〜逃亡の果てに〜
少女が暴走、そして覚醒する少し前、例の兄弟は屋敷の中をさ迷っていた。
少女達がいるのは古城の出口付近。出口は城の北側。兄弟たちがいるのは出口から反対の南側の通路だった。
しかもそこは城の2階で通路が迷路の様に広がる場所であった。
でだ。その城をさ迷っていた兄弟はそこでなにをしていたかと言うと………
「うわぁぁぁぁぁ」
「何なんだよ、これーーーーーー!!」
「捕らえろ。生きて逃がすな!!」
城の者達に追われていた。
追ってきている城の者は数人。皆ものすごい形相だ。
兄はあれよこれよと通路を逃げながら、一緒に走っている弟に質問する。
「おい優樹。あれって吸血鬼だよな!? 本物の!!」
「知らないよ。とりあえず捕まったら終わりだよ」
「はははそうだよな、てかお前ばててんぞ。100m9秒台のお前らしくない」
「そんな世界記録並の足は持ってない。せいぜい11秒台前半だよ。しかもばててるのは持っている宝が重いせいだよ」
兄弟も口喧嘩をしながら必死に逃げている。石像を蹴飛ばしたりして妨害したり、邪魔な障害物をすいすいと避けながら通路を駆ける。
だが『この城の者たち』にとっては人間の子供を捕まえるのはたやすいのだ。普通の状況ならすぐさま捕まえられていた。しかし、目の前を走る兄弟達をなかなか捕まえることが出来ずにいた。
理由として、まずは兄弟たちはすばしっこくちょろちょろとめちゃくちゃに動きまくりながら逃げていること。
そして通路が迷路の様なのででたらめに逃げられて位置がわかりにくいこと。城の者なら本来は地理くらい把握しているものなのだが、ここは本当に広すぎるためなかなか見知っている者でも覚えるのは非常に困難なのだ。
最もにやっかいなことは兄弟達が城の宝を全身に身につけていることであった。種類は宝石から絵画まで沢山ある。しかも単なる宝ではなく、城の者達の一族にとって国宝級に価値があるものが数点混じっていた。だから下手に攻撃できないでいたのだ。
「ち、仕方ない。おいおまえ達。あいつらの先の天井を崩して足止めしろ」
後ろで走る中で一番前にいる隊長の様な人物が数人のメンバーに話し掛ける。
「えぇー、駄目ですよ。それこそ被害が大きくなります。前に飛んで挟み打ちでいいではありませんか」
「それを何回実行しようとした? あいつらはすばしっこ過ぎるし、この迷路は道が別れすぎてる。他の道に行かれてまた繰り返しだ。だから逃げ道を完全に潰す」
「それでも破壊とは……。被害額が」
「おまえ達はあいつらの持っている宝の重大さを知らんのだ。城の天井代と比べれば桁が違う」
「ではなんでそんな貴重なものを厳重に保管して置かないのですか?」
「確かにうかつだったのは認める。だが本来分かりようのない地下道から続く屋根裏に隠していたのだがな。しかし今はそれを考えている場合ではない。とりあえず前の天井を破壊だ。ただしあいつらの頭上に瓦礫を落とすなよ。前だけだ」
その言葉を受け、「わかりました」と言う返事を全員が言った。
そして逃げる兄弟にもちらっとその会話が聞こえてしまっていた。
「おい、優樹。あいつら今なんか怖いこと言ってなかったか? めちゃくちゃ嫌な予感するんだけど」
「正解だよ。お兄ちゃん。宝の価値についてもちらほら言ってたけどね、今から完全攻撃態勢。今走ってる通路の天井を破壊するって」
「なんだと!?」
そして次の瞬間、後ろからかまいたちやら火の玉やらよくわからない攻撃が霰の様に一気に降り注いだ。
ドゴン!!!!!!!
ドドドドド!!!!!
「ぎゃー!!!!」「うわー!!!!」
兄弟の悲鳴と共に爆発と爆音がそこらじゅうに響き渡る。
ただし兄弟達にはその攻撃は当たらない。部下たちがそう命令されているからだ。
が、そんなことを知っていようがいまいが見えない後ろからわけのわからない攻撃をされて驚かない人間はいないだろう。
「なんでこんなにされてんの~~~!?」
「僕達があまりにうろちょろ逃げるからシビレを切らしたんじゃない?」
城の者達の攻撃は天井にぶつかり、それが瓦礫が落ちてくる。徐々に前の行路が塞がれていく。
そしてとうとう、完全に行路を絶たれ、兄弟達は身動きが出来なくなってしまった。
「ようやく、追い詰めたか」
隊長の一言。そして兄弟達は全く動けない絶体絶命の状態に追い込まれたのだ。
兄弟は立ち止まるしかなく、後ろを振り返える。
「ど、どうするの? お兄ちゃん…………」
「こんなことになんだったら、もっとあのゲーム進めとけばよかったなぁ。昨日、裏ボスの部屋まで行ったのに……」
「後悔するとこそこ!? ふざけんな!! 僕はそんな糞みたいなことなんかより、最も後悔するタイミングなんて山ほどあったよ!!」
「お、お前毒舌すぎない?」
あまりに楽観的な兄に弟は鋭いツッコミを入れてしまう。
だがそんな二人のやり取りとは関係なしに、城の者たちは険しい顔でジリジリと近づいてくる。完全な臨界態勢である。と言うかある意味本当のツッコミがきそうな雰囲気だ。
「さて、人間のガキ。お仕置きの時間だ。その宝は返してもらう。お前らをゆっくりと引き裂いてからな…」
隊長のような人物はそう言うと、少し笑いながら牙を突き出していた。そして他の者達の1人は爪を鋭く伸ばし、1人は手に刀を持ち出し、1人かの手の平からはなぜか炎の球が出していた。
もうおしまいである。誰しもがそう思うだろう。
せめてここでなにかアクションを起こさなければ確実に殺される。だから兄弟は刹那、顔を合わせ頷きアクションを起こした。
「こんなもん、返して欲しかったら返してやるわ~~!!」
ぶんっと持っていた宝を兄弟は惜しみもなく、投げまくった。
「「うぉぉっ!?」」
突然の行動に城の者達は皆驚いた。まさか、いきなり盗んだ宝をぶん投げるなんて思わなかったのだ。
ただし、兄弟はやらしいことに素人目でもわかるくらいに、できる限り価値が安そうな物しか投げていない。
だが投げられた宝はなんであれ城の者達にとって国宝級なのだ。刀を取り出した者や炎を出した者は宝を傷つけてはいけないと刀をしまったり、炎を鎮火したりと全員あたふたとした。
「おっ意外と効いたぜ。必殺技『投擲秘宝返還殺し』成功だ!!」
「馬鹿なこと言ってないで、とっとと行くよ、糞お兄ちゃん!! この隙にいけそうだよ!!」
「おうっ」っと兄が返事をしようとした時、弟が大事そうに持っているひとつの本が目に付いた。おそらく、城の宝の一種だろう。
「だったら。よし、駄目押しに優樹のそれも投げろ。その本。魔法のアイテムっぽいから効くかもしれん」
「いやだよ。これなんか面白そうだし。古代の伝承なんかが書いてあって興味津々なのに」
「背に腹は変えられん。早く貸せ」
「嫌だって!」
そんな駄目押しなんて考えずに早く逃げれば良かったのに、兄弟は古い本を取り合ってしまっている間に城の者達4人はなんとか投げられた宝をすべてキャッチしていた。そしてすぐさま混乱は治まってしまった。
当然、こんなことをされた4人は腹わたが煮えくり返る程感情が高ぶっていた。4人は顔をピクピクとさせ、手をポキポキと鳴らし、怒りを込めた半笑いで兄弟に近き始めた。
だが兄弟はそんなことを気づかず、まだ口げんかをしている。
「なんだよ四大精霊の本って。意味わからん中二病か! そんなもん早く投げろ!!」
「お兄ちゃんに言われたくないよ。今、ここのこのページの章が面白いの。えーと確か水の精霊の……」
「随分と余裕だな、ガキども」
既に怒りのピークを超えている隊長とその仲間たち。彼らはついに襲いかかった!
「「ぐあああああああ」」
そうしてようやく兄だけがその現状に気がついた。
「ってうおおおおおおおい、 ちょ、ちょ、本なんか読んでないで前見ろ!」
だが弟は本に集中しすぎて全く気づかない。まるでその本と一体となったように。そして弟は気持ちが高ぶり、本の内容を口に出してしまった。
「ウンディーネだ!」
弟がその言葉を答えた瞬間いきなり本が青く光だした。
「うわぁ!!」
弟は驚いて本を投げてしまう。その拍子に本が見開きで開かれる。すると突然、本から水が溢れ出した。
ドドドドドド!
「ええ、えええええええぇぇ!!!!」
「お、お前なにしたぁぁぁぁぁ!!!?」
兄弟達はあまりの事態に大声で出して驚きを隠せない。そして城の者達も足を止めてしまう。
しばらくすると溢れ出した水は大きな女性の姿を形作っていた。そしてその女性は一瞬、弟に微笑みかけると、途端に崩れ落ちる。そして次の瞬間、本からは尋常じゃないほどの水が飛び出したのだ。
ドドドドドッッッ!!!!
ゴーーーーーーーーッッッッ!!!
とてつもない轟音とともに水が本から流れ出し、兄弟の目の前は滝と化していた。
「「どわー!!」」
「「ぎゃーー」」
あまりにも激しい水の流れ。強すぎる水流にきれい逆らえきれず、城の者たちはなすすべなく、水に流されてしまった。
それはほんの一瞬の出来事。はっきり言ってついていけない兄弟達は全く訳が分からず、呆然としてしまった。
「えぇぇ、なにこれ!? なにしたのお前。なにこれなにこれ」
「わ、わかんないよ! なんなのなんなの!?」
兄弟は目の前で起きていることが事実と信じられない。なので二人は息を合わせてまず目を閉じ、深呼吸をしてからもう一度目を見開いて前を見た。
だがそこにあったのは宙に浮いた本がページを見開いたまま大量の水が溢れ出している光景だった。
「「うぉぉどういう事だ~~!」」
兄弟は座り込み、頭を抱えた。確認しても全く意味がわからない。
しかしここで悩んでいてもしかたがない。今、ようやく死の危機は去ったのだ。 次の事を考える必要がある。
「と、とりあえず。危機は去った。そして次はあの本を何とかしてくれよ、優樹」
「無理だよ。まず目の前の現象が理解できない時点で止めると言うステップは早過ぎる」
「お前が出したんだろ。なんとかしろよ。なんか呪文かなんかを言ったんじゃないの。だったら止める呪文くらいわかるだろ」
「そんなのわかるわけないよ」
どんなに口争っても本から城に溢れ出る水は一向に止まらない。
「と、とりあえず『開けゴマ』とかでいいんじゃないか?」
「開いてどうするの。むしろ閉めるんだよあの本を! くそう、『止まれ』って言うだけで止まらないかな」
「お前、そんなんで止まるわけないだろ」
だがそれを弟が言った瞬間、予想に反して水はピタリと止まった。そして本は輝きを失い、地面に落ちたのだった。
「「…………」」
あまりにもあっけなさすぎて、二人は腰が抜けてしまった。
「はぁぁ、なんだよこれは……」
「まぁ、止まってよかったね。そ、それよりあの本どうしよう?」
「いや、お前が持っとけよ。元々お前が見たがってたんだから」
「い、嫌だよ。見たでしょ、あの大洪水。こんなのがいつも起こったら大変でしょ。あんなもの置いていくよ」
「そ、それは駄目だ。確かにあれには振り回されたが、こんなに面白……いや敵が来たら頼もしいだろ。持っとくべきだ。ただし発動させたお前が持つのが安心だろう」
「もしかしてお兄ちゃん。この本、魔法の本っぽいから面白そうだけど持っとくのは恐いから僕に押し付けてない?」
「ま、まさか~。別に持っておくと楽しそうやけど今みたいな事が起きたら恐いから優樹預けたらいいから大丈夫かななんて微塵も思ってないよ。ヒュ~ヒュ~」
兄はあからさまわかりやすい嘘をつき、目は泳ぎ口笛を吹く。
「わかりやすいわ馬鹿野郎!! 置いていくよ」
「わかった。すまん謝るからそれを持ってきて下さい。本心から言うと本当にめちゃくちゃ面白そうなんで。この通り!!」
兄は弟の前で土下座をした。弟はその兄の姿を見てがとても残念な気持ちになった。
「お兄ちゃん。見るに堪えないからやめて、わかったよ持っとけばいいんでしょ。一応続きも内容自体は読めるしね」
「おお、ありがとう。よっしゃ。これでこれからの冒険が楽しくなるぜ!」
「もういかないよ! 帰るぞ、クソ野郎」
目をキラキラさせている兄だったが、弟は許すはずがない。耳を引っ張って今来た道を引き返そうとした。
「痛い痛い痛い、耳引っ張んなよ。兄をもっと丁寧に扱え!」
「はいはい、行きますよ、兄上様!!」
「言葉は丁寧だけど、扱いがひどくないですか?」
ふざけた兄の言動にこれ以上付き合えない。兄は逆らおうとするが、弟は強引に引っ張る。するとそのあと兄が突然、声をあげた。
「熱!」
「何、どうしたの?」
弟はどうせまた兄がふざけていると思い振り返らず飽きれ口で返事をする。
「いや、左手の人差し指に嵌め……た、ルビーの指輪が熱い……」
「指輪が熱くなるわけないでしょ? しかもいつの間に嵌めてるのさ、まったくもー」
弟は兄の様子を気にすることなく前進する。
だが次の瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ
「うわ。なに、どうしたの!?」
「い、いや、わからん! なんだこれ。立てない」
突然、凄まじい轟音とそれに伴う大きな揺れが二人を襲った。まともに動けず、兄弟達は膝をついてしまっている。
だがそれもつかの間、続いての変化が起きた。
ピシッッッ
「「へっ?」」
迷路のような通路の壁に大きないくつも亀裂が入った。さらにその亀裂はどんどんと広がり、目の前の床にも入り始めた。
兄弟達はとっても悪い予感がした。
「ね、ねぇ、もしかしてここ。大丈夫?」
「う、う~ん。さっきここ物凄い水のせいでかなりの水圧があったからな。や、やばいね……。まぁ、ピラミッド探索とかの映画とかなら定番だな。最後のトラップでピラミッド崩壊とか」
「ゆ、悠長な事言ってられないよ!! 僕はまだまだ人生を満喫したい。早く脱出しよう」
「揺れで動けないのにどうすんだよ」
しかし、床や壁に入った亀裂はとうとう兄弟達の足元に及んだ。
「あ、もう手遅れみたい…だ」
その台詞の後、床は崩壊し、古城の迷路地帯一体は床が抜けたのだ。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
兄弟達は仲良く瓦礫と共に古城の下へ真っ逆さま落ちていった。
思い切りギャグになっている気がします。ですがこの章も佳境です。いよいよ兄弟たちと少女が対面します。