三輪 秋祭り
三輪目、咲きました
文………黒い少女
紫………紫い少女
八代目…紅い少女
子供の仕事と言えば、水汲みや親の横で見様見真似で畑の手伝い。他にあるとすれば精一杯遊ぶ事だけだ。
秋祭りの今日、子供が任されたのは会場作り。あちこちで燥ぎながら身体に合わない竹箒を動かし石を退け、子二人でやっと持てる様な筵を何枚も敷く。他には力のある少年達が集められた。場所は広場の端の米蔵で、杵を持ち臼に向かい、新米から籾殻を除く事だけに集中している。その周辺は落ち着いた掛け声と鈍い衝突音だけが響いた。
広場中央では男衆が慣れた手付きで祭壇を組み、同時に舞台とそれ以外の境目を定めた。仕上げとして祭具を並べれば、広場の準備が終わる。
店の並ぶ通りでは、傾き始めた日を追いかけていた竈の煙は段々と減ってきていた。あちこちから車が出され広場に向かって行く。荷台に載るのは今年の収穫で作られた大量の料理で、酒屋からは今日為に寝かしていた酒樽が幾つも運び出された。大人も子供も旨そうな匂いに腹を鳴らし、料理と酒の味を思い浮かべる。もう半刻もしないで日は暮れ、篝火が灯されるだろう。
「文ちゃん、今日も助かったわ。ありがとね」
「……どう致しまして」
「そら、あれもそれも食っていいぞ!」
「……ありがと。美味しそう」
「そりゃ旨いからな!」
里の店に配られたのは新米だけでなく、麦や豆類等も配られていた。特に茶屋には小豆、隠元豆や大角豆が優先的に配分されて、餡の使われた菓子の数々が子供の笑顔に変わっていく。祭りで最初から最後まで甘い物で過ごすのも嫌いではないが他の物も食べたかったので、一つ食べると一人で回る旨を伝えて離れた。
お強の蒸籠は山と新米の匂いを散蒔く米屋。狩猟の成果を掲げる肉屋は牡丹鍋を始め、屠殺して程好く熟成した肉で作る桜鍋も振る舞う。山菜の収集に精を出した集まりは、胡麻の芳しい中で天麩羅を作りあげる。乾物屋を覗けば、一息出来る澄んだ汁物が配られていた。
「……貰い過ぎた。ん?」
ご満悦した彼女の目に留まったのは静かな一角だった。並べられた小さな物達は近付けば御守りや御札の類いだと分かる。店にいたのは、店番であろう紅白の装束に包まれた少女と、店番ではない事が明らかな紫の少女だった。
「ひぁ! い、いらっしゃいませ!」
「あら、いらっしゃい」
「……紫さんに、博麗さん? 今って巫女いたの?」
「取材じゃないの? 仕事じゃない時の貴女と話すのは疲れるわ。待つのは嫌いよ?」
「……閑古鳥が鳴いてる」
「す、すみません!」
「貴女の所為じゃないし、謝る事でもないわ」
「……」
容姿も態度も大変可愛らしい二人が目前にいるのだから嬉しいはずだ。嬉しいはずなのだ。だがしかし、それよりも面倒臭さが前に出てくるのは何故だろうか。考えた結果、紫の教えが悪いのだろうと仮定する。
文を見上げて、興味と恐怖の混ざった顔をしながら紅白は質問をした。
「と、ところでこの黒いお姉さんは誰何ですか?」
「……射命丸文です」
「悪い烏よ」
「文は悪い子なの?」
「……違う」
物凄い純粋で、悪い影響を受けやすいと見た。やっぱり紫の所為ではないかと考える。
それはそれとして、聞き直せば紅白は八代目博麗の巫女と自己紹介してくれた。まだ出会って間もないが親しくなれた様で、三人目の友達だと、八代目は満面の笑みで文に言う。三人とは、紫、藍、文だった。八年前、赤ん坊の時紫に拾われてからずっと神社で過ごしているらしい。最近は修業詰めで、今日は息抜きだと聞いた。
「……それで、どうしてこんな見付けられにくい場所でやってるの?」
「ほら紫! やっぱりこんな場所じゃお客さん来ないよ!」
「それで人が来る場所でやったら、貴女上がって何も出来ないでしょう?」
「う、それは……」
「……全く人と交流がないみたいだけど、重症だと思う」
後悔なんて言葉とはそんなに縁の無い彼女だったが、思った事が出てしまい紫の出方をみる。
「だから治療に連れて来ているのよ」
「……そうでしたか」
特に気に障っていなかった様だ。逃げに余計な体力を使わずに済んだと良い方で捉える事にする。
「あぁ、今度神社に取材にでも来なさい。人里がこの子の事を知れば仕事の依頼が来るわ。そうすれば自然に交流が増えるわ」
「……分かった。何時が良い?」
「私はいつでも大丈夫です!」
暗に友達が遊びに来ると言ってると八代目は思い、どう歓迎をするか考え始める。
「明日明後日は文作ったり刷ったりで忙しいのよね?」
「……何で知ってるの?」
「じゃあ決まり! 明々後日だね!」
明々後日の予定が決まると、広場の方から太鼓と笛が聞こえてきた。どうやら祭りも終わりに近付き、皆で踊り始めた様だ。
「もう人は来なそうね。さあ、片付けて帰るわよ」
「一つも売れなかったね……」
食べ物が配られ始めた頃から数えて一刻は経っているだろう。その間、並んだ物は並んだまま。
文は懐から蝦蟇口を取り出した。調子を替える事もなく言う。
「……行く道の障害を除ける物、ある?」
一輪花が咲いたと言う。