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東方小神薔  作者: 菟々
一束 古き友の消失
2/7

二輪 黄金色の山

二輪目、咲きました


文……五百年来の新入り

 干されていた最後の稲が無くなり田の賑わいが消え、畑を見れば多年草の類いを残して片付けが済んでいた。秋晴れが続く空の下、普段より勢いのない川が黙って南下して行く。

 人里の西、門の広場に敷かれた何枚もの筵の上に、男衆が運んできた穂付きの稲が広げられた。周りで待っていた女子供は叩き棒を握り直して脱穀を始める。今年の実りは良い様で、大きく弾ける粒の音を聞いた子供は新米の味を思い浮かべて手が止まり、母親から注意を受けるが効果はない。

 そんな秋の田舎の上空に浮かんでいたのは一人の烏天狗、文だった。


「……えっと、実りは上々で過去十年で一番。秋祭りが楽しみと作業を手伝う秋穣子氏は語った。っと」


 彼女の手に収まる物は自身で数日前に綴じたばかりの文花帖で、真新しい萌葱の表紙で紙を挟んでいる。仕上げにと拘りで焚いてみた香の薫りははっきりと辺りを染めていて、その所為か新しい記事を書き留める筆は軽やかに進でいた。

 浮かんだ文章を綴り終え、飛行時の風で中身が傷まない様に文花帖を紐で留める。一度空を仰いで降下し、左袖に留めてある取材中の腕章を外しながら人里の南門に降りる。目指すのはすぐそこ、お気に入りの茶屋だ。



「……人里は長閑かで羨ましい」



 店の前で立ち止まると背後から何か視線を感じた。振り返って見えるのは通りの向かいの蕎麦屋と、その屋根の向こうに霞んで浮かぶ妖怪の山。


「……見られてる」


 仰視しても凝視せず、自然に見上げただけと言う振りをして蕎麦屋に視線を落とす。軒下の萎み始めている朝顔の横、入り口に今日は暖簾が掛かっていない。きっと店の主も田の片付けに出払っているのだろう。通りを見れば同じ様な理由で人気の少ない店が並んでいる。しかし蕎麦を食べに来た訳ではない。

 茶屋の入り口には抹茶色の暖簾が揺れている。村が一つになっているそんな日に、茶屋の主は何をしているかと言うと、幾つかの飯屋と一緒に仕出しを行っているのだ。秋の田畑で働く彼らの為に昼餉の準備をし、子供には甘味を用意する。早朝から竈の火が途絶える事はなく、店の者が休めるのもまだまだ先だろう。


「……こんにちは」


「おぉ、文屋か! らっしゃい!」


「文ちゃん、いらっしゃい。今日はお茶とお饅頭しかやってないけどどうする?」


「……お饅頭一つとお茶お願い」


「ちょっと待っててね。お父さん、お饅頭一つとお茶ですよ」


「あいよ!」


 まだまだ威勢のある老旦那と物腰の柔らかいお上が店を継いだのは二十年も前の話で、当時から夫婦で作る温かい雰囲気は暖かかった。その時の文は、天狗からも山からも余所者だと心を開いて貰えず独りとなっていた事もあって、羨ましくも感じたのだろう。偶然店を訪れた結果、五百年近くの間淋しく過ごした彼女は、口下手で難航したものの二人と友になれた。幻想郷で初めての友人だったから余計そう感じているのかも知れない。二人が厨に入り暫くして、お上が出てきた。


「はい、お待ち遠様。ゆっくりしていって」


「……ありがと。食べたら運ぶの手伝う」


「本当? 助かるわ。それじゃあ四半刻もしない位に西の広場に持っていくから、その車を牽いてくれる?」


「……分かった」


 運ばれてきた湯呑みには、湯気が立ち旨そうに濁る水面に茶柱が立っていた。甘い饅頭に茶のほろ苦さが丁度良く合う。一つではなく二つ頼めば良かったなんて、空っぽの器の余韻が残る。

 物足りなさは手伝いの後に解消する事にして、先程まで書いていた文花帖を捲る。穣子様との遣り取りの他、最近任されている仕事に関係する話で何枚も埋まっていた。筆跡が稍歪なのは、質問する相手が上司だったり上司の上司だったりしたからだろう。


「そろそろ行くから、お父さんと一緒にお店から運び出してくれる?」


「運ぶぞぉ、文屋ぁ!」


 お饅頭以外に湯呑みをあるだけ持っていくらしく、どの箱も重そうな物ばかりだった。


「……気を付けてね」


「無理しなけりゃ問題ないさ!」


 彼が二箱持つ横で、文は四箱を簡単に抱える。運び出しも直ぐに終わり、二人の準備を待って出発した。村の端から端までですら十町程しかないのだから、のんびり歩いても大抵の場所はそんなに掛からずに到着する。しかしその短い間ずっと、彼女の背中はちくちく刺さる視線を感じていた。

 広場に入ると丁度休憩が始まったのか、道具をそこらに放り出して子供が集まる。その中をどうにか進み、他の店が既に集まっていた所に移動して、お饅頭とお茶とを配り始めた。


「隣から握り飯貰ったぞ」


「じゃあ私達の分のお茶を淹れますね」


「……」


「どうかしたの?」


「……何でもない」


 お上さんは、いつもの大人しさを越えて黙り込んでいた文を不思議に思い尋ねた。何もないと応えても、心ここに在らず。鋭さのある目が冷たくなっていく。


「……何でもないから、心配しないで。それよりも甘い物が欲しい」


「そうね。今は甘い物で悩みは忘れてなさい」


 食べて話せば吹く風も次第に柔らかくなり、日は静かに傾いていった。三人は既に片付けを終えて今は他の人の作業風景を眺めているだけである。時間は着実に藁の山を増やし、俵が増えていった。数日続いた脱穀も終わりに近付き、子供はそわそわし始める。終われば明日は仕事がなく、夜には待ちに待った秋祭りが行われるのだ。


「……人里は長閑か」


「そう? 賑やかじゃない?」


「明日は祭りでどんちゃん騒ぎだぞ? 元気一杯じゃないかぁ」


「……山が騒がしくなってる。気を付けて」


「大丈夫なの?」


「……うん」


「文屋が大丈夫と言うなら大丈夫なんだろう? 今日は仕舞いだ。帰るぞ」


 伸びた影を引き連れて、三人は茶屋へ帰っていった。


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