初めてのしつけ
昨日のことは妄想だったんだ。
朝のホームルームの後、そう認識した僕は、
その後の授業は普段通り真面目に受け、
いつも通りに何事もなく下校するところだった。
でも、僕は腕に残る神無月さんの歯形のことをすっかり忘れてしまっていた。
僕の脳は、朝のホームルームでクラス中から馬鹿にされたことによるショックから、昨日の理科室での出来事を「妄想」として処理し始めていた。
このまま帰宅していれば、理科室での儀式は僕の中で本当に妄想になっていたかもしれない。
しかし、現実はそうはならなかった。
「田中くん、帰るの?」
教室から出ようとした時、
僕を呼び止める神無月さんの声が聞こえた。
一昨日までは神無月さんが僕に声をかけることなんて、
学級委員としての業務連絡以外はあり得なかったのに、今神無月さんは、明らかに僕に対して声をかけたのだ。
「う、うん。そうだけど、どうして?」
「暇ならこれから理科室に来て。」
ま、まさか、昨日のことはやっぱり現実?
「なら今すぐ行くよ。神無月さんと一緒に。」
「はぁ!?あ、コホン、えと、ごめんねっ。あたし今日は掃除当番だから、すぐ行けるなら先に言って待ってて。はい、これ鍵ね。」
「あ、うん、わ、分かった。先に行ってます」
うわっ、さっき「はぁ!?」って言われた。
嫌な予感がする。
でも、神無月さんの声のトーンにはどこか僕を従わせるような、ドスが効いている感じで、僕は黙って先に理科室に行き、神無月さんを待った。
ガラガラガラ…。
誰もいない教室に、神無月さんが扉を開ける音がひときわ大きく聞こえる。
もう僕は現実を受け入れた。
腕に残る神無月さんの歯形。
昨日、僕は神無月さんに奴隷にされたんだ。
「ねぇ、お前、ふざけてんの?」
「えっ…!?」
「え、じゃないでしょ!お前、うちの奴隷になった自覚ないでしょ。昨日せっかくうちがこの綺麗な歯で奴隷の刻印をしてあげたのにっ…!ムカつく〜」
「ご、ごめんなさい!昨日のことは夢だと思って…」
「は?お前がどう思おうとうちには関係ないんですけど。奴隷になったんだから、うちの靴箱と机を綺麗に磨いておく。そんな当たり前のこともできないわけ!?」
そ、そんなことしなきゃいけないのか…!?
「で、でも他の生徒に見られたらマズいんじゃ…?」
「はぁ〜…。ダメだこりゃ。少しは頭良さそうだと思ったからお前のこと選んだんだけど、とんだ豚だね。他の生徒に見られないように、誰よりも早く学校に来てうちが来るまでに綺麗にしておく。当たり前じゃん…。」
「ご、ごめん…なさい…。」
「……。もういいよ、『田中くん』。奴隷契約は無かったことにしよう。私はみんなの人気者。田中くんは浮かない地味なヤツ。もうこうやって話すことは二度とないね。さよなら。」
そ、そんなっ…!どんな形であれ、せっかく神無月さんに急接近できたのに…。
「お、お待ちください!結衣様っ!!」
気が付いたら僕は神無月さんを呼び止めていた。
同級生で委員長の「神無月さん」ではなく、ご主人様・女王様の「結衣様」として。
そして、結衣様は僕の方を振り返った。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて。
ってえっ…!?
「『結衣様』ね。あはっ。やっとうちに調教される気になったんだ。遅いよ、この豚☆」
あ、あれ?もしかしてこれって、僕騙された?
さっき結衣様が怒って絶交するって言ったのは全部演技…?
「何きょとんとしちゃってんの?うちに調教されたいんじゃないの?(ニヤッ」
そ、そういうことだったのか…!
僕が自分から「神無月さん」を、ご主人様の「結衣様」と考えるように最初から誘導してたんだ!
そういえば、昨日理科室で結衣様はこんなことを言っていた。
「お前がうちのことジロジロ見てるから、こいつならいけそうだって思ったんだよ♪」
そして、
「生意気な豚だね♪
調教するの時間かかりそ〜。ま、いっか。ある意味ヤリ甲斐はあるし。」
とも言っていた。
つまり、結衣様は僕のことを奴隷にする気マンマンだったけど、僕が完璧な奴隷として調教されるのに時間がかかるってことは了承済み。
むしろ、時間をかけて調教することを楽しみにしていたってことだ…!
「あはっ。その顔(笑)やっと気付いたんだね、バカ豚。うちの予想通り、お前、勉強はできても頭は悪いよねっ。あはははっ!」
「え、心を読まれてる…?」
「ぷぷっ。だって全部表情に出てるもん。
今お前はウチに騙されたことに気付いて悔しがってる。でもね、顔がにやけてるよっ。」
「あ、えっ、えっと…!」
「悔しいけど、ウチに調教してもらえるって分かって嬉しいんでしょ。あははっ!やっぱお前、最高だよ♡」
「うっ…。は、はい。結衣様に調教してほしいです…!」
「調教して『ほしい』?お前みたいな豚が主人のうちに何偉そうなこと言ってんの?
『ご主人様の靴箱と机を綺麗にしてなくてごめんなさいっ!どうかお仕置きしてください!お願いします‼︎』でしょ?ほら、言ってみなさいよ。」
「ご、結衣様の靴箱と机を綺麗にしてなくてごめんなさい!どうかこの豚をお仕置きしてください!お願いしますっ!!」
「へ〜、いいじゃん。それで?」
「そ、それでと言いますと?」
「どうやってお仕置きしてほしいの?」
「え、そ、その…。結衣様のお好きなようになんなりとっ!」
「うわっ、初っ端からそうきたか(笑)お前、やっぱド変態だね。じゃあ…」
すると結衣様は少し考えてから僕にこう指示なされた。
「両手を頭の後ろで組んで、こっちを向いて立ちなさい。」
「わ、分かりました!結衣様っ!」
「あはっ、良い子だね。それじゃ、いくよ☆」
一体何をされるのだろう。
正直なところ、僕は結衣様に噛んでいただきたかった。僕は確かにSMについて、一般的な男子中学生に比べれば詳しく知っている方ではあるけど、それは噛みつき関連のおかずを調べているうちに目にするようになったというだけで、鞭とか針とかは正直怖い。
噛まれるのは好きだけど他のプレイはちょっと…。
でもさっきはつい、僕の中にある馬鹿らしいプライドのせいで、なんでもOKと言ってしまった。
もうやってみるしかない。いや、やられるしかない。
「なんかビビってるみたいだけど、やっちゃうよ〜♡
それっ‼︎」
次の瞬間、天地がひっくり返るような、凄まじい衝撃を受けた。そして激痛が全身を駆け巡る。
「ぐあぁぁぁぁぁ…。い、いたぁぁぁぁい!!」
「あははっ!あはははっ!超痛がってるww
でも何もしなかったダメな奴隷にはまだ足りないよねぇ。もう一回いくよっ!とりゃっ☆」
そして、結衣様の足が再び直撃する。
僕のデリケートな部分に。
「うわぁぁぁぁぁぁ!痛いっ!痛い‼︎
ごめんなさい!ごめんなさいっ!もう許してくださいっ…‼︎」
「え〜、もうギブ?最初だから軽く蹴っただけなのになぁ〜。」
「か、軽くって…、ぐぅぅぅぅ…」
これで軽く?いや、いやいやいやいや。
何かがおかしい。何かっていうか、結衣様の身体能力がおかしい。
去年、不良に絡まれて金的攻撃を受けて悶絶したことがあった。しかし今回はその時の痛みとは比べものにならない。世界が歪む。
この痛みから解放されるなら今すぐ死んでもいいくらいだ。それくらい痛い。
「金蹴りって初めてやったんだけど、案外思いっきりはできないんだね。ざんね〜ん。」
「ご、ごめんなさい…。耐えられなくてっ…!」
くっ、悔しい。結衣様に調教をお願いしておきながら、満足させられずに終わってしまった。
「ホントだよ。使えない奴隷だねっ!」
バチンッ!バチンッ‼︎
今度は脳が激しく揺さぶられる。ビンタだ。
たった2発なのに、頬が焼けるように熱くなってくる。
「うう…、痛いっ…。」
「そりゃ痛いでしょ。痛めつけてるんだからさ。
そんな当たり前のことじゃなくて、他に言うべきことがあるでしょ?」
「え、その、許してください…?」
バチンッ!
「ありがとうございますでしょ?この豚!
うちみたいな可愛い女の子が、根暗で変態なお前に触れてあげてるだけで奇跡なんだよ。感謝しろよっ!」
バチンッ!バチンッ‼︎‼︎
強烈なビンタを連続で受ける。
あまりの痛みに僕は泣きそうになる。
でも涙が出るより先に、意識が遠のいていき…。
そして、目の前が真っ暗になった。