一輪 秋の暮れに想う朋
一輪目、咲きました
コガミ……幻想の起源
紫…………幻想の中心
萃香………幻想の集成
幻想郷。それは人間に忘れられ始めた、人成らざる類いの集う箱庭。それは時間の流れを彼方に置いてきた夢幻の園。それは古より伝わる伝承のみに縛られる想いの里。
「本当綺麗で、残酷ね」
「紫ちゃんが望んだ結果ですよ?」
「分かっているつもりよ」
本来であれば決して馴れ合う事等出来る訳のない人間と妖怪。畏怖その他の念を人間から得られ無ければ存在を保てない妖怪。群れてやっとか僅かにだけしか妖怪に対抗できない人間。幻想郷の最も多い種と最も弱いの種の関わり方は、必要か不必要で反発し、引き合う事は殆どないのだ。
比べて他多数を占める妖精や神は、自然や信仰や憧憬があればそこにあり続ける事が出来る。彼らの行動は、偶に暴れたり理解が出来ない物以外は基本的に利益衆生がある。必要と必要でもないがあるなら得たい。そんな曖昧な関係を作っている。
「……ねぇ、コガミ」
「何です?」
「理想を押し付けてはいけないのかしら」
妖怪や他の人成らざる物達。そのどちらも人間に依存をしている存在であるが、在り方が違う。均衡と調和を求めて行う妥協も圧政も、転び過ぎれば簡単に破綻する。
「夢があると言ってきた時に言いましたよ? 外でも見て下さい。共存ならまだしも、共生が難しい事は火を見るより明らかです。それでもやってやるとワに言ったのは紫ちゃんです」
「……でも、鬼が」
そう呟くと、紫は抱えた膝に顔を乗せて黙り込んだ。覇気のない目で遠くを見る。
暮れ泥む酉の晩秋の空の下、二人の右手に見える広がる田園の姿は六十年過ぎても変わらず、これからも変る事はないだろう。落葉が間も無く終わる時分、山の上で日を浴びる博麗神社の境内は淋しく凩も吹く。二つの影は少し塗装が剥げた鳥居の上に座ったまま、星々の影に隠れるまで時間だけが経過していった。
「やっぱり朔の日は良いですね。月が星の邪魔をしませんから良い肴になります」
「……どこから出したのよ。一人で酌をするなんて可愛そうだわ」
「羨ましそうに言っても何も感じませんし、何も出しませんよ?」
そう続けて見せ付ける様にぐい呑みを呷る。
「別に羨ましくないわ」
「手の酒を追い掛けながらでは、説得力が無いですね。あぁ、手が空いてるならお酌して下さいよ。可愛い娘に注いで貰えば旨くなる物です」
「どうしてそんな言葉が自然に出るのかしらね? そんな調子の良い言葉。……この女誑し」
先程から体勢は全く変わっていないが、それでも紫の纏う雰囲気は暗くはなくなった。
澄んだ夜空に輝く星達と、薄く儚い天の河。遥か離れた記憶から送られる、星影の生み親はもういないかもしれない。枯れ葉の匂いを吸った冷風が二人の髪を揺らす。
「私にも頂戴。そうしたらお酌位するわ」
「嬉しいですね。……それでは、前途多難に挑む紫ちゃんの勇気に」
「……恥ずかしいからそれ」
「それは失礼しましたね」
そうですか。なんて、淡々と口を動かすのみである。
どれだけ酌み交わしただろうか。宵も疾うに過ぎ、後は更けるばかり。気が付けば星も歩き、影は幾千も消え、幾千も現れた。丑三つになれば草木は眠り、聞こえてくるのは人成らざる物の声か。
「話し過ぎた気がするわ」
「お寝むですか」
「言い方。……いつになったら私は大人扱いされるのかしら?」
「紫ちゃんは紫ちゃんですよ。子供扱いも大人扱いもしてません」
酒の所為で上気している頬を膨らませ抗議する紫。そんな紫の頭へと自然に手が伸びるコガミ。
「……だって、ワにしか甘えられないでしょう?」
「……うるさい」
「まあ、てゐもなんですけどね」
「ねぇそれ今言う事?」
「今更でしょう?」
「……私だけ見てよ」
本心かも知れない。冗談かも知れない。唯一言、口にしてみただけかも知れない。見詰める先は夜空の果て。
「難しいと言うか無理ですね」
「やっぱりそうよね。貴女は貴女、恐ろしい程の博愛だわ」
「そうですか? ワにも嫌いも好きもありますよ? そろそろお気に入りを連れてくるつもりですし」
「……空っぽじゃない。注いで上げるから出しなさい」
「ありがとうございます」
無理はあった。強制的に話題を変え、好悪の話題から変え、話題を鬼についてに変える。ああでもなく、こうでもなく、解決策は浮かばないから相談。妥協に妥協を重ねる甘過ぎる処置を考えて捻り出さなければいけない。
熱くなる頭を冷やす風は、後幾夜で雪を運んでくるだろうか。しかし今連れてきた者は白くも冷たくもなかった。
「何だい? 暗い顔して呑むなんて、酒が不味くなっちまうじゃないさ。まだあるならアタシにもお呉れよ。呑み方ってもんを教えてやる」
「萃香じゃないの」
「何かご用ですかね、萃香ちゃん」
「なぁに、大した事じゃないさ。唯、母樣から伝言を預かってきただけで、他意はないよ。まあ酒は欲しいけどね」
後ろから現れた萃香は堂々と二人の間に座ろうとする。だがそれは紫の顔が一瞬曇った事に気付いたので、間ではなくコガミの隣に、詰まりは紫とでコガミを挟む様に腰を落ち着かせた。
「邪魔をしないで欲しかったなら言っておくれよ。素直じゃないさね。今アタシは酒が呑めればいいんだから」
「な、何を言ってるのかしら?」
「まあ伝言を伝えたら消えるさ。それまで我慢しておくれよ。……手元の酒は十分かい? それじゃあ聞いてくれ。鬼のぽっかり空いちまったぁ心の隙間って奴を」