第五章 「辿り着いた場所」
時刻は午後7時を回ったあたり。
夕飯を食べ終わったとき、突然葉月に呼び止められた。
「ちょっと話があるのですが、いいですか?」
「話?」
「ええ、出来れば外の方がいいですね。」
「今からか?」
「はい。・・・大丈夫ですよ、奏にはお兄様がついていますから」
俺の懸念を察したのか、先にそう答える葉月。
「わかった」
そして俺達は夜の散歩に出かけた。
[Seiichi Side]
「・・・行ったか」
俺は葉月たちが出ていったのを見届けると、傍にいる奏の方を見た。
「奏、葉月には話したんだな」
俺が唐突に話を切り出すと、奏は驚いたような顔で「な、何で知ってるの?」と動揺の声をあげた。
「翔に聞いたんだ。あの日の夜、何か他におかしなことはなかったのか、ってね」
「そっか。お兄ちゃんが・・・」
そう言った奏の表情は途端に曇り始めた。
「・・・あのな、奏。昔な、ちょうどあいつが高校入学したての頃、聞いたことがあるんだ。お前、好きな奴とかいねーの? ってな」
「えっ?」
「なあ、翔。お前、好きな奴とかいねーの?」
「なんだよ、唐突に」
「いやさ、俺らってずっと一緒だったじゃねーか。そのわりには3人とも浮いた話を聞かねーなって思ってさ」
「それはお前もだろ?」
「ん、まあそうなんだけどさ」
「俺はさ、これから先も家族と・・・奏と一緒に暮らしたいって思ってんだ。・・・ってなんだよそのこいつやべぇ的な視線は! そういうのじゃねーって! ただ俺は、奏といるときが1番楽しいから・・・ってだからその視線やめろよ! 別に疚しい意味で言ってんじゃねえよ! ああもう、この話おしまい! 教室にもどるぞ」
「お兄ちゃんが、そんなことを?」
俺の話を聞き終わった後、奏はしばらくの間、下を向いて黙っていた。だからどんな表情をしてるのかはわからなかったが、唐突に顔をあげた奏は、俺の目を真っ直ぐ見てきた。
(・・・いい表情だ。昔とはもう違う、ということか。翔も、奏も。
俺もいい加減、認識を改めないといけないな)
「征ちゃん。私を、2人のところへ連れて行って!」
[Seiichi Side END]
「ほら、フォンタグレープ」
「ありがとう。翔君は?」
「オレンジ」
「昔から好きですよね、それ」
「お互い様だろ?」
「ですね」
俺達は道端の自販機でお気に入りのジュースを買って、また夜の道を歩き始める。
ここまで葉月は、龍二がいつも通りバカやってるとか、ちよちゃんの武勇伝とか、普通の世間話のようなことばかり話してきた。
・・・葉月の話には予想がついている。だからこそ俺は、葉月が話してくるのを待っていた。
ややあって、
「・・・奏から聞きました。奏の様子が急変した、あの夜のこと」
「・・・・・・」
「私が言うのはルール違反なんですけど・・・奏は、翔君に恋をしています。それが、発端なんだと思いました」
「・・・・・・」
「私達は家族よりも長い時間、一緒に過ごしてきました。奏は小さな頃から、翔君のことが大好きでした。しかしその感情が先日、恋にまで昇華してしまいました。つまり、」
「つまり・・・兄妹だから、ということで葛藤していた感情が、熱のせいで爆発した。・・・ということか?」
「・・・それもありますが、それだけじゃないんです」
・・・だと思った。奏が俺を好きなのは、あの夜に・・・いや、もっと前から薄々気づいていた。だけど、それだけであんな状態になるなんて思ってない。だからこそ俺は、わからなかったんだ。
「・・・奏は、恐れていたんですよ」
恐れていた?
「俺に、拒絶されるのをか?」
「いいえ、違います。奏は、翔君がもし他の人と付き合い始めたりしたら、自分はお兄ちゃんと一緒にいられなくなるんじゃないかって」
「!!」
「私ね・・・恐いの」
「恐い?」
「うん。お兄ちゃんが、他の人を好きになって、付き合い始めたとしたら、私はお兄ちゃんと一緒に居られなくなるんじゃないかって」
「その不安から熱も相まって、奏はひどい孤独感に襲われたんだと思います」
「そう、だったのか・・・」
俺はあいつのすぐ傍にいながら、想いに気づいていながら、そんなことも察してやれなかったのか!
俺は拳を強く強く握り締めながら、酷く後悔した。
「・・・仕方ないですよ。私達はあまりにも近くにいすぎたんです。ましてや家族同然に育ってきたのですから、『好き』という感情も当たり前のように思っていました。・・・誰のせいでもないのですよ」
葉月は俺の拳を優しく包み込みながら、子供をあやすように話してくれた。
「だけど、俺は・・・俺は!!」
目から悔しさと後悔の涙が零れてくる。・・・ああ、泣いてるのか、俺。泣いたってもう遅いというのに・・・
「・・・残る話は1つだけですね」
葉月はそう言って足を止める。俺も同じように足を止めた。
いつの間にか俺達は、自然と『白の箱庭』へと辿り着いていた。
「単刀直入に聞きます。翔君は、私の話を聞いて、どうしますか?」
葉月は真っ直ぐ俺の目を見ながら尋ねてきた。瞳の奥から、「逃げの意見は許しませんよ」といった意思が伝わってくる。
(そうだ。泣いたって何にも解決しない。それに俺はまだ、あいつの告白に応えてないじゃないか! 中途半端な気持ちのまま、俺自身に芽生えたこの想いを無視し続けたままで、あいつの想いに応えられるわけないじゃないか!! いい加減に覚悟を決めろよ、柚原翔!!)
俺は葉月の目を、同じように強い意思を宿して見る。
「俺は――――」
[Kanade Side]
「奏、大丈夫か? 無理なら引き返したほうが、」
「ん、平気・・・だよ」
私はうまく笑えてないのを自覚しながらも、隣で支えてくれている征ちゃんに笑顔を向けた。
(やっぱり、怖い・・・)
今は征ちゃんが居てくれるからちょっとは平気だけど、夜の光景は、昔を思い出してしまう。
当時は恐怖とすらわからなかった、あの瞬間の記憶を・・・
(だけど・・・)
私は、今も自分の身体と精神を冒し続けている孤独感を必死に抑え込みながら、箱庭へと歩を進める。
私はどうかしていたんだ。自分の想いが恋だと気づいた瞬間、お兄ちゃんが以前言っていた2人が頭に浮かんで・・・
もしも私じゃない誰かと付き合ってしまったら、私はもう、お兄ちゃんの傍に居られなくなるんじゃないかって・・・
そう思ったら、急に不安になって、苦しくなって、居なくなって欲しくなくて、そのせいで感情をただただ振り回してしまった。
昔にも感じた孤独感。知らず知らずの内に、恋する気持ちの影に、それが生まれていたんだ。
(馬鹿だなあ、私。今までにお兄ちゃんが私を本当の意味で独りにしたことなんてあった?ないでしょ?私のお兄ちゃん、柚原翔は、どんな時でも、私のことを最優先に考えてくれていたじゃない!)
私は一分一秒でも早く、お兄ちゃんに会うために、歩を速める。
(伝えなくちゃ・・・もう一度、自分のホントにホントの気持ちを、お兄ちゃんに!!)
[Kanade Side END]
「俺は・・・奏のことが、好きだ!」
俺は真っ直ぐに目を見て答える。
「以前、この場所であいつの声を聞いてからずっと、心の中で見え隠れしていた気持ち・・・やっとわかったんだ。征に諭されて、お前に教えられて、俺は気づけた。家族としてだけじゃなく、妹としてだけでもなく、奏のことを、1人の女の子として好きなんだって」
葉月は何も言わない。ただ俺の言葉を真剣に聞いている。
「俺はあいつの・・・奏の『家族』になる! 恋人なんてレベルじゃない。あいつのすぐ傍で、あいつをずっと支えていってやる!!」
「・・・その言葉に、偽りはないですね?」
葉月は試すように俺に問う。だから俺は、強い意思を乗せて葉月を見返した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
静寂。
それを破ったのは葉月だった。
「・・・そう、ですか」
「?」
一瞬、葉月の顔が寂しそうに見えた。
だけど、それも束の間。
「お兄ちゃーーーーん!!!」
この声は・・・
「奏!?」
振り返ると、奏が森の入り口からふらつきながらも懸命に走ってきていた。何度も何度も転んでは征に支えられながらも、走るのを止めずに駆け寄ってくる妹の、俺の最愛の女の子の姿がそこにはあった。
「・・・ほら、お迎えが来たみたいですよ」
葉月が俺を後ろから押してくれる。それだけで駆け出すには十分だった。
「お兄ちゃん!お兄ちゃーん!!」
奏が飛び込んできたのを、俺は全身で抱き留める。
「ごめん・・・ごめんな、奏。俺がもっと早く気づいてあげられたら、こんなにお前が苦しむこともなかったのに・・・」
「ううん、違うよ・・・私の心が弱かったから、私が不安に任せて感情をぶつけたりしたから。謝らないといけないのは、私の方だよ」
奏は俺の胸から身体を少し離して、まだ涙の跡が残っている顔で見上げてくる。
「ごめんなさい。それと・・・ありがとう」
「・・・あ」
無邪気な笑顔。
いつも俺達に見せてくれる、あの笑顔。
――――俺の1番、大好きな笑顔
「お兄ちゃ、・・・っん!?」
「・・・・・・」
気づいたら、俺は奏にキスしていた。
奏は一瞬驚いた顔をしたが、何も言わずに目を閉じて、俺に身を預けてきた。
どれくらいそうしていただろう?
1分かもしれないし、ほんの数秒かもしれない。だけど、確かに俺達は存在し、唇を重ねていた。
奏をより近くに感じ、奏の体温も、鼓動も、全てを感じていた。
「奏」
俺は愛しき女の子の名前を呼ぶ。
「・・・伝わったよ。お兄ちゃんの想い、確かに伝わったよ。だけど・・・いいの?私なんかで。病気のこともだけど、妹なんだよ?」
「兄妹で愛し合っちゃいけない法律なんてどこにある!?」
「いや、お兄ちゃん。ここ日本なんだけど」
「・・・・・・」
「え、何で黙るの?」
「いや、冷静に突っ込んで欲しくはなかったかな・・・まぁ、それでこそ奏だな」
俺は苦笑しながらもう一度、奏を真っ直ぐ見る。
「確かに法律上は結婚できないし、兄妹で恋愛なんて許されない。だけどな、好きになっちまったんだ。どうしようもないくらいに、お前のことを大好きになっちまったんだよ!」
「お兄ちゃん・・・」
「だから、これからもずっと、俺の傍にいてくれ。俺の隣で、俺の1番すぐ近くで、一緒に歩いてくれ!」
「お、にい、ちゃん・・・・お兄ちゃん!!」
再び俺に、奏が抱き着いてきた。
「うん、うん!私、歩くよ。お兄ちゃんのすぐ隣で、ずっと一緒に!私も、お兄ちゃんのこと・・・世界で1番、大好きだから!!」
その言葉を聞いた瞬間、弾かれるように、俺達はまた、キスをした。
「もう、治ったみたいだな」
「よかった、本当によかったです!」
タイミングを見計らってか、征と葉月が近寄ってきた。
「うん、もう大丈夫。2人とも、本当に今までごめんね」
「いいえ、謝らないで下さい。私たち、家族じゃないですか」
「家族・・・うん、そうだね!じゃあ・・・ありがとう、お姉ちゃん!」
「ええ」
俺の手を離れ、奏は葉月に抱き着いていった。
そして、入れ代わるように征がやってきた。
「これが、お前の答えか」
「ああ。好きな気持ちを偽ってちゃ、俺達はダメになってしまう。なら、法律や世間体よりも、愛する人を優先するのは当然だろ?」
俺の言葉に驚いたのか、征はしばらく呆然としていた。やがて・・・
「強くなったな、翔」
俺がそうか?と返すと、
「こういうと怒るかもしれんが、お前、昔から俺と葉月にすげぇ甘えてただろ? だけど今回は、助言こそしたが、最後は全部お前自身が決めたじゃないか。こんな決断、もし同じ立場だったら俺には出来なかったかもしれないぜ」
征は俺の胸に拳をかるくぶつけて大声で叫んだ。
「祝福するぜ、翔。しっかり奏を守ってやれ!」
「征・・・ああ、もちろん!」
俺も征の胸に拳を突き返しながら答えた。
「私は、守ってもらってばかりはいやだなあ」
俺達の後ろから、奏と葉月が近寄ってきた。
「もう平気。いつだってお兄ちゃんは、私のことを第一に考えてくれてたんだもん。だから、今度は私の番! 私もお兄ちゃんを守るよ! お姉ちゃんに負けないくらい頼られるように頑張る!!」
「・・・奏」
「どうやら、強くなったのは翔だけじゃないみたいだな」
「そうですね・・・でも、ちょっと寂しいです」
「仕方ないさ。こいつらも、こうやってだんだんと強くなっていくんだ。もちろん、俺達もな」
「・・・はい、お兄様」
「お兄ちゃん、私達これからは二身胴体だよ。お兄ちゃんのことは私が守るよ! だから、お兄ちゃんも、私を守ってね!!」
そう宣言した奏の表情は、今まで見てきたどの笑顔よりも可愛く、そして、輝いて見えた。
次章で『純白のフリージア』は完結の予定です。
最後まで、どうぞこの世界を楽しんでくださいね!!