3話
3
「これで全部入ったかな?」
拾った猫を浩介に飼うように押しつけた身としては、必要な物くらい飼ってやらなくてはと思って、巧はホームセンターへ猫が必要とするもの一式を買いに来た。
車で来たが、買った商品はかなりな量だ。運転席以外は荷物で溢れかえってしまった。
「さてと、帰るか」
ドアを閉め、一路クレマチスへと向かう。
飲食店なのに猫を飼い始めて三日。
ちょこまかとしていたかと思えば、国道沿いの窓際が気に入ったらしく日向ぼっこをしながらずっと長時間動くことなく寝てたりする猫。
名前は「くろ」に決定した。
ちなみに名付けたのは、浩介だ。巧は、しろみみ、てぶくろ、ちびねこ、と次々と名前の候補を挙げて言ったがすべて却下された。
野良猫な筈だが、しつけは特に教えなくても一度言えば覚えてくれたので助かった。
店のテーブルの上に乗ったり、猫の餌以外の食べ物を食べたりすることも無かった。
けれど、巧が店へやってくるのが見えると必ず怯えて隠れるというのは、気に食わなかった。俺の何がそんなに怖いと言うんだ。全く、失礼なやつだ。
今日は、昼頃にクレマチスで出版社の編集者と仕事の打ち合わせの約束してあったので、家まで来た遼一と一緒に隣の店へと向かった。
遼一には今度出す本のイラストをまた描いて貰う事になっているので、一緒に打ち合わせをする為に呼んだのだ。
「あっちぃーっ、浩介―、アイスコーヒー頂ぉーだーいっ!」
先に店へドアベルのチリリンと奏でる音がかき消される程の大きな声と共に入っていったのは遼一だ。
続いて後から店へ入った巧は驚いた。
店内はコーヒーショップなだけあって、入り口近くにまずレジが有り、右の壁にはメインのガラス瓶に入ったコーヒー豆がずらりと棚に陳列してある。
奥に進むとレジ横にあるのはクッキーやサンドウィッチで、左の壁側はキッチンが有って、カウンター席四つと一緒になっている。
更に奥はテーブルが全部で三つあり、椅子と壁際のソファと併せても十人程度しか利用できない。カウンター席を含めても十四人程。
部屋全体は白が基調で、観葉植物やコーヒーカップなども所々に飾られていてこじんまりとした小さな作りの店だ。
その店のカウンター席に、マスターである浩介と、見知らぬ女性が並んで座っているのに驚いたのだ。
仕事中にどちらかと言えば堅物の部類に入る真面目な奴が、かなりの至近距離で女性と並んで座っている姿は見た事が無かった。
しかも、巧達が来る前までは客が居ない店内は良い雰囲気だったらしく、いきなり邪魔をしてきた俺達の事を浩介は苦々しくこちらを睨みながらブツブツ文句を言っているのが見えた。
隣に座っている女性の容姿は高校生かと思える程の幼さに見えたから、どこか近所のアルバイト店員かなと思った。
相手の女性は小柄で、お団子にして纏めている髪はやや茶色。仕事中なのか、ブラウスとスカートの上にエプロンを付けた姿だった。
その彼女の表情といえば、なにやら落ち込んでいるように見えた。・・・ああ、やっぱり俺達が邪魔をしたんだなと思い、不可抗力とはいえ悪い事をしたなと思った。
巧は遼一と共に奥のテーブル席へと付き、途中浩介に悪かったなと自分の顔の前で手を縦にして、ごめん!と小さな合図を送った。
けれど全く周囲に気を配っていない絵描きの遼一は、席に着くなり浩介相手に勝手にしゃべりだした。
「打ち合わせに後から桜野さんが来るから、宜しく!」
「あぁ、分かりました。また遼一と巧で、タッグ組むんですか?最近多いですね」
「続編出すことになったからなー」
浩介の話す言葉は普通に聞こえるが、目が笑っていない。
それなりに怒っているようだ。
遼一に、頼む、少しは空気を読んで周囲に気を配る事を覚えてくれっ!と大声で言う訳にもいかず、頭を抱えたくなった巧だった。
そんな巧を見てか、浩介は仕方なさそうに肩を竦めた後、彼女の耳元で何やら囁くとキッチンへと戻って行った。
囁かれた方の彼女はと言えば、ぽっと頬を染めて恥ずかしそうにしている様子だった。
(ああ、やっぱりあいつは彼女の事がとても好きなんだな)
そう思えた。
浩介が彼女の耳元で囁いた時の目は、愛しい人だけに向ける優しい目だったから。