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第十三話

 結局強行する事を告げれば、旅の一同は皆頷く。そのままシヴァの計画通り休憩を挟まず、目的地まで走り切った。お陰で日が完全に暮れてしまう前には辿り着き、歓迎を受ける。


「ようこそいらっしゃいました。随分と早いお越しに驚くと同時に、感謝致します。ええと、」

「私がシヴァで、此方がユウキ・クロカワ。救世主様です」

「おおっ、そうでしたか。シヴァ殿も長らくのお務めご苦労様で御座いました。救世主様が現れ、さぞや安心した事でしょう。また召喚を無事成功させた事で、 きっとセルヴァン殿も鼻が高いに違いありません。おまけに救世主様の随行までお務めになられるとは……ご立派です。そんなお二人に、真っ先にこの国に来て 頂けるとは光栄の極み。どうぞごるゆりとお過ごし下さい。特上の物を揃えさせて頂きましたので」


 長ったらしい、おだてる事しかしない男に悠木の機嫌はどんどん急降下していく。それが上辺のものでしかないのが見え透いていたし、なにより悠木とシヴァの願いを聞いて、強行軍に付き合ってくれた馬と御者、シェラを早く休ませてやりたかった。それはシヴァも同じ気持ちのようで、丁寧に対応しながらもその表情は何処か冷え冷えとしている。口調も、外行き用とはいえ少し棘が含まれているように感じられるし、口数も随分と少ない。

 おまけに特上、というその言葉を聞いて二人は一層機嫌を悪くさせた。とりわけ世界情勢に詳しい二人ではないが、それでも悠木はシヴァから、シヴァは別の人から聞いてある程度今どんな状況であるか、把握している。例え今までの生活がどうであれ、流石に如何なものかと思ったのだろう。

 態度も口調も宜しくない。とシヴァに判断された悠木は、此処に来る馬車の中で開口禁止令をシヴァに敷かれていた。元々守る気があってもなくとも、喋る気はなく、シヴァに一任するつもりであったのだけれども――大方それは面倒だから、という理由なのだが――此処ぞとばかりに、悠木は口を挟む。


「余りそういうのに慣れてませんので、出来れば普通でお願いしたいのですが。構いませんか?」


 不機嫌さも、不快感も、全部押し隠す。流石に笑う事は出来なかったけれども、今の悠木の対応は、きっと及第点くらいは貰えるだろう。

 実際出迎えた男はさして気にした様子もなく、違和感も覚えなかったようだ。朗らかに笑って見せながら、謙虚ですな、なんて言っている。


「本日はすでに用意しておりますので、何卒ご容赦を。明日からは救世主様の望みとあらば、なるべくそういたしましょう」

「有難う御座います」


 些か引っ掛かる点がない、といえば嘘になるだろうけれど。然し悠木から見れば、セルヴァンよりも話が通じる相手のように思えた――流石にシヴァ相手には申し訳なく、口に出来る事ではなかったが――

 承諾を貰えたのならば、礼の言葉と共に頭を下げる。それをみてまた男は「いやはや、礼儀正しさも兼ね備えているとは流石救世主様」と満足そうに笑って。人として当然の行いである、と思う悠木から見れば煽られているようにしか感じない。

 然しセルヴァンといい、男といい皆の態度をみていれば、きっとこの世界では救世主という存在である限り、何をしてもこういう扱いなのだろう。そう思わざるを得ない。無論一部――この場合シヴァが該当する――そうでないものもいるとは分かっていても、げんなりしてしまうのは仕方ない事。

 男とのやりとりだけで、ごっそりと残っていた体力を持って行かれた気がする。いっそのこと夕食など食べずに、寝てしまいたい。悠木は本心からそう思ったが、然しそれは許されない事だろう。何故なら男が歓迎する気満々だからだ。此処で逃げ出したとしても、明日には同じ事が待ち構えているかもしれない。或いはシヴァ一人にその全てを押し付けてしまう結果になる。

 適当に食べて早々と切り上げるのが一番か。そう思えば、割り切って男の案内についていく。自然漏れた溜息には、幸い漏らした悠木本人以外、気付くことはなかった。

 少し歩き辿り着いた先は、支柱付近に点在する屋敷。核の周囲にあったものよりも格段に劣るが――そもそもアレは別格なのだろう――それでも、通ってきた街並みに並ぶ家より大きい。今朝方にほんの僅かとはいえ、この世界の情報を耳にし、やはり切迫しているのがこの世界の正しい姿であるのだと思えば、弱肉強食、という言葉が悠木の頭の中に浮かぶ。

 何処の世界でもそうだ。強者が上に君臨し弱者が下に存在する。身を以てそれを体験した事がある、弱者側の人間としてはいたたまれない。かといって今すぐ如何にか出来る事柄でもなければ、幾ら救世主と祭り上げられていたとしても悠木たれど、出来る事など皆無。然しもし出来る事があればするのか、と問われたらその問いにはノーと悠木は答えるだろう。

 だって、積極的に悠木が何かをしたとして。それで如何になるというのだ。強者に勝った気分に酔う事は出来るかもしれないが、然しそれだけ。結局根本的に解決はしないし、何より悠木がこの世界の為に――例え元の世界の現代日本の為であっても――身を粉にして何かをする、という必要性を感じなかった。

 連なる屋敷のうちの一つ。中でも一番立派そうな屋敷に案内されて、やっぱり悠木の眉間には皺が寄る。別段かように祭り上げられている訳ではないので、セルヴァンと対峙した時の不機嫌さは鳴りを潜めているが。然しそれでも悠木としては思うところがあるに違いない。ただ幸いにも玄関に足を踏み入れて、以前のような総出の迎えがなかったのには安心した様子をみせた。あのときは平素通りではなかったから何も感じる事はなくいれたが、今されれば居心地が悪いどころの話ではないと思っていたからだろう。

 毛を使っていない絨毯なのか、ふかふか、というよりは柔らかな感触を足下で感じながら男の案内に大人しくついていく。屋敷に足を運び入れ結構歩いた頃。漸く目的地に辿り着いたのか男が「此処です」と言って部屋の前に立っていた。

 木で出来ていたが、磨かれていてつやがあり、厚みもあって、重厚感がたっぷりとある。男の傍に居た侍女によって開かれた扉の向こうには、白いテーブルクロスで飾られた長方形にやたら長いテーブル。その上には食事には邪魔そうな大きな花瓶――花も綺麗に詰め込まれていて、悠木が花粉症であればきっとキレたに違いない――に食器類が既にセッッティングされていた。部屋の大きさは――とまで考えて、とりあえず無駄に大きく、一般家庭のリビングが二つか三つくらい入りそうなことくらいを確認するだけに留める。それ以上の情報は別に必要としなかったから。


「救世主様は此方に、シヴァ殿は彼方の席をご準備しております」


 男が悠木に座るよう進めた場所は上座。流石に其処に座るのは憚られたが、かといって別に激しく抵抗する程でもない。大人しく勧められるがまま其処に座り、シヴァは悠木からみて右隣の横の椅子に席に腰を下ろす。とはいえ、一人一人の間隔が大分離れて用意されているので、隣とは些か言いのだけれども。

 如何やら男も共に食事を摂るらしく――当たり前と言われたらそうなのかもしれない――シヴァの向かいに腰を落ち着ける。それから少しして、晩餐が始まった。最初は何種類かの野菜のを使ったテリーヌ。野菜の種類事に層になっていて、見た目は虹のようだ。同時にふっくらとした焼きたての白パンも籠に入れられてテーブルの上に置かれた。ジャムは相変わらず種類が多く。バターもたっぷりと用意されている。

 次は同じ皿にパテ、クリームチーズを生ハムでくるんだ物、キッシュ、トマトの中にチーズを入れて表面に焦げ目をつけたものが綺麗に盛られたもの。此処までが前菜で次がポタージュだ。見た目はコーンスープよりも少し色が薄く、口の中に含めばそれがヴィシソワーズであると分かる。呑み終えれば魚料理。

 朝と同じく何の魚であるかは分からなかったが、しっかりと表面に焼き目をつけたそれを、香草の上に置き、二種類のソースが縁を彩っている。肉料理は普通にローストビーフの類いだ。ソースはさっぱりとした味わいで、悪くない。付け合わせの野菜とも合う。

 そこまでをそわそわと、何か話したそうにしている男を放置し、会話も挟む事なく黙々と食べ終わらせた。新しく運ばれてきた食後の紅茶を手にして、初めて悠木が口を開く。


「……それで、何かお話でもあるのですか?」


 別に男の存在が目に入っていなかった訳ではない。悠木もシヴァも食事時は喋らず食べたいというだけで。きっとその辺りが男と二人の間にある違いだろう。悠木からそう問い掛けられた男はびくり、と肩を揺らす。二人を怒らせたか、或いはこのまま放って置かれるのかと感じていたからかもしれない。

 その反応が何処かセルヴァンに通ずるものがあると感じて、思わずそんなに不機嫌そうに見えるのか、と悠木は自問自答した。確かにセルヴァンの時は不機嫌そのものであったから別として、今は至極普通だ。

 不機嫌に見える要素があるのかもしれないが、けれどそれにしても分かりやすい反応をする彼方にも非がある。なんて半ば責任転嫁しながら、悠木は男が話し始めるのを待った。


「いえ、別にお話という程のものではありませんが……お気に召して頂けたかと気になりまして。お二人共、終始無言であらせられましたから、何か問題ではあったのでは、と」

「……大丈夫ですよ。問題なく美味しかったですから、料理は。僕も彼も食事中は喋らない性質なんです」

「左様に御座いましたか。いやはや、知らずとはいえ失礼致しました」


 幾らか皮肉を含ませた悠木の物言いであったが、然し男は気が付かなかったらしい。緊張で固まっていた表情を崩し、ほっと安堵の溜息を漏らしている。

 ちょうど運ばれてきたデザートはチョコレートケーキだった。ただそれは見た目だけで中身は少し違うらしい。テンパリングされたチョコレートが上から掛かっており、中はムースとアイス、それとクリームチーズで三層になっている。アイスはバニラ風味、ムースはいちご味だ。

 話は終わりだと言わんばかりに、くるくると巻かれたチョコの飾りを口の中に放り投げた悠木に代わり、今度はシヴァが口を開く。まだデザートには手を付けていない。


「ところで聞きたい事があるんですが、構いませんか?」

「ええ、私に答えられる限りでしたら何なりと」

「参の国の奏者にお会いしたいのです。今日会えるかと思っていたのですが、この席にもお姿が見えなかったので、気になって」

「……嗚呼、奏者ですか。構いませんが、一体また、如何して……救世主様がいらっしゃった以上、もう不要でしょう、アレは」


 訝しげに言う男の言葉は余りにも酷かった。同じ奏者であったシヴァに対しては、例え悠木のついでであってもこの待遇だというのに。これに怒ったのは悠木ではなくシヴァだった。

 がん、と派手な音が部屋の中に響く。シヴァが握り拳で机を叩いた音。何となく男の言葉を聞いて、予想が出来ていた悠木は別段驚いた様子もなくデザートを黙々と食べている。対し男は目を白黒とさせていた。何故シヴァがそういった行動に出たか分からないっといった風に。


「私は、この国の奏者がどんな方か知りません。ですが、今までこの国の為に力を尽くしてくれていた人に対する態度にしては、あんまりではないですか。同じ奏者であったものとして、あなたのその言葉は聞き捨てなりません」


 完全にシヴァの目が座っていた。元より正義感が強いのか、或いは含むところがあるからかは悠木には分からないが。然し見ず知らずの悠木を助け、これだけ尽くすシヴァの反応としてはある種当然とも言えるだろう。

 何にしても結局、セルヴァンと本質の所は変わらないらしい。改めてその事を感じ、腐ってるな、と思ったが決して悠木はその言葉を口にはしなかった。都合良くシヴァに黙っているよう約束させられた事を、思い出したからである。火に油を注ぐつもりがなかったとも言えた。


「ですがシヴァ殿。結局奏者と言えども、代理にしか過ぎません。それはこの国の奏者だけに限らず各国、そしてシヴァ殿。あなたもです」

「ええ、十分その事は承知してますよ。ですが私が言ってるのはそういうことではなく、私たちは消耗品なんかではない。人間なんです。救世主がきたからといって、その功績までないものとして扱うのは、どうかという事を言ってるんですが?」

「……ははっ、いや何を言われるのかと思いましたら。奏者なんて言っていますが、結局出来る事なんてほんの少し我らより多いだけではないですか。救世主様の足元にも及ばない、それなのにそんな偉そうな事が言えるとは驚きですなぁ。救世主様の随行として選ばれたから、少し思い上がってる――」

「あー、うん。ちょっと煩いから黙っててくれる? せっかく美味しいデザートがとっても台無しだから」


 さくり。最後の一口をフォークに刺しながら、不快ですと言わんばかりの声で悠木はいった。火に油を注ぐつもりがなくとも、どうやら聞き捨てならなかったらしい。或るいはただ、不愉快になっただけという可能性もあるけれど。

 奏者代理とはこの世界の人にとって、救世主と呼ぶそれと同じような存在である筈。だって少し度合いが違うだけでやる事は同じなのだから。だというのに、この男はそれを全く理解していない。救世主と呼ばれている悠木を出迎えられるのだ。きっとそこそこの地位にあるのだろう。

 この世界の力関係は一切悠木の知る所ではなかったが、上の人間がそんな当たり前の事が分からないというのはかなり問題のように思える。無論悠木の関知するところではなかったが、話を聞いていれば以前予想した”奏者の待遇は良い”というそれは、間違いなく外れのように感じられた。

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