『放課後の欲情』
キスをするときの礼儀として目は閉じるべきだ。
そう思いながらも、震える彼女の睫毛が見たくて僕は目を閉じることができない。
校庭から運動部の威勢の良いかけ声がする。
吹奏楽部の奏でる緩やかで派手やかな音色や、時折聞こえる先生の怒鳴り声、廊下を歩く生徒の足音、それらの音全てが遠い。
窓から差し込む夕日、二人だけの教室。
なんてベタなシチュエーションだろうか。
鼓膜にダイレクトに響くのは、濡れたリップ音と不恰好な息遣いだ。
どうしようもなく、甘い。
彼女は肩を強張らせ、目元を僅かに赤くした。
僕を見ないように必死に視線を彷徨わせる。
初心な女の子ってどうしてこんなに可愛いんだろう……
いや、彼女だからこんなに可愛いのか……うん、きっとそうだ。
一人で納得しながら、僕は彼女の湿った唇を見つめた。
リップクリームをあまり好まない彼女の唇は乾燥し、カサカサだった。
それでも少し唾液で湿らせただけで、今は赤く色づいている。
なんておいしそうな唇だろう。
苺のようだ、と言ったらくさすぎるかもしれない。
誰にも見せたくない。
愛しさと切なさと、独占欲で、僕はくしゃくしゃの心のまま彼女にもう一度キスをした。
やっぱり目は閉じずに。
彼女の震える睫毛を見つめたまま、僕は彼女を引き寄せる。
睫毛がふるふる震えて、きらりと光った。
窓から差し込む夕日に照らされ、それはダイヤモンドのようだった。
ああ、なんてベタでくさくて、陳腐な放課後だろう。
「タカヤ君……!」
咎めるように彼女が胸を叩く。
いつ見回りが来るかと彼女は脅えているのだろう。
睨んでくる姿も可愛い……
ああ、ヤバイ。
重症だ。末期だ。
もう、死んだ。
「好きだよ、ユキ」
君のせいで胸が破裂しそうです。