぁ、この本についてはよくわからんが、分かったことにする。じゃあ次のことだ」


 本のことはあらかた事情が分かったので兄は次の大きな疑問を切り出すことにした。


「この指輪のこともそうなんだが、今もう一つ大事な疑問が浮かんだ」


「ほう? なんだ?」


「お前こそ、城で何してたの?」


「!!?」


 兄がその質問をした瞬間、びくっと少女は体を震わせて露骨に反応してしまった。今までの反応の仕方とは明らかに様子が違った。


「…………」


 少女は何か辛い事を思い出したのか、深く俯いてしまった。


 兄もすべてを知っているわけではないが実際にあの現場で少女を見ている。何か思うことがあるのか、複雑な表情をしている。


 少女が思い浮かべたこと、それはもちろん自らの執事だった男のことだ。あの時の『絶望』だ。


 正直なところ。少女は城での記憶がいくつか飛んでいた。城で逃げていたことは覚えてる。


 ただあの執事が最後に見せた凍てつく笑み。自身を裏切ったあの時のあの執事が見せた凍るような笑みが強烈に頭に浮かんだ。


「……………っ」


 あまりのショックのせいなのか、頭を抑えてしまう。


「おいどうした?」


 兄は少女の様子に不安に思い、駆け寄った。


「うるさい!! 黙れ!」


 だが少女は急に声をあげて、手を大きく払って拒絶したのだ。異常なほどに動揺していた。


「ワタシのことなどどうでもいい!! お前らには関係ない!!」


 少女は声を荒らげ、息を大きく立てる。


「はぁはぁはぁ!!」


 少女のこの様子からあまり触れない方がよさそうだ。思い少女から離れ、壁にぶつかって逆さまに叩きつけられたの弟のそばに駆け寄る。


『お、お兄ちゃん。城での事は聞かない方がいいんじゃない? なんかすごく訳ありそうだし』


『そ、そうだな。一連の質問もそろそろ止めたほうがいいかもな』


 ミユの怒りにも満ちた不安げな感情にビクビクと震えながら兄弟達は二人でささやきあう二人。


 そして意見がまとまると兄が勇気を出して再び声をかけることにした。気まずいが、何もしないわけにはいかないのだ。なによりこのピリピリとした空気は嫌いだから、すぐにでもこの雰囲気を壊したいのだ。


「お、おい!! お前疲れてんだろ。今の質問はいいからもう答えなくてもいいからそろそろ寝ようぜ」


 兄が声をかけたことではっと少女は我に返った。


「い、いや大丈夫だ。お前たちもまだ他にも質問あるんだろ? その質問以外なら他にも答えてやる」


「いや、いいって。全然、大丈夫じゃなさそうだし」


「うるさい! 答えると言っているだ。」


 絶対大丈夫そうではないが本人がそこまで言うなら仕方がないので少女に従おう。なにより恐い。だから気になる指輪について聞いてみた。


「じゃ、じゃあさっきの指輪の事を聞くけど。これなんなんだ」


「な!?」


 兄は指にはめた城で拾った紋章が象られたルビーの指輪を見せた。それを見せられた少女はまたしてもピクっと反応した。


 ただまた少女の雰囲気が違うような。今度はとても恥ずかしそうな顔をしている。


「おい、本当に大丈夫ですか?」


「だだだだ、大丈夫だ、話す!!」


 少女は何故か赤面しながら、指輪について語りだしてくれた。


「そ、それはおそらくワタシの体の一部を特殊な力で固めて作られた物だ。代々ワタシたちの一族では歴代の主だけに作られる。なぜかワタシの分も既に作られていたらしい。それがなぜお前の指にはまってるのかわからんが………」


 少女は動揺しながらわなわなと自分の拳を握っている。


「あのぉ、やっぱり止めてもいいんですよ……」


「う、うるさいうるさい!! 大丈夫だ!!」


「…………」


 兄は何度も心配するのだが、少女は頑なに話を続けるつもりだ。


「じゃ、じゃあさっきの本みたいにこの指輪に何か効果とかあるの?」


「………。今までの作られた歴代の王の指輪と同じ原理ならワタシと……特殊な魔術で結ばれ、契約者とワタシは年和での意思疎通や、互いの場所へ召還をすることが可能だ。力を大きく引き出すカギになる」


「ま、まじか! それが本当ならすげぇ話だ!!」


 その力を聞いて感動する兄だが、少女の口調が何故かさらにたどたどしくなる。


「ただ、この契約はもっと……深い意味が契約者はワタシと……婚…くした事になる」


「えっ、なんだって?」


「だから、婚…くした事になる」


「いや、よく聞こえないんだが……、なんて言っているんだ?」


「だ・か・ら………」


 たどたどしかった少女の口調は今度はどんどんと声色が上がり、強くなっていく。


「この指輪はお前とワタシとの婚約の証になるって言っている!!!」


バキィィィ!!


「ぶほぉ」


 少女は思い切り足をけり上げるとそのまま兄の腹にジャストヒットした。兄はそのまま弟のいた所に叩き付けられる。


「うげ」


「げふ」


「わかったか!!!」


「「こ、こ、婚約ぅぅぅぅ!!?」」


シリアス展開から一転。少女からの婚約宣言が出たのであった。


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