四輪 文屋
四輪目、咲きました
文……文屋
闇が外を覆い、静寂が人里を包む頃、妖怪の山の中腹の一軒から揺らめく光が零れていた。四畳半は紙で足の踏み場はなく、家の主は土間に追われていた。柱に掛かる河童の試作だと言う絡繰りは子二つ過ぎを示している。後一刻と少しで山は低級共でざわめき始めるだろう。月影ははっきりしていないから、少しは大人しいだろうか。
「……里長の話がここで、稔子さんの話がこっちで……あ、だめだ。……この見出しを……あれ?」
華奢な手足を暖める火桶のそれは、間もなく炭が尽きるが気が付かれそうにない。少しして灯台の油皿が空になり、芯が燃えてしまう。
「あ、油、油。……見えない。……こっち? 痛」
灯火に心許ないかどうかと言う以前に芯が燃え尽きてしまう。霞む月は灯りに役立たない。油を取りに立ち上がるも、方向が分からず何かに膝下を打つ。
「……妖力って灯りになる?」
少し悶え、落ち着いた頭で考える。右手に集めて球を作ると、輪郭はぼんやりしてるが十分足下を照らしている。文の顔はどこか自慢気だ。その光を頼りに辺りを見回すと、火桶が仕事を放棄しているのをに気付く。
「……火熾こさないと」
まずは瓶から油を掬い、没にした書き掛けの紙を紙撚りにする。どうにか火を点ければ橙色に空間が浮かび上がった。火桶の灰を火箸で適当に均して、また没にした紙で作った紙撚りを置き、その上に小さく砕いた炭を載せる。何度目かの燧で紙撚りに火花が落ち炎が上がった。暫くして炭に火が移る。
「配置は……これで良いか。版の枠、……あぁ、あった。それで原稿は……」
置いておいたはずの場所に完成原稿はなかった。踏み場のない畳の上にでもあるのかも知れない。いや、埋まっているのだろう。
「……片付け、しなきゃ」
更けた夜、後は明けるばかり。時を刻むのは原稿作りで犠牲になった紙の擦れる音。既に乾いたそれらは束ねて薪と同じ場所に纏める。どうしてか完成原稿は一番下に埋もれていた。
換気の為に窓を開放すれば黙って冷気が侵入し、文章の推敲と割り付けで悩んでどんより重くしてしまった空気拐っていく。気が引き締まった所で窓を閉めたのと、絡繰りが人知れずに無言で丑一つを報せるのはほぼ同時の事だった。
「……湯槽空っぽだ」
窓を閉めた手が墨で汚れているのに気付く。しかしそれを洗い流すための湯は湯槽を満たしていない。
「むむむ……」
どうしようかと考え。直ぐに浮かんだ選択肢は二つ。湯に浸かり寝てしまうか、取り敢えず文選までしてしまうか。どちらも時間が掛かる。それに、比べれば文選はまだしも、こんな時間から疲れた身体に鞭を打ってまで沸かすのは応える。
「……」
いや、そもそもどうして夜更かしまでして作ってるのだろうか。そう思い始めた。原因は明確である。あの可愛い顔した無邪気な少女のお願いに乗っかって不思議な少女がお願いをしてきたからだ。別に編集は二日で終わる事が殆どだが、それも絶対なはずがある訳はなくて三日以上の掛かるのも珍しくもない。
約束は日付も変わったのでもう明後日で、昨日は人里の秋祭りから帰宅後、直ぐに文花帖から稿を起こし始めた。いつもなら翌朝から始めるのを前倒ししたのだ。何故ならば紫色の圧を感じていた為である。遅れない様に何て口で伝えれば簡単に済むのに、紫さんはよく分からない。
そうだ。よく分からないのだから、そんな物をいつまで考えていたって意味がない。寝れば勝手に整理されて頭のもやもやが消えているはずだ。仕方ないので鉄瓶でも使って湯を沸かし身体を拭いて眠ってしまおう。文選手前までどうにか終わらせたのだから、十分余裕を持って明後日を迎えられるはずだ。
「……えっと、鉄瓶はどこ?」
あるのは確かなのだが、長く使っていない為に所在不明となっているので、まずは探す事から。休息はまだ遠い。