帰りに雨が降った日には
五時間目の古文の授業の最中に降り出した雨は、放課後になってもやまなかった。
今朝のテレビの天気予報では、今日の夜中からあしたの夕方ぐらいまで雨だということだったから、僕らの通う学校の生徒たちの大多数が、傘なんて持ってきていなかった。クラスの友だち連中もしばらく教室で雨宿りしていようなんて相談をしていたけれど、きっと、今日中にはこの雨はやまないだろう。
かばんの中に折り畳み傘を忍ばせている用意のいい連中か、さもなければ濡れて帰る覚悟のできたやつらから順番に昇降口へと向かう。僕もその流れに加わるうちのひとりだった。どちらのパターンかというと、どちらでもない。僕は「学校に置き傘をしているやつ」だった。
そういえば、彼女も「置き傘してるやつ」だったな、と思い出す。
彼女のことだ。きっと、傘を持っていない友だちを、自分の傘に入れてあげて帰るんだろう。
そんなふうに思っていたら、ちょうど、彼女が別の女の子と一緒に歩いてくるところだった。
「もー、サイアク。こんな雨降ってきたって傘なんか持ってないし」
「あはは。あたし、学校に置き傘あるよ」
「ほんと? ね、駅まで入れてってくんない?」
「いいよー」
「あー、でも、駅の方じゃないんだっけ?」
「あたし? うん。まぁ別に」
「いや、それはよくない。さすがにあたしのために遠回りはさせらんないし」
「そう? 別にいいのに」
ここで、ちらりと彼女と目があった。
彼女の目が、意味ありげに光ったように見えて。
「よし。それでは、この傘を君に貸してあげよう」
「え? いいの? っていうかあんたはどうすんの?」
「傘にあてができたからー」
「ふうん? ほんとにいいの?」
「いいってことよ」
「江戸っ子か」
「てやんでぃ」
「あはは。――ありがと! あしたちゃんと返すね!」
「ばいばーい」
友だちを見送って、彼女がこちらを振り返る。
「というわけで、傘なくなったから。入れてって」
まるで最初からそうなることが決まっていたみたいに、お願いというよりは確認って感じで、さらりと言う彼女。
「えー、っと……」
「なに? いやなの?」
眉をほんのちょっとだけ上げて訊いてくる彼女に対して、
「――いやじゃないです」
僕はそう答えるしかないのだった。
ほんと、敵わないな。
〈FIN〉