7話
7
お詫びと称して食事に行ったのは、以前巧達が食べた事がある天ぷらが美味しい店だ。
平屋建てで老舗の風格が漂う和風の造りの店で、予約は個室を入れておいた。
四人が店員に案内されながら通った通路は、石畳が並んで、脇には小さいながらも本物の竹を植えてあり、フットライトで明るさは抑えられていた。
個室に通され、先に注文していた飲み物が届いた所で、仕事で遅れてきた桜野さんも合流した。
長方形の掘りごたつ式のテーブルは、足を伸ばせて食事が出来て気に入った部分だが、前回もそうだったがクーラーの効き過ぎには困りものだ。
店員を呼んで温度調節をしてもらっても良いのだが、自分以外は特に寒くないと前回来た時に遼一と浩介が言っていたので、今回は前もって上着を持って来て正解だ。
遼一と巧は酒を、アルコールに弱い彩華と浩介はお茶を、桜野も明日は仕事だからと同じくお茶を頼み、賑やかに話をしつつ天ぷらのコース料理を食べ終えると、電車で帰るという桜野を駅まで送る為に遼一と一緒に三人で駅へと向かう。
残りの彩華と浩介は、クレマチスへと向かって行き、食事会は解散した。
次の日の朝。
巧は起床すると、いつも通りにクレマチスの開店時間に合わせて、隣のコーヒーショップへと向かった。
ドアに掛かっているプレートはまだオープンになっていなかったが、鍵はもう外されて掛かっていないことを知っている巧は、店内へと勝手に入って行くと、開店前の為まだ掃除をしている浩介の姿が見えた。
しかも珍しく欠伸をしながらだ。
「今日は彼女の家から出勤か?俺も遠回りして帰った甲斐があったな」
昨日、彼女が出来たばかりの浩介をからかった。
「そんなんじゃない。・・・彼女とはここでコーヒー飲んでから、すぐに家まで送り届けたよ。1人暮らしじゃなくて、お兄さんと暮らしてるから」
送り狼にでもなったのかと揶揄されたのが、分かったんだろう。そう答えてきた。
「じゃあ、なんでそんなに眠そうなんだ?恋煩いで寝不足か?」
更に浩介をからかって巧は笑った。
浩介は掃除をしていた手を止めて、昨夜彩華を送って行った時の事を、照れながらも巧に説明した。
「じゃあ、あの昨夜の食事の後、彼女にはプロポーズをして、アパートまで送って行った時に兄妹には、結婚を前提に付き合っていると宣言をしてきたと。―――昨日まで付き合っても居なかった奴の台詞とはとても思えないな」
予想を遥かに超えていた事に驚いた。
「まあ、自分でも驚いているというか。だから、夜は気が高ぶって眠れなくて困ったよ」
そう言って苦笑する浩介に、巧はそんな理由があったのならと納得した。
「ああ、そうだ、アルバイトの話なんだけど」
「アルバイト?」
「彩華さんには高校生の妹さんが居るんだけど、アパートに彩華さんを送って行った時に、一緒に住んでいるお兄さんの他に、丁度高校生の妹さんも遊びに来てて色々話をしていたら、妹さんが前のアルバイト先でセクハラを受けたのが元でバイトをクビになった話を聞いたんだ」
「セクハラされて、さらにクビにされたのか?」
「らしいよ。酷い話だよな」
被害者側が泣き寝入りか。加害者側が雇い主の身内だったのか、ただ公にしたくないから一方的にされたものなのか。どんな理由だったにせよ、理不尽な話だ。
「妹さんは、ようやく始まった夏休みなのに、バイト先を失くして困ってるんだって。で、話を聞きながらお茶受けにマカロンを出されたんだけど、それがもの凄く美味くて。そのマカロンは妹さんが自分で作ったっていうから―――」
「じゃあウチでアルバイトを?」
その後の話を予想して巧は言った。
「そう、ウチでバイトをしてみないかと声を掛けたんだ。ただ、妹さんの実家からは遠すぎてどうしようか迷ってた。けど、一度ここへ来てどんな感じの店か確かめてからバイトの話を考えたいって言ってくれて、今日の午前中ここへ来る予定になってるんだ。別に構わないだろう?」
「ああ、構わない。前からアルバイトを入れたいと言ってたんだしな。お前が美味しいと思えた程の味なら間違いないだろう。もし、その子が今日ここへ来て、直ぐにでも働きたいと言ったらOK出して構わないから」
「分かった。もし、そうなったら会社帰りに彩華さんも菜々さんの事を気にして、遊びに来てくれそうかな」
浩介の頭の中では、既にその映像が浮かんでいるのだろう。嬉しい表情で実現することを願っているのが丸分かりだ。
ん?ちょっと待て、今名前をどう言った?確か、『菜々』と言わなかったか?
その名前は、巧が先日会った高校生でパティシエを目指しているあの彼女と同じ名前だった。




