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10話

 10


 巧は車で買い物へと出かけ、彼女がアルバイトで必要になる白いシャツ、黒のベスト、黒のパンツ、浩介が使っているのよりはやや短い丈のカフェエプロンを購入すると、続いてスイーツ作りに必要な材料を幾つか買い足した。

「これで大丈夫かな?」

 明日からが楽しみだ。

 ステアリングを握りながら、口元は自分でも意識しないまま笑みを浮かべていた。




「そうです。後は仕上げにメイプルシロップをかけて、生クリームにミントを添えれば完成です」

 浩介は今日からバイト初日の菜々に、クレマチスのランチメニューで人気のフレンチトーストの作り方を教えている。

 開店して直ぐのこの時間は、まだ店内には客はいない。居るのは浩介と菜々と巧の三人だけだ。

 練習の為に作り終えたばかりのフレンチトーストは、カウンターでコーヒー片手にパソコンに向かって仕事をしている巧の前に出された。

「お待たせいたしました、フレンチトーストです」

 接客の練習も兼ねてフレンチトーストを運んできたのは菜々だ。

 元のバイト先でもスイーツを作る以外にも接客もしていたと言っていた通り、特に指導しなくても直ぐに即戦力となりえるものだった。

「有り難う、頂きます」

 巧はパソコンの画面をスリープさせフォークを手に取ると、浩介が作っていた今まで食べていたのとなんら変わらない出来栄えのフレンチトーストを食べ始めた。

「うん、美味しい。これなら今日から直ぐにでも菜々さんに任せても大丈夫だね」

 仕込みは既に浩介がしてあるので、焼きと盛り付けが出来るなら彼女に任せて問題ない。パンの表面のこげ目といい、中のしっとりとした触感といい、味も文句が無い合格点だった。

「本当ですか?やった!」

 新しい制服に身を包み、トレーを持ったまま喜びを素直に表す彼女の笑顔は屈託が全くない。その笑顔に巧は目を奪われ、とくんと心臓が跳ねた。

「じゃあ、次は焼き菓子の説明に入りましょうか」

「はーい了解です、浩介お兄さん」

 巧からフレンチトーストの合格が出ると直ぐに浩介からは次の指示が出た。

 菜々の笑顔に目を奪われ、動揺している巧には二人とも気付かなかったようだ。

「菜々さん、はーいではなく、はい、でお願いします。それと、仕事中は私の事は店長かマスターでお願いします」

「はーい、じゃなかった。はい、了解です。店長」

 浩介は、菜々の言葉使いを注意した。

 普段の会話する時、浩介は自分の事を『俺』と言うが、仕事では『私』を使う。それ以外でも、巧と会話するのも時々丁寧な言葉で話す事がある。仕事柄、どうも言葉遣いが普段でさえも抜けきらなくなったらしい。

 そう言えば、昨夜の食事会でも浩介は彩華との会話も丁寧な言葉遣いで話していた事を思い出した。まあ、付き合ったばっかりで年上の浩介に遠慮している事もあるのかもしれないが、彼女もつられているのか恋人同士の会話には聞こえなかった。

 まあ、別にいいんだけれど。仲は良さそうにしていたし。

 後は当人同士が決めていく事だろうと結論ずけた。

 もう一度巧は焼き菓子の仕事について浩介から一生懸命説明を受けている菜々の姿を見た。やはり先程の感じた動揺は勘違いではなく、まだ続いているようだと自己分析を冷静にしつつも、彼女の事をもっと見ていたいと感じ始めている自分にも気付いた。


 フレンチトーストとコーヒーを飲み終えた巧は、一旦隣にある自宅へと戻る事にした。ここで暫く仕事をしようと思っていたが、どうも菜々の事が気になってしまいはかどらなさそうだと早々に気付いた。

 浩介に一旦家に戻って菜々のバイトが終わる頃にまた来ると告げてから、店を出た。

 歩いて数十歩という隣にある自宅は、クレマチスと同じ外観のコンクリートの打ちっぱなしだ。

 三階まであるその建物は、一階が車の駐車場と応接室で、二階には仕事部屋と広い書斎と客室がある。三階はメインとなるキッチン、プライベート用の寝室がある。二階にも普段は使わないが小さな簡易キッチンがある。

 巧はノートパソコンを仕事部屋のデスクの上に置くと、続きの仕事をするのも億劫に感じ、デスクの前にあるソファに横になると腕を閉じた目の上に置いて、暫く回想の中へとその身をゆだねた。


 初めてカフェで見かけたときには、随分大人びた高校生だなと思ったのが第一印象。

 今日話してみて感じたのは、最初こそ巧の事をルックスや肩書でいい!と思われていたのを感じたが、バイトの時間帯等を話している頃にはスイッチを切り替えて、完全に仕事モードになったのを見て、姉の彩華同様に巧の事を見た目だけでいい寄るその辺の女達とは違うと感じた。

 明るい性格に、はきはきと喋る元気さ、姉よりも背が大きくて少し大人びて見える容貌は、目が特に生き生きして見え、くるくる変わる表情の豊かさも、巧の周りでは居なかったタイプだ。

 高校生らしく化粧が薄い所も好ましい。

 改めて、巧は彼女の事が気になっていると自覚したのだった。


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