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第二十話

※修正情報

第十二話シヴァの台詞のうち、一番酷い国は壱→伍に変更。

 大勢に視線を向けられ出迎えられた悠木は最初、酷く動揺する。そうだろう、セラやシヴァは兎も角、衛兵数人も皆悠木のことをじっと見つめるのだから。何か悪いことでもしたのかと怯えたのだが、そうでないことは少し興奮気味のシヴァに教えられた。

 ラフィーネに認められた音は外に響く事。皆それを聞いていた事。そして、感動したという事も。

 全く聞いていなかった話に悠木は驚き目を丸めたが、しかしもうやってしまったものは取り返しがつかない。それに、弾いていた時は楽しかったし、なにより褒められたのは嬉しかった。もう随分と長い事、それこそまだピアノが弾けていた当時から褒められる事なんてなく。ただただミスを指摘され、こうしろと言われるばかりであったから。褒められた最後の記憶は両親に小さな頃、という具合だった。

 慣れないが故に、気恥ずかしさからだろう。少し照れながらシヴァに礼をいえば、今度は悠木が話す番だった。とはいえ、誰かに催促された訳ではない。他の誰でもない自分の意思で、先ほどした決意を口にする。


「――やるよ、救世主。名前みたいなご大層な事は、何一つとして出来ないけどね」


 真面目に話すのはひどく照れ臭く思えて、肩を竦めてすこしおどけながらいう。それでもしっかりと自分の気持ちを言葉に出来たのは良かった。同時に、気を引き締める。引き受けると決めて、宣言したのならば生半可な事は出来ない。全力でやってこそというものだろう。例え、やることがピアノを弾くことであるだけだったとしても。

 悠木の宣言を聞けばシヴァは一瞬目を瞬かせたが、しかしすぐ全面に嬉しさを滲ませて、満面の笑顔になる。一瞬複雑そうな表情が見えた気がしたが、それはきっと悠木の気のせいだろう。でなければシヴァがそんな顔を見せる理由が悠木には分からなかった。


「そ、っか。そうか。……ありがとう、ユウキ。決断してくれて。なんていったら、いいか分かんないけど。でも、すごい感謝、してる」

「大袈裟過ぎるんじゃない? 元々僕はその為にこの世界に喚ばれたんだし。それに……いや、やっぱりなんでもない」

「言いかけてやめるって、それ一番気になる奴じゃねーか! 実はユウキ、焦らすの好きなの? そうなの?」

「……違うって。まあ、いつか……うん、時期が来たらってことで」

「仕方ないなー。シヴァくんはちょう心が広いし待たされるのも平気な子だから、どーんと構えて待ってあげよう」

「はいはい。待ってくれてありがとう」

「なにその心の篭ってないお礼。そんなの言われたの初めてなんだけど!」


――僕の方が感謝してる。悠木はそう言おうと思ったが、然し妙に気恥ずかしくて、如何してもそれは言えなかった。けれど別に、急いで言葉にする必要はないような気がして。何故なら、これからもきっとこれからも行動する。そうなればもっと感謝することが出てくるだろう。

 どうせなら全てが終わってから伝えても遅くないような気がしたのだ。都度伝えていけばいい、と言われるかもしれないが悠木はシヴァのように、思ったら口に出来るような性格ではない。随分と捻くれてるというか、歪んでいるというか。兎も角、そうあることを理解していたから結局それで落ち着く。

 他愛もない話をしながら、ラフィーネを後にしようとして。悠木はふと気付く。セラは如何するのかという事に。彼女は今まであそこで暮らしていたという。その証拠に奏者の席には生活空間が確保されていた。であったにも関わらず、権利は悠木に移ってしまったのだから。

 きっともう、セラはあそこには入れない。なんだかひどく申し訳ない気持ちになり、浮かれていた気分が少しずつ沈んでいく。だからといってこのままセラを放ってはいけないだろう。悠木はシヴァとの話を切り上げて、相変わらず読めない表情を浮かべているセラに向き直り、あの、と小さく声を掛ける。


「これから、如何されるんですか。行く場所とか、……その、あるのか気になって」


 居場所を奪ったのは他でもない悠木だ。こうやって聞く事はひどく失礼な気がしたが、他に言葉も見当たらない。きっとシヴァならもっと上手く聞いたのだろうと思えども、結局悠木は悠木でしかないのだから。思ったところで、如何にもならない。それにこればっかりは、シヴァに任せるのは違う気がしたのだ。

 悠木の問い掛けにセラは目を瞬かる。予想していなかったのだろう。けれどすぐゆるく左右に首を振って「ないですね」と言った。つまりそれはやっぱり悠木がセラの住まう場所を、帰るところを奪ってしまったということに他ならない。

 ずん、と胃に重たい物が落ちてくるような気がした。


「とりあえず、一旦私たちがお世話になっている屋敷に一緒に行きましょう。あそこは上役の方が住まわれているところですから。如何するか、そこで指示を仰げば良いかと。……きっと彼も先ほどの音を聞いていて、事情は把握しているでしょうからね」


 如何言葉を返すべきか、悠木が悩んでいる間にシヴァがさっと割り入ってくる。やっぱりこういう時、他の誰でもないシヴァが頼りになった。居てくれてよかったと心底思う。セラもシヴァの言葉に異論はないのか、頷く。

 そうして、三人で屋敷まで足を運ぶことになる。セラも居る為か、道中は終始無言で悠木は少し居心地が悪く感じた。シヴァもセラもそんなことはないようで、特に気にした様子は見受けられない。多分悠木が気にし過ぎなだけなのは分かっていたが、如何にも気にせずにはいられなかった。

 屋敷に着くと、男に出迎えられる。素晴らしかった、とか、色々と男は言葉を並べ立てて悠木に話しかけきた。けれど如何にも心が篭っていないように思えて、何の感慨も湧かない。

 ただ反応しない訳にも行かなかったので――というより何か言え、と言わんばかりにシヴァに脇腹を肘で小突かれただけだが――簡単に、心の篭らない謝意を伝えた。男はそれでも満足そうだったので、悠木はよかったということにしておくことにする。


「宜しければ、セラも救世主様に付けさせて頂けませんか?」


 客間に通されて、さてとシヴァが悠木の代わりに話し出した。多分悠木が余計な事を言わないように、だろう。かなり口下手で、かつ割合いらぬ事を口にする自覚があった悠木は、素直に甘えておく。

 近いうちに、早ければ明日にでも弐の国の方に向かう事。ラフィーネの権限が悠木に移ったのでセラはもう彼処には住めないだろうという事。それから、セラの今後について。そこまで話して、男は迷う素振りも見せずにそう言った。

 悠木とシヴァはお互いに顔を見合わせる。予想していなかった切り返しだからだ。特にシヴァについては、物凄く不服そうというか、理解出来ないと言わんげな表情を浮かべている。悠木はそこまで思わなかったが、然しセラがいるとなると息が詰まって、とても窮屈に感じるだろうな、とは思う。

 けれどそれは拒絶する理由にはならない。むしろ居場所を奪ってしまったのは他でもない悠木である。是としか言えなかった。勿論それはセラが一緒に行くというのであれば、という話ではあったけれども。

 当のセラはといえば「わたしには拒否権も決定権もありませんので」とその顔に笑みを讃えながらいう。本当に人形のようだった。いっそ不気味なくらいに。結局、男の提案をのむことになり、シヴァと悠木は、セラという新しい奏者代理であった人物を加えて国を回る事になった。

 三人を一人の侍女では、という事で男は幾人か侍女を新たにつけようとする。けれどもそれは大所帯になって、移動がしにくいだけというもの。何よりシヴァも悠木もセラも、皆一人で自分の事は出来るのだ。よって結局侍女はシェラ一人のままということで話は収まる。

 後は日程の管理を取り仕切っているシヴァが、男と一緒に出立日を決めていた。

 ラフィーネの支柱は、どの国でも変わらず、国の中心地に位置している。国同士の大きさに然程の差はなく、馬車であればゆったりとしたペースで向かっても三日か四日で着く。ラフィーネの本体から参の国に向かった時とは違って、農作地を超える事はあっても何もないところを超える事はない。

 夜は普通に宿に泊まって、食事は何処か近くの店か宿の中などで摂れる。とはいえ、何の事前通達もなしにそういう事が出来るわけではない。此処に来るときだって、結局悠木が知らないところでシヴァが使者を飛ばしていたから出迎えがあったりしたとのこと。

 もっと早く言ってくれたらそんなに急がなかったのに、と思ったけれど。それについては済んだ事。今更何を言っても変わるわけではない。その代わりに、今回は使者がそれほど急がなくても済むような段取りを組んだ。

 最終的に弐の国からぐるりと回って、肆の国まで向かう。そこまで見越した段取りを組む必要もあったのだろう。ぼんやりとシヴァと男のやりとりを小耳に挟みながら、時折これでいいかと聞くシヴァに相槌を打つ。悠木の仕事はそれだけだった。わざわざ確認なんか取らなくてもいいのに、と思ったが男の手前というのもあるのだろう。随分と面倒臭いなと思った。態度にはしなかったけれど。


「ふー……やっとこさ解放された……」

「お疲れ様」

「ほんとお疲れだよ、俺は。全部向こうに丸投げするわけにもいかねーしさー、かといってこっちで勝手に決めるわけにもいけねーじゃん? もう二度とこういうのはごめんだ」


 随分とげっそりとやつれたように見えるシヴァに、気遣って紅茶の入ったカップを差し出す。男が退室すると同時に、入れ替わりに入ってきたシェラが淹れたものだ。シヴァはそれを味わう事なく一気に飲み干す。余程喉が渇いていたらしい。気持ちは分からなくもなかった。悠木もカップを手に取り、半分ほど喉に流し込む。


「……まあ、全部押し付けて悪かったと思ってるよ。少しは」

「ユウキがそういってくれるだけで俺は復活出来る」

「やっぱり君頭可笑しいよ大丈夫?」

「大丈夫、俺は常に正常だから。……ってまあ、どっちにしろユウキはこの世界の事知らねーんだし、気にすんなって」

「……そ、ありがと」


 それなりに真面目な様子を保っていったというのに。シヴァの言葉のせいで申し訳無さやら何やらが、全て一瞬で吹き飛ぶ。出会って幾日も立たないというにも関わらず、このやりとりは既に片手を超えてしまった気がする。いい加減シヴァの反応も慣れたものと言わんばかりだ。少しだけ癪に障ったので、少しバリエーションでも考えてみよう、と悠木は企む。果たして思い付くかどうか、というのは別にして。

 手持ち無沙汰になった悠木はシヴァに如何やって時間を潰すか、と問い掛ける。結局出発は三日後になった。それまでの間は自由に過ごしていいらしい。とはいえ、別に何かしたいという欲がない悠木は、なんならいっそのこと、悠木は三日屋敷に引き篭もって寝ているのも悪くないと思っていた。けれど、それくらいならシヴァが何処かへ出るのならそれに付き合うのもいいかもしれないと思ったのだろう。

 シヴァは悠木のその質問に唸った。どうやらシヴァも特に決まっていないらしい。


「この世界全体に言える事なんだけど、これといったものがないからな。見て楽しいものでもあればいいんだけど。市場は今日行ったし。どっか行きたいんなら、聞いてくるか?」

「……いや、いい。君が行きたいところがあるなら、ついていこうかと思ってただけだから」

「そっか。まあ多分俺は歩いて行って帰れるところまで、適当に歩いてみて回るつもりだから。気が向いたら一緒に行こうぜ」


 ん、と小さく了解の意を伝える。けれどそうするくらいなら屋敷に引き篭もっていようと思った。少しいろいろ有りすぎて疲れた、というのもあるだろう。ただなんとなくそれよりもっといい案がある気がして――嗚呼、そうだ。ラフィーネに篭ろうと悠木は思い立つ。

 屋敷で部屋を割り当てられているとはいっても、終始人の気配は絶えない。誰でも部屋に勝手に入ってこれる状態だ。気が休まる時などない。対してラフィーネはどうだ。シヴァやセラは訪れる事が出来るだろうが、しかし二人に言っておけば完全に悠木一人の空間の出来上がりである。

 些かあの階段を登るのは気が滅入るが、一人にもなれる上、ピアノも弾き放題。悠木が三日を過ごす場所にはとてもうってつけのように思えた。

 早速悠木はシヴァに伝える。最初驚いて、少し渋っていたシヴァだが、結局シヴァは分かったといって男やセラに伝えてくれるという。食糧問題もあったが、元々大食漢でもない悠木は一日一食あれば十分だった。それも、別に凝ったものは必要ない。美味しいものは美味しいが、しかしその分食べることで疲れてしまう。だから簡素な、携帯食のようなものが良いと伝えて、準備をしてもらった。それをもって、悠木は早速意気揚々と屋敷を後にする。

 途中までシヴァも一緒だった。どうやらこれから街を見に行くらしい。適当なところでまた三日後、と手を振ってお互いの目的地に向かうため、別れる。その足で悠木はラフィーネまで行って、気分をなんとか維持したまま階段を登り切った。とはいえ、やはりそうした後、身体は言うことを聞かない。けれども急ぐ必要は少しもないので、少し休んでからゆっくりと奏者の席へと向かった。

 悠木の顔が何処か嬉しそうというか、楽しそうであったのを知るものは、誰もいない。

 最初に音が響いたその日から三日間、参の国には朝から夜まで美しい音色が響き渡った。人々は皆その音に酔いしれたという。活気はあっても、何処か影があった街。けれどその影が何処かへと消えたかのように、生気が漲っているようにも見えた。

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