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第十八話

「ちょっとは気分転換出来たか?」


 市場で適当にそれぞれが欲しいものを買い荒らした後。中心地にあった広場に備え付けてある噴水の縁に座って、それらを食し終わって一息入れている最中に、シヴァが問い掛けてきた。何となく予想が出来ていた悠木は驚く事もなく、少し肩を竦めてまあね、と呟く。

 完全にとはいかずとも少しは気分が変わった事は、確かだった。依然として思考が纏まる事はなかったけれど。そもそもこの程度で纏まる思考ならば、悩む事もなかっただろう。

 この世界に来て、日々複雑に絡み合うようになっていく思考。ただ単純に師を、世界を壊されたことを恨んで生きていればよかったあの時とはまったく違う。まるで気付かないように、奥底に抑え込んでいたもの全てが湧き上がってくるような。例えるならば、そんな感じだ。あの、突拍子もない行動を取ろうとした時以来、時間を重ねるごとにそれは顕著になる。顔にも表にも出さなかったけれども、もう悠木はいっぱいいっぱいだった。


「なんか悩んでることがあるなら、言えよ。大して力になれるとは思わないけど……でも、話聞くくらいなら、俺にだって出来るんだし。ま、無理強いはしないけどな。ユウキが話したかったら、ってことで」

「……ん、ありがとう」


 シヴァの顔は前を向いており、悠木を見ていなかったけれども横顔からその真剣さは伝わってくる。けれど悠木は礼を言うに留め、詳しく何かを言うことはなかった。いや、言えなかったという方が正しいかもしれない。

 確かに話を聞いて貰えば、それだけで考えが纏まったりすることもあるだろう。分かっていはしたが、それ以上に話て如何になる、という気持ちの方が強いのだ。或いはやはりシヴァのことを信頼していない、という証拠なのかもしれない。感謝の気持ちはあれど、信頼となるとまた別の話といったところか。

 しかしシヴァは特に気にする様子もなく、手に持っていた串や何かを包んでいた紙などをくしゃりと手の中で潰して、立ち上がる。


「……さて、じゃあいくか」

「いくって、どこに」

「さっきんとこ。……いや、行かずに屋敷に戻っても良いんだけど、それだとあそこの持ち主が多分、いろいろ聞いてくると思うぞ。ユウキがラフィーネにいったってことは知ってるだろうから、奏者交代したのかとか、根掘り葉掘り。その辺り嘘付いて引き伸ばしても、多分そっちではバレねーだろうけど、セラが一緒じゃねーとこから、まだ奏者の権利はあっちにあるっていうのは多分、把握されると思う。……だから、どっちかだな。このままラフィーネに戻って、無理にでもどうにかするか。それとも下衆の勘繰りに付き合うか」

「………………、なにその、どうしようもない二択は」

「仕方ねーだろー……流石に第三の選択肢、逃げるとか取ろうとしても、屋敷に戻らねーとシェラが待ってるし、馬車がねーだろ。それに戻ったら下衆の勘繰りコースまっしぐらだから、結局二択になるんだから」

「分かってる、けど」


 盛大に悠木は息を吐き出す。結局悠木に選択権なんてあってないようなものだった。後者を選べば、確かに時間は稼げるかもしれない。けれどその分疲労は二倍以上になるだろう。そう考えれば、今なんとしてでも前者を選ぶべきであることは明白だった。


「……仕方ないから、いくよ。でもその代わり、お願いしたいことがあるんだけど」

「ん? なんだよ。俺に叶えられる事なら何でも聞くぞ」

「――あの子と一緒に、出ていて欲しいんだ。音の聞こえない、ところまで」

「……ユウキ、それって」

「深い意味はないよ。ただ、念の為……うん、そう。念の為に。お願いしたいんだ」


 例えばあの時と同じように、核に触れたとしよう。そうして奏者の権利を移行させて、それではい終わり、となるとは思えない。シヴァの言う通り騙し通せるかもしれないが、そうでなかったらわざわざあそこまで足を運ぶ意味が薄くなる。

 それに、今の悠木が抱える問題を時間が解決してくれるとは思わなかったのだ。もしそうであれば、間違いなく今までに解決していただろう。だから結局、いくら時間を稼いだところで如何にかなると思えずに、ならばと口にしたのが先程の決意。

 決してこの世界を救う為などではない。他の誰でもない、自分の為。

 未だに悠木は救世主と呼ばれるのは嫌だったし、それを認める気になどなれなかった。けれど、だからといって根掘り葉掘り聞かれる事は堪え難い。そんな苦痛を味わうくらいなれば、認めたフリでもなんでもして、強行する。この耳に自分が産み出した、不協和音が響くかもしれないという可能性を秘めていても。そうすることで、得られることがあるかもしれないから。

 まるで自分に言い聞かせるように繰り返す悠木に、シヴァは心配そうな眼差しを向ける。けれどあえて悠木はそれに気付かないふりをした。まるでそうすることが、正解であるかのように。

 暫しの沈黙の後。シヴァは張り詰めた緊張を解くかのように小さく息を吐き、それから仕方がないと言わんばかりの。けれどどこか心配さを滲ませた表情を浮かべる。


「分かった。……けど、無理はするなよ、頼むから」

「大丈夫。多分ね」

「多分かよ! 此処は確約する場面だろーが、どう考えたって……」

「確約したら守らないと駄目でしょ。だったら、分からないことは確約出来ないじゃない」


 呆れたように呟くシヴァを一瞥しながら、何を言ってるんだと言わんばかりに悠木は言う。それを聞いたシヴァは何故か落ち込んでいるようにも見えたが、気にすることはなかった。約束するつもりもなかったし、もし万が一したとしてもそれを反故する可能性があるのならば、結局約束をしないという選択肢に落ち着いただろうから。

 悠木はこの言葉が何一つとして間違っているとは思わなかった。

 おもむろに悠木も立ち上がる。それから近くにあったゴミ箱に歩いて近寄り、手の中にある包み紙などの不必要なものを放り込む。それから未だ先程の場所に立ち竦んでいる彼に「先行くけど」と一声掛けて、歩き出す。方向は分かっていた。だから別にシヴァがいなくとも平気だという、意思の表れだろう。

 然しシヴァからしてみれば違ったように捉えることが出来たのかもしれない。「おいっ! ちょっと待てって!」なんて叫びながら、それでも悠木と同じように持っていた握り潰したそれらをゴミ箱に投げ入れて、悠木の後を慌てて追いかけてきた。


「……尻尾が見える」

「はあ? ……ってユウキあれだろ、どうせまた俺のこと犬だとでも思ったんだろ! なあ!」

「当たらずといえども遠からず、ってところ」

「嘘付け! 顔がもろにそうですって顔してんぞ!」

「本当にちがうってば。ただなんとなく、犬の飼い主になった気分になってただけ」

「……一緒じゃねーかよ!」

「だから言ったでしょ。当たらずといえども遠からずって」


 どうしようもなくくだらないやり取り。けれどそれが悠木にとっては、ひどく居心地のいいものとして感じられる。今から先起こる事を忘れさせてくれるから、というのが大きいだろう。無論全くそれ以外の理由がないのかと言われたら、否であろうけれど、然し今はそれに気付かない、振りをして。

 来た道を辿る。そうして暫くすれば見えてきた薄紫色の塔。

 なんて事もないように振舞ってはいたが、それが見えた瞬間悠木の体が強張る。現物を目にした訳でもないにも関わらず、心が拒絶したのだろう。あそこにある、というのが分かっての反応かもしれないが、だとしても些か早い。今でこうであれば現物を目の当たりにした時、一体如何なるのかと悠木は少し怖くなった。

 とはいえ、自分で言い出した事。此処で止めるなどとは言い出し難いし、なにより本末転倒もいいところだろう。

 無意識のうちに握られていた手に、ぐっと力を込めて緩みかけた心を締め直す。そうして心ばかり歩調を早めた。そうしなければ襲いくる何かに押し負けて、立ち止まってしまいそうだったから。

 そうして辿り着いた塔の下で衛兵との話す事は、有難い事にシヴァが引き受けてくれた。それがさも当然と言わんばかりに、なんの打ち合わせもなく自然に前に進み出、衛兵と話し出したシヴァに悠木はひっそりと感謝する。今衛兵に少しでも探るような言葉や目線を向けられたら、心が折れてしまう気がしていたからだ。

 少しもしないうちに話をつけ終わったのだろう。シヴァが少し下がり、衛兵が門を開ける。そうして開けたラフィーネへの道をみれば、いよいよ逃げられないと悠木は感じて思わずごくりと音を鳴らしながら、唾を飲み込む。けれど自分で言ったのだから、と言い聞かせて一歩、踏み出す。


「……大丈夫か? 顔色悪いし、やっぱりやめといた方が」

「いい。大丈夫だから」


 後ろで門が閉まる音を聞きながら、ラフィーネの中へと二人で入る。その最中シヴァが心配そうに悠木の顔を覗き込みつつ、気遣うような発言をしてくれたのだけれども。悠木は余裕がないが故か、少し被せ気味に否定した。

 相変わらずシヴァは何か言いたげな顔をしていたが、無理にでも言って止めるつもりはないらしい。そうか、とだけ小さく呟けば前を向く。

 悠木としては、シヴァのそういうところがかなり好ましくあった。無遠慮に人の事情に踏み込んでこない、ある程度意思を尊重してくれる。気遣ってくれていることが分かる言動。そういう風に自分に接してくれる人が今までいなかったから、というのもあるだろう。然しそれらがある程度好意からの行動であるというのが分かっていて、それを好ましく感じない人はきっといない。現に悠木がそうであるように。

 長たらしい階段を、二人無言で登る。けれど不思議とそこに重苦しさはなかった。

 先程と同じように悠木の息が切れ、体が思うように動かなくなってきた頃。漸く見えた階段の終わりに思わず安心する。今回無理にでもと踏み切ったのは、確かに心理的要因が一番だが、もうこの階段を登りたくないという気持ちも少しは間違いなくあっただろう。


「……、ごめん、ちょっと……きゅう、けい」

「分かってるって。っつうか、ユウキは本当に体力ないなー」


 少し前までの暗い雰囲気は何処かへと飛んで行ったかのように、二人は振舞う。茶化すように言うシヴァだったが、そのシヴァも平気そうな顔はしているが息は切れていた。悠木に至っては、突っ込む気力すらないらしい。発した言葉は途切れ途切れであったし、登り切ったと同時にしゃがみこみ、浅い呼吸を繰り返していた。

 暫しそうして二人休憩した後。悠木がゆっくりと立ち上がれば、何方ともなく奥へと足を向ける。かつん、かつん、と嫌に靴音が内部に木霊する。


「……まあ、お二方ともどうされたのですか?」


 開けた場所に出ると同時に、聞こえてくる声。それは間違いなくセラの声で、どこか驚いた様子にも聞こえる。それもそうだろう。シヴァがあんな風に言った後、すぐに戻ってきたのだから。実際シヴァは少し居心地が悪そうに、頬を掻いている。


「えーっと……いや、なんというか。ちょっとやる気を出されたみたいなんで、戻ってきたんですけど……」

「そうでしたか。それはようございました。では、早速演奏を?」

「と、いいたいところなんですが……いや、それは間違ってないんですけど。その前に……その、セラ様に折り入ってお願いがありまして」

「おねがい、ですか……なんでしょう?」


 妙に歯切れの悪いシヴァにセラは不審げな表情になっていく。悠木が変わろうか、と視線を向ければシヴァはそれを感じ取ったのだろう。平気だと言わんばかりに、ゆるく首を振る。そもそも悠木が交渉すれば良いだけの話だったのだが、シヴァはシヴァなりにやはり気を使ってくれているらしい。


「私と一緒に、此処から出て欲しいんです」

「…………、……それはまた、なぜ?」

「心苦しいのですが、諸事情です、としか申し上げられません。ただ、もし聞いていただけないのであれば、この国は――如何なるか、お分かりになりますよね?」


 何処までもシヴァは悠木を気遣う。こちらがむず痒くなる程に。その心は何よりも優しくある癖に悠木の事を思ってか、相手を脅すような言葉を選択する。それが押し付けがましくあれば、苛立ちの一つでも覚えただろう。けれどそうではない。あくまでこれは自分の意思で、自分の言葉で、自分の為に発してると言わんばかりに、いうのだ。

 シヴァという男は、間違いない。とてつもなく出来た男だった。悠木自身、自分がとても矮小であると感じる程に。


「……分かりました。それではシヴァ様に、ついて行きます。ご案内願えますか?」

「勿論です。ですが少し、先に行っておいてください。すぐに追いかけますので」


 少し不服そうな顔をしながらも、頷いたセラはシヴァの言葉に従って先に歩き出す。そうしてセラの背が小さくなった頃。シヴァは悠木の側まで寄り、耳に口元を寄せて囁く。


「なんかあったら、すぐ降りてこい。俺は、お前が思い詰めていなくなってしまうのだけは、嫌だ」

「……ありがとう」

「事実を言ったまでだ。……下で、降りてくるの待ってっから」


 真剣味を帯びた声。この部屋にあの時と同じく、窓はない。硝子や、刃物類なども見当たらなかった。衣服などがあり、縄を作るのには事欠かなそうであったが、然し吊るすところはないし、悠木一人では首を縛る事は出来ないだろう。

 それらが分かっていても、シヴァは悠木が心配で仕方がなかった。だから念には念を、と言わんばかりに言葉を紡ぐ。そうしても結局は悠木をここに一人にする以上、悠木の判断に任せねばならないのは変わらなかったが少しでも抑止力として働いてくれればという願いを込めて。

 悠木が頷いたのを見れば、セラの背を追いかけるように歩き出した。最後に一度、振り返って悠木を見る。まるで大丈夫だと自分に言い聞かせるかのように。

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