刻印の儀式
理科室の扉を開けると、神無月さんが1人で僕のことを待っていた。
(なんだ、本当に待ち合わせだったんじゃないか。
こんな風に人を疑ってばかりいるから、僕はいつまでも地味で暗いんだ。)
そんなことを思っていたら、神無月さんはいきなり腕を差し出せと言ってきたのだ。
そして、気付いたら神無月さんは僕の腕に歯を立てていた。
いや、突き刺していた、と言った方が正確だろう。
神無月さんの、咲き誇る花のような輝かしい笑顔を引き立てる、真珠のような美しい歯が、こんな僕なんかの皮膚に沈み込んでいるのだ。
神無月さんが僕の腕に噛みついていることをとりあえず視覚的にのみ認識すると、ふっと痛みは消えた。
"She is sinking her teeth into my skin with all her might."
そしてとある英語表現が頭に思い浮かぶ。
マイナーとはいえ、噛みつきフェティシィズムがそれなりの市民権を得ているアメリカのエロサイトの、とある商品説明文では、こんな表現がよく使われる。
「歯を皮膚に沈める」「彼女の全ての力で→全力で」とは、なんと興奮をそそる表現だろう。
"She is biting me very hard."なんていう、淡白な表現とは比べものにならない。
しかし、本当に「歯が皮膚に沈み込む」のだろうか。
本当に女の子が「全力で」噛んでくれるのだろうか。
噛まれる、ということに興奮してしまう僕は、実際には女の子に噛まれたことは無かった。
全ては想像の世界だった。
しかし、今、この瞬間、想い人の可愛い、いや可愛いなんて言葉では形容できないほどの女の子が、彼女の持てる力の全てを歯に込めて、僕の皮膚に沈みこませている。
これは現実だ。
しかしあまりの出来事に僕の痛覚は全く働いていない。
僕の意識は、肉体から離れてしまっている。長らく想像の世界でしかあり得なかった、「女性に噛まれる」という現実に意識が追いついていないのだ。
とはいえ、僕はただの中学生だ。
修行僧でもなんでもない。
視覚的要素のみならず、意識がすべての現実を認識した途端、噛まれている箇所が熱を帯び、そして再び苦痛へと変わった。
「痛いっ…!」
「むふふっ、ひはいの?むっとひもちよひゃひょうにひてひゃやん(痛いの?ずっと気持ち良さそうにしてたじゃん)w」
神無月さんの歯はまだ離れない。
僕はもう限界だ。
名残惜しいけれど、それよりも腕に針が10本くらい刺さっているかのような鋭い痛みに耐えられない。
「離してっ!痛いです!!」
(ぷはっ…。)
その途端、苦痛は失われ、猛烈な喪失感に襲われる。
なぜ、もっと耐えられなかったんだろう。
こんなことは現実に起こるはずもないのに。
きっと、神様が一度だけ見せてくれた夢なんだ。
それなのに僕はーー
「ねえ、こんなに思いっきり噛まれといて何ボーッとしちゃってるの?頬赤くなってるしw
もしかして田中くんって変態?」
「えっ、いやっ、その…。」
……………………………。
また脳が思考を停止してしまった。
何を言えばいいのかさっぱり分からない。
10秒ほど、沈黙してしまう。
そして、沈黙を破ったのは神無月さんだった。
「当たった!やっぱお前、ドMだね♪」
「って、ええええええっ!」
いきなり訳の分からないことを言われて、驚きを口に出してしまった。
いや、いきなり呼び出されて噛まれたことからもう訳が分からないんだけれども…。
「ちょっ、急に大声出さないでよ!びっくりした〜」
「いや、びっくりしたのは僕の方だよ!何、当たったって!?というか、そもそも神無月さん、何やってるの!?」
「何って、刻印の儀式に決まってるじゃん。お前がうちのことジロジロ見てるから、こいつならいけそうだって思ったんだよ♪」
「『刻印の儀式』って…、はい?」
「どうせうちに虐められたいんだろうな〜って。」
「なんでそうなるの!?」
「あれ?あんたの目って節穴?あれだけジロジロ見といて、うちがドSの女の子だって気付かなかったの?」
何が何だかさっぱり分からない。
ドSの女の子?そんなの妄想上にしか存在しないはずだ。
「分かるわけない…、というか神無月さんのこと見てたりなんてしてないから!誤解だよ!」
「ふーん、生意気な豚だね♪
調教するの時間かかりそ〜。
ま、いっか。ある意味ヤリ甲斐はあるし。」
「豚って、どういうことだよ!」
しまった…。つい怒鳴ってしまった。
マズイ。嫌われてしまう…。
でも突然豚呼ばわりって、もう嫌われてる!?
様々な考えが頭の中で交錯している、その時、
バチーン!
猛烈なビンタを喰らった。
「黙れ♪ うちが歯形を刻んだんだから、お前はもう奴隷だよっ☆」
「………。って、ええええええっ!」
噛みつき描写にはこだわったつもりです…(^_^;)
が、読みづらい箇所ばかりで申し訳ありません。
こんな感じでダラダラと連載していこうと思います!