~吸血鬼と久遠の邂逅~
城の一階中央部、兄弟達が真っ逆さまに落ちていく地点とはややずれている場所。一階の天井が崩壊する少し前にここの地帯はすでに恐怖と地獄と化していた。
「助けてく、ごばぁ」
ドゴォォォォ
「何なんだよ! がぁぁぁ」
ボガァァァ
「嫌だ。助けて、ぎゃーー」
そこでは建物が破壊され、城の者の断末魔だけが響いていた。
先程、少女達がいた部屋はもう無くなっている。少女が覚醒した後、すぐに消滅していたのだ。他にも多くの柱が切り落とされ、一階は瓦礫が崩れただけのだだっ広い空間に成り果てていた。
少女は黒い結晶状の翼を広げ、無差別に攻撃し、城の南側をただ歩いていた。
がれきは崩れ去り、城の出口はふさがっている。城にいる者たちは脱出することが叶わず、ただただ奥に逃げるしかなかった。
今の現状、もうその少女を殺そうとする者はいなかった。少女はあまりにもおぞましい化け物に成り果てていた。
少女は無表情のまま、ただ前に進む。それは恐怖そのものだった。
あまりにも圧倒的過ぎる力を前にすると体が張り詰め、誰しもが本能的に恐怖を覚えるものだ。
皆、心の余裕などなかった。ほんの一瞬で仲間数百人は血祭りになり、建物の部屋は跡形もなく吹っ飛んだ。冷静でいられるはずがない。ただ逃げる事しか考えられない。
一応だが、この城の者は戦いを積んでいる。強者達はそれでも恐怖を抑え、必死に応戦をしながらなんとか戦っている。
しかしそれは対等なものではなく、防戦一方なものである。強大すぎる力に流石に太刀打ちは出来ずに逃げながら遠距離攻撃をしていた。
何人かは爪で空気をかき、真空波、かまいたちのような攻撃をしている。
何人かは炎の柱の手から放ち、攻撃している。
が、少女には無意味だ。すべて結晶状の翼で体を覆い、防がれている。そして再び広げた翼の一部が広範囲に伸びて攻撃の繰り返しだ。しかも、伸びた翼は全く破壊できない。
それどころかどんどん数を増し、不意に近づきすぎた者たちを紙切れのように弾き飛ばす。
少女はただ歩いているだけなのに次々と城の者達は死に行き、城は破壊されていく。瞬く間に城の者達の多くは殺され、残った者達はとうとう城の端まで追い詰められた。
「まさか、ここまでの化け物になるとはね。もしかしたらあの子の抹殺指令の本当の理由はこのためだったのかもね」
今、しゃべったのは先程、少女を追い詰めていた中の1人の強気な口調の女だ。その言葉に他の2人の男達も女に返答する。
「あぁ? 殺す目的なんてよう、人間との混血だからだろう。んなことはどうでもいい」
「そうかもな、強大過ぎる力は周りにも災いを及ぼす。なるほど力が目覚める前に早めに殺す必要があったのか」
「やっぱりそうよね。強大すぎる力、制御出来ない力など、害しかない」
「おい、てめぇ一体どういう意味だ!」
二人の返答を聞いて、女は真面目な男向きだけを見て返答していた。明らかに自分の意見をスルーしたとわかり、雑な男は切れながら二人に食ってかかる。
真面目な男は邪魔くさがってただため息をつくだけ、それをフォローするように女は雑な男に語る。
「本当の目的があなたの言う理由なわけないでしょう。まぁ、大半の同胞があんたのようにそう思っているでしょうけど。特に自分達だけが至高の種族とか考えている連中が」
これは雑な男に対して完全に皮肉った発言だ。男はさらにイライラとする。
「それじゃぁ、お前らはこの任に初めからそんなこと思ってなかったのか?」
「ええ、そう……!!?」
ドン!!!!!!
「「!!?」」
女が返事をしようとした瞬間、3人は少女に攻撃された。素早い攻撃だったが、身のこなしよく3人は大きく跳んでかわす。そして、地面に足をついた後に言葉を返した。
「当たり前でしょ。あの娘殺す目的なんて普通は次の当主の座になりたいからに決まってるでしょう。わたしは最初からあの少女が当主になるなんて無理に決まってるからリューク様についたのよ」
「オレも同じくだ。まぁお嬢様には悪いと思っていたがな」
「ちっそうかよ」
雑な男はいい気分がするはずもなく舌打ちをしながら返す。
「まぁ、それでも今回の任務についてはあまりにも投入する人数が多いから疑問はあったけどね。この状況を見ればそれはわかったわ。殺す理由もね」
強気な女はそう言って少女の哀れもない様子を見て自身の言葉にさらなる確信を得ていた。
少女はまだ攻撃を続けている。黒い結晶状の翼を奮い、そしてその翼は蜘蛛の網のように広がって展開されている。その一部が触手のように刺して来る。
強大で凄まじい速さの攻撃だが、同じパターンということがわかった三人は横や後ろに跳びはねてなんとか結晶状の翼の攻撃をうまく避けていた。
「おい、このままじゃいつまでもらちがあかねぇぞ。なんか攻撃出来ねぇのかよ」
「あんたが言うセリフ? オシリスに吹っ飛ばされておいてね」
「てめぇ!」
「だが本当にこのままではらちがあかんぞ。周りの連中も避けているだけでなにも出来ていない。しかもどんどん死傷者が増えてる」
女は2人が言ったことなどわかっていた。確かに避けているだけでは意味がない。ただ疲れて攻撃を受けやすくなるためだ。ただ女には少し、考えていた事があった。
「ほら見て、あの子」
女は攻撃を避けながら、他の2人に話しかける。
「あの子、さっきからずっと体中から血を流してない?」
他の2人は言われた通り、少女を見ると確かに体中から血を流している。顔は無表情のままでなので痛みを感じているようには見えないが、少女の歩き方が徐々におかしくなっている。足取りはふらふらとおぼつかなくなっている。
「どうも、おかしいと思っていたのよ。あれ、確実にあの子自身がダメージを受けてるわよね?」
「確かにそう見えなくもねぇが、なにがおかしいんだ?」
雑な男は女の方を見る。
「あんな強力な力を使い続けてなぜ負担がかからないのか、それがわからなかったのよ」
女の考えはこうだ。どんな強大な力を持っていてもどんな特異な力を持っていても必ずリスクがあるはずだと。
例えば重い武器は強力な力を生み出すがその分体に負担がかかる。空を飛ぶ能力があったとしても空中落下時のリスクは常に付き纏う。核兵器などは典型的なものだ。
「強力な力は必ずそれ相応リスクがある。攻撃が激しすぎるからよく見る暇がなかったけどあの子常にダメージを受けてたのよ」
「って事は、攻撃を避けつづければあっちが勝手にダウンしてくれるわけか」
「あら、あなたにしてはよく考えられたじゃない」
「だまれ!」
雑な男はそう返答しながら、他の2人と共に攻撃をかわしていく。少女を見れば、確かに時間稼ぎが最も優位だとわかった今、忌々しいが強気の女の言葉を受け入れて、全力で回避に専念することにした。
だが、少女にある変化が起こった。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ」
少女がまた悲鳴を上げる。そして次の瞬間、少女の翼の大きさが10倍に膨れ上がった。さらに少女の周りの地面からは鋭い岩石がつきあがってきた。
周りの生き残っていた城の者達はその光景を見てもはや声が出なくなった。
雑な男だけはただ1人声を出している。
「おい、あれどうなってるんだよ!! なんかパワーアップしてるようにしかみえねぇぞ。勝手に自滅するんじゃないのかよ」
そして少女は翼を広げて攻撃体制をとった。
翼を少し上に動かしただけで城の天井がえぐれた、城は大きく揺れた、そして凄まじい暴風が発生した。さらに何本にも翼は分かれ、残るすべての生き残りにそれは襲い掛かる。
先ほどとはさらに比べ物にならないくらい早過ぎて強大な力の前に城の者達は動けなくなり、ほとんどの者は死を覚悟してしまった。
だが、その翼が襲い掛かる事はなかった。
ドゴォォォォォォォン!!!
突然、城の天井が崩れだしたのだ。少女は瓦礫に遮られ、攻撃を中断してしまったのだ。
さらに瓦礫と共になモノが降ってきた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ、死ぬぅぅぅぅ!!!!!!!」
「助けてぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
大きく泣き叫ぶ声が二つ。城の2階の床が割れて人間が真っ逆さまに落ちてきたのだ。そうあのおかしな二人のだったのだ。
「お兄ちゃん! 落ちてるよ落ちてるよ!」
「ははは、死のスカイダイビングは初めてだな!!!」
兄は冗談気味に言っているが実は顔が笑ってない。
「こんなときにふざけないでよ! 死んじゃうよ、この高さ!!」
「あ、そういえば お前がさっき水を発生させた時に言ってた『ウンディーネ』ってなんだ!?」
「こんな時になんでそんなどうでもいい質問なのさ!?」
「ピンチの時こそ、無駄知識だ!」
しかし兄弟たちは凄まじい勢いで落下する。ただ少女が先程起こした暴風が少し残っていてうまいこと多少落下の速度を落としていた。それでも地面でぺしゃんこになるまで時間はない。
「アリストテレスが考えた火、水、風、土の4大元素を元に考えられた妖精の事、その水の精霊の名前だよ~~!!」
弟は兄のへんてこな理論はさておき、反論する時間がないのでとりあえず説明した。すると兄はなにかをひらめいたようだ。
「風? おい優樹! 風の妖精の名前を言え!!」
「し、シルフだよ~~! 落ちる~~~」
弟がその言葉を言うと、持っていた本が緑の光を発し始めた。
そして本は弟もとからからひとりでに少し離れてさらに空中に浮遊し始め、勝手に本が開いた。すると本からものすごい風が発生したのだ。
ブオオオオォォォォォォ!!!
「え!?」
「おお、マジでビンゴだ!!」
その豪風は少し緑の光を帯びていて肉眼でしっかりと見ることが出来た。風は一瞬、少女の形を作り、こちらに向けて微笑みかけた。そしてその少女は風の中に溶け込み、風は兄弟達を守るように包み込んだ。
「うわぉぉぉ!! こ、これはすごい!」
「なに!なに!なに!」
あまりの衝撃的なことに二人は驚きが隠せない。現実味がない。
緑の風は球体上に包み込んでいて、本は包み込まれた風の中に漂い、そして兄弟はと共に風の中をふわふわと浮かんでいる。彼らを包んだ風は落下の速度を急激に落とし、そのまま兄弟達をふんわりと地面に下ろして無事に着陸した。
着陸後にも瓦礫は降り注いでいたが、包んだ風がそれを防いでいた。そして、少し経つと瓦礫が収まり、辺りは静かになった。
間が少し空いてからまず兄が喋り始めた。
「いやぁ、助かったな」
「うぅ…………」
「どうした優樹?」
「な、な、ななんで、そんなに落ち着いてるのさ。全然意味が解らないよ!」
兄は多少落ち着いているが、弟はまだかなり取り乱していた。空から落ちて謎の風に包まれて助けられるなんて事など普通体験出来るものではないだろう。
「まぁ落ち着けって冒険に不思議な事はつきもの。しかし、取り乱してばかりではいかんぞ。時には冷静にだ」
「驚きの範疇をゆうに越えてるよ!! 何なの!? なにが起きたの!? 空から落ちて光る風が包み込んで助かった。ファンタジック過ぎますよ!」
「だから、そう取り乱すな。理解できなくても目の前で起こっちまってるからしょうがないだろ。むしろ楽しめ」
「無理! 僕お兄ちゃん見たいに現実と仮想をごっちゃにしてる、おかしな人ではないからパニックになる」
「ふざけんなお前。兄をなんだと思ってんだ。失礼すぎだろ。真面目に言うとパニックなるなって言ってんの」
「そ、そんなこと言ったって。………わ、わかったよ」
こんな時でも口喧嘩になるのはある意味すごいかもしれない。ただ口喧嘩が続いてもしょうがないので弟は兄に言われ、納得する。
「まぁとりあえず、この風なんとかならない? 前が見えんな。優樹、止めてくれ」
兄弟達を包む風は今なお光りながら守っていた。そのせいで兄弟達は外の様子がうまく見えなかったのだ。
「わかるわけないでしょ。どうやって止めるのさ?」
「う~ん、さっきの水の時と同じく『止まれ』でいいんじゃね?」
「ええ~。それで大丈夫かな? んじゃ『止まれ』!」
こんなに単純なことが続くとは思えないと弟だったが、他に思いつかなかったのでとりあえず言うことにした。
シュルルルル
するとその言葉を聞いて洪水の時と同じく、本は光を失い閉じたのだった。本は弟の手元に戻り、そして包んでいた風はなくなった。
そうなったことで兄弟達の目には外の風景が映り出された。
その瞬間、兄弟たちの顔が凍りついてしまった。そこには兄弟達の目の前には瓦礫の山、そして大量の血だまりとそして多くの屍の山が広がっていた。
「な、なんだこれ……」
「なんなの、これ……」
先ほどまでの慌てながらも、どこか陽気な二人の雰囲気は一変した。その光景を見てかなり動揺してしまう。周りからの音も一切ない。兄弟達の声がただ響く。そこには赤黒い色が全面に広がっていた。
「うぇ。お兄ちゃん気持ち悪い」
「優樹! 前を見んな!」
弟は周りの光景にショックを受けたようだ。口から戻しそうになっている。当然だ。普通の高校生が見られる光景ではない。兄はなんとか正気を保っているようで弟を気遣いながら少し周りを見渡している。
「……なんなんだよ。周りは死体だらけ。目の前に……、は……?」
そして兄はふと気づいた。自分の目の前を見ると赤黒い血まみれの少女が立っていたのだ。
「お、お兄ちゃん。どうしたの?」
弟は周りが見られず、気分が悪く意識がもうろうとしていたが兄の様子に異変を感じた。兄はその少女を見て立ち尽くしていたのだ。
顔は白くそしてか弱くか細い。なによりとてもかわいく、美しい。
華やかなドレスをあしらい、まるでお姫様の様。
しかし、ドレスは血に染まっている。
手はかなり伸びた爪があり、血が滴っている。
背中には宝石状の黒い翼、目は赤く、歯は長い。口からも血が垂れている。
人間ではない……
「吸血鬼の少女?」
つい兄は声を漏らしてしまう。
「違う」
だが少女はそれを否定した。
いままで悲鳴しかあげなかった少女が言葉を発し、答えたのだ。その時瞳がうっすら黒くなっていた。さらに少女は答える。
「ワタシは純血の王の後継者、半純血の姫だ」
いままでと違う、悲鳴ではないきちんとした口調だ。たがそれを言い終わる瞳がすぐに紅く戻った。だがその瞬間だった。少女はいきなり兄弟達の方に動き翼を奮ったのだ。
「「うわぁ」」
いきなりの猛スピードの攻撃に兄は全くなす術がなかった。
だがその時兄が嵌めていたこうもり型のルビー指輪が紅く光り輝いた。
「なっ!!」
ガキン!!!
そして光り輝いた指輪は少女の翼をを受け止めたのだ。そしてなんとそのあとに少女を弾き飛ばしたのだ。
「がぁぁ」
いままで全く攻撃を受け付けなかった少女が大きく吹き飛ばされた。
「なな、な、なんだ!?」
突然の事に兄は意味がわからなかった。当然、後ろにいた弟も同じだ。
「何が起こったのお兄ちゃん? よくわからないよ。女の子が光って指輪が翼を出してお兄ちゃんが血まみれで」
「おおい、混乱しすぎだ。特に最後間違いはひどすぎるぞ。女の子が攻撃してきたんだよ。とりあえずは無事なようだが……」
よくわからなかったが、ふと兄が気づくと指輪の光が消えていた。
さらに目の前を見てみると襲ってきた少女が地面に倒れ込んでいたのだった。どうやら少女は指輪に吹き飛ばされて気を失ったようだ。
「え、なんで……、普通の女の子?」
しかし、見直すとその少女の姿は至って普通の女の子に変わっていた。黒い翼は消え、異常な爪や歯はなくなり、瞳も黒く戻っていた。
その姿を認識した瞬間、兄の体は無意識の内に瓦礫をかき分け少女の方に駆け寄ってしまった。
「お、おい」
「……」
体をゆすったが少女は反応せず、目も開かなかった。
「お、お兄ちゃん危ないよ。その子が攻撃してきたんじゃないの?」
「はっ」
兄は弟の言葉で我に返った。兄は少女から攻撃されるところを見ていたはずだ。にもかかわらず、兄は少女に恐怖せずに歩み寄っていたのだ。なぜだか理由はわからなかった。
ガラララ、ガララ。
寄り添ったその時、周りの瓦礫の一つが突然持ち上がったのだ。
「やっと止まったな。やれやれじっとしてんのは退屈する」
瓦礫の下からは城の者の1人が現れた。それは逆立った赤髪が特徴の言葉遣いが雑な男だった。兄はいきなりの事に驚いてしまう。だが他の瓦礫からも同じように持ち上がっていった。
「あらあなた、生きてたのね。あなたがこの状況で全く動かないから死んでると思ったけど。他の連中は大丈夫かしら。マルクはどこ?」
近くの瓦礫から黒髪の気が強そうな長身な女性が現れる。
「はーい。リンネお姉様ここですよ。マルクさんはここです」
さらに兄を挟んで対照的な位置からは小さいショートの金髪の女の子が現れた。
「あら、アリエスもいたのね。そこにマルクいるの?」
「そうだここだ。少々負傷してるがな」
女の子と同じ所からマルクと呼ばれている真面目そうな青髪の大男が現れる。その他にも瓦礫の下から続々と城の者達が現れ始めたのだ。
「なんなんだ一体!?」
次々変わる状況についていけず、兄は戸惑いを隠せない。
兄弟達は今の目の前の少女と周りの光景ですでに頭が許容範囲だ。瓦礫の下に誰かがいるなどとは考えられなかった。
「あ? なんでガキがこんな所に居やがるんだ? しかも暴走してたのを確か止めやがったな。何者だこいつ?」
「見るからに人間。それも東洋系ね。この喋り方は日本語かしら。まぁ今の事は疑問だらけだけど、それよりも先にやることがあるわ」
そうリンネと呼ばれる女がつぶやくと次は兄の目を見て、口を開いた。
「さぁ、坊や。ごめんだけどその子を渡してもらえるかしら?」
「!!?」
兄はリンネの発した言葉に驚いた。どう考えても日本人ではないそのリンネと呼ばれる女性は悠長な日本語で語りかけてきたのだ。
そしてさらに兄に少女を要求してきたのだった。
「…………っ」
だが兄はリンネの言葉に答えない。いや答えられなかった。
この状況、何をどうしていいのかがわからない。
(この子を渡したら確実にこの子が殺されるよな。しかも渡したところで俺達もどうなるかわかったもんじゃない。ど、どうしよう)
「君には選択肢なんてないよ。周りをよく見てよ」
「な!?」
悩んでいる兄に次はアリエスと呼ばれる小さな金髪の女の子も日本語を使って兄に楽しそうな口調で話しかけてきた。だがその態度は完全に獲物を弱者を弄んでいるものだ。
他の者たちも、ジリジリと距離を詰めてくる。もはやあとがない。ならばと、兄は何かを決意した表情を浮かべた。そしてなにを思ったのか決め顔で答えた。
「ふっ。選択肢ねぇ。お嬢さん、勘違いしてるぜ。選択肢っての自分で作り出すもんだ」
「!!」
言われた女の子は少し顔を強張らせた。
「ちょ、お兄ちゃん!!」
あまりにも予想外な行動に離れていた弟もより一層顔をこわばらせてしまった。
「優樹。こっち来とけ!!」
「あぁあ、うん」
兄の並はずれすぎて言動に喝をいれようとしたが、直後兄に呼ばれて口ごもってしまう。弟は兄の力強い言葉によって何も反論できずにそのまま兄の側によった。
その兄の行動に、アリエスは口を開いた。
「あなた達、その子を庇っているつもり? カッコつけてる君、馬鹿なの? あまりにも君たちには非現実すぎて頭が飛んじゃったかな?」
「…………」(兄)
完全に馬鹿にされている。だが兄はその言葉には一切答えなかった。
『ちょっとお兄ちゃん。どうする気? なんでそんなこと言うのさ!』
弟は小さな声で兄に囁いていた。
『いや、だって。あんなガキに言われっぱなしってのも嫌だし。だから言い返したんだよ』
『えぇぇぇ~~~!!』
『しかも女の子を助けるってかっこいいしな』
『あほぉぉぉ! そんなしょうもない理由でこんな危険な状況にしたのぉぉぉ!?』
「お話はその辺でいいかしら。あなたたちほんと余裕ね。これから死ぬかもしれないのに」
二人の言い争いに城の者たちはしびれを切れしてしまっている。切迫したこの状況なのにまるで緊張感が感じられない二人に、怒りの感情を持たざる得ないだろう。次々に武器を構え始め、臨戦態勢を取り始めた。
『ちょっとどうするのさ。これヤバすぎるよ!』
『し、心配すんな。いざとなったらその本がある。ゲームで知った名前だがそれは4大元素にまつわる精霊の名前、『ウィンディーネ』『サラマンダー』『シルフ』『ノーム』を言えばさっきみたいな魔術が発動するんだよ、きっとな!』
「そ、そうなの!?」
二人の話を遮るようにリンネは会話に割り込む。
「もう一度聞くわ。その子をこちらに渡してくれないかしら。渡してくれたら命の保障くらいはするわ」
「おい、おいなんでじらすんだよ。早く殺ろうぜ」
赤髪の雑な男も口を挟む。
「…………」(兄)
「お、お兄ちゃん……」
二人とも嫌な汗が顔から滴り落ちる。だが少しの沈黙の後に兄は力強く答えた。
「このロリッ子が欲しけりゃ俺の屍を超えていきやがれ! くそ野郎どもが!!!」
「ちょ、お兄ちゃん~~~~!!」
足はがくがくに震え、内心はビビりまくりの兄だったが、こんな絶望の状況にもかかわらず兄は猛烈にカッコつけたのだった。
「覚悟は決まったのね」
その場にいた全員が一斉に兄弟のもとにとびかかった。
「優樹今だ! なんでもいい、四つの精霊の名前を言え!!」
「ええええ、えと。サ、サラマンダー~~~!!」
急な兄の指示だったが弟はそれに応えて、精霊の名前を大きく叫んだ。
しかし…
なにも起こらなかった。弟の手元にある本はただ開ききっただけであった。
「……ではさようなら。坊やたち」
「ちょっと、お兄ちゃん!!! なにも起きないよ!! ど、どうするの~~~~」
「うううう、うそだろ!! そそそ、そんなはずは~~。うわぁぁぁ。やばい死ぬ~~~~!」
攻撃は一瞬。その破壊は凄まじいものであった。
攻撃がやんだあとに、地面はえぐれ、その場にいた兄弟達と少女の体は跡形もなくなっていた。