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あの曲がり角まで

作者: 桜田桂馬

ルームミラーを

ちらり観ながら

私は四つ角を曲がる


毎朝のことだ

今さっきまで

一緒にいた彼女


別れ際に

見つめ合い

抱擁し


行って来ます

行ってらっしゃい

と微笑んで

毎朝出勤する


隣近所の窓からも

見えているのも

気にせずに

外で大きく手を振る彼女


豆粒ほどに見えるまで

私が四つ角に消えるまで

懸命に手を振る彼女




事前に写真も見ないで

彼女に初めて会ったのは

鵜飼の名所長良川の

老舗のホテルのロビーだった


彼女は姉と共にいた

挨拶だけ三人でして

彼女と二人で外に出た


喫茶店に入ったら

古めかしい店の窓際は

赤や黄色や紫の景色を

ガラステーブルに映していた


何から話していいのやら

何を聴いていいのやら

事前に考えておくべきだった


やたらと喉が渇き

水ばかり飲んでいた


いつもは聞こえる街の喧騒が

聞こえず水ばかり飲んでいた


コーヒーが運ばれる

目の前に二つ並ぶ

砂糖の入れ物の蓋を開け

いくつ?って聞いてみた


ブラックで大丈夫

いつも砂糖は入れません

私は自分のコーヒーに

砂糖を入れるのを躊躇って

また水を飲んだ


話題に困り

やたらに喉が渇く


七つも年下の

まるで子供じゃないか

と思っても

喉の渇きで水を飲む


コーヒーもブラックで

味も分からず飲んでいた


話は一生懸命したつもりなのに

なんにも覚えていなかった

英語と映画が好きだって

それだけ聴いたようだった


突然彼女がクスクス笑う

その水、私のじゃありませんか?

慌てて半分、水残し

彼女にコップを差し出した


戻ったコップを手にとって

残った水を飲む彼女

思わず、二人で大笑い


コートの襟を立てながら

二人で歩いた柳ケ瀬通り

いつしか腕を組んでいた


彼女からのワンコール

それを合図に毎晩電話

笑い話をかき集め

話題作りに忙しかった


会って三度で決めたって

後で彼女が教えてくれた

会う前から決めてた僕だって

決して彼女に言わなかった


写真の無い履歴書見て驚いた

彼女の名前、同じだった

中2の彼女と同じだった

話しすら出来ない初恋だった


同じ名前が運命と

勝手に決め込み

これで決まりだと

思いこんだ


けれどホントに

いいのかと

迷いは後から後から

湧き上がる


彼女の職場を探し当て

名札と背丈で探し出す

そんなに彼女は高かった

僕もそこそこ高かった


次の週の日曜日

両親連れて見に行った

彼女を見せに連れてった


ホテルで会ったあの時は

僕にとって三度目の

彼女を見た

晴れた日だった



あれから随分日が経った

子供も独立、二人きり

小さな家は大きく見える


そんな彼女が突然倒れ

生死の境を味わった

あの時あのまま死んでたならば

朝が別れの最後だった


毎日毎日

減りゆくは

二人で過ごせる限られた

神様のみぞ知る時間


祈りを込めて

毎朝別れるこの時刻


ルームミラーを

ちらり観て

私は曲がる

この四つ角を


これが最後の別れでも

悔いが残りはしませんように

毎日毎朝

別れゆく

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