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第三章 「溢れる想い、そして・・・」


毎日が楽しい。

私が入学してから二ヶ月が経ち、今日もまたお兄ちゃんたちとの楽しい学園生活。

声楽部での練習も、毎日の授業さえも、何もかもが楽しい。

私はこんな楽しい毎日が、ずっと続くと信じていたんだ。


今日、この日までは――――




〔6月17日〕


「本当に大丈夫なのか?」

「ん?全然へーきだよ。さぁ行こうお兄ちゃん。葉ちゃんたち待ってるよ」

早く早くと急かす妹、奏を見ながら思う。

(顔が若干赤い気がするけど・・・あの様子なら大丈夫、かな・・・)

俺は心配しながらも、奏を追い掛けた。



――――それは昨日のこと。

外は大雨。予報がこれほどまでに大きく外れるなんて・・・

「まったくお天気お姉さんは何をやってるんだ」

俺は悪態をつきながら、昇降口に立ちつくしていた。さて、どうしたもんかな・・・

少し考えた後、奏に電話をかけることにした。

「はい、どうしましたの、お兄様?」

・・・・・・ピッ。

そして数秒後に再び着信。

「どうした奏?」

「何で切ったの、お兄ちゃん!?」

「呼び方が微妙だったから」

「そんな理由で!?」

「冗談だって。悪かった」

「うう・・・どうせ私には葉ちゃんみたいな呼び方は似合わないよ・・・」

何か落ち込んでしまったぞ。・・・まあ放っておけば治るでしょ。

「ところで、本当にどしたの?急ぎの用事?」

「いや、そういうわけじゃないんだがな。・・・奏、一緒に帰らないか?」

「えっ?」

何か驚いたような声を出した後、黙り込んでしまったぞ・・・

「いや、無理なら別に・・・」

「すぐ行く!今すぐ行く!!だから待ってて!!!You have to wait for me!!!!」

うおっ!何か凄い勢いで通話が切れたぞ。何なんだ一体・・・


ダダダダァァァァァ――――!!!


「お待たせ、お兄ちゃん!」

「速っ!?」

お前どんだけ急いできたんだよ!オリンピック選手もびっくりの速さ・・・ってわけではないが速えぇ!!


「だってお兄ちゃんから一緒に帰ろうなんて言われたの初めてだったから、何だか嬉しかったんだもん!」

そういえばそうかも。いつも奏から誘ってくるし、部活に入ってない俺は、征の手伝い以外で学校に残ってることなんて滅多にないからなぁ。

「えへへ。お兄ちゃんと相合い傘で帰れるなんて・・・今日は部活が休みで良かったよ!」

「///」

まただ。何か顔まで熱くなってきた。

「・・・ほら、帰るぞ!」

「あ、お兄ちゃん照れてる~。顔赤いよ~。」

奏がからかうように俺の顔を覗き込んでくる。

「~~~い、いいから早く傘出せって!」

「え?お兄ちゃん、持ってないの!?」

「持ってないからお前に電話し・・・ってことは、お前も持ってないのか?」

うん、と奏が頷く。マジかよ・・・

「・・・どうするよ」

「う~ん」

奏がしばらく思案した後、おぉ!と名案とばかりに手を叩いた。

「よーい」

「へ?」

奏は何故かその場にしゃがんで・・・ってクラウチングスタートの構え!?

「どん!」

気づいたときには既に遅し。奏は雨の降る中、走り出していった。

「馬鹿かお前!風邪ひいたらどうすんだよ!?」

「負けたら今日の食事当番代わってね~」

「あぁもう、あの馬鹿が!」

食事当番はどうでもいいが、今のアイツを放っておいたら絶対危ない!

俺も雨の中、奏を追って走り出した。

俺は徐々に近づいてくる奏を見ながら思う。

(あれ?今日って俺の食事当番じゃなかったか?)――――





「てなことがあったわけよ」

教室に入って、葉月にその話しをした。

「何というか・・・馬鹿ですね、2人とも」

「俺もかよ!?」

当然です、と葉月は言う。何か間違いでも?と目が訴えている。・・・納得いかねぇ。

「でも今朝見る限りでは元気でしたし、大丈夫だと思いますよ」

「だと、いいんだがな」

それでも心配になるのは兄貴の性なんだろうか・・・

「その意味では翔君も心配ではあるんですけど・・・大丈夫そうですね。馬鹿は風邪ひかないってことが立証されました」

「どういう意味だよ!」

「はいはいそこー、痴話喧嘩なら家でやってねー。HR始めるよー」

おっと、我らが担任、ちよちゃんのご登場だ。

ちなみに本名は畑中千夜子はたなかちよこだが、生徒からとっても慕われているので、みんなニックネームで呼んでいる。

「今日も可愛いねー、ちよちゃん」

発言元は龍二だった。

「サンキュー双見。だが学校では千夜子先生と呼びなさい」

「おっと、すんません」

いつもの龍二とちよちゃんのやり取りを聞きつつ、みんな席につく。

「さて、連絡事項は特にありません。みんな今日も一日、元気に、ね!委員長、号令」

「起立。礼」

「さよーなら!」

「こら双見!いきなり帰るんじゃない!!」

『あはははは!!!』

クラス中大笑いだった。

さて、今日も一日頑張りますか!




――――トラブルが起きたのは、3時間目が終わった時だった。


「放送します。2年2組柚原翔くん、至急保健室に来てください。繰り返します・・・」

何故か校内放送、しかも保健室に呼び出された。

「奏さんが2時間目の体育で倒れたのよ。今は薬が効いて眠ってるけど、家に帰した方がいいわね。ご両親は・・・今はいないんだったわね。私の車で送ってあげるから、あなたたちは教室に・・・」

「俺も早退します」

俺は間髪入れずに答えた。

「そうですね。翔君も一緒に帰ったほうがいいです。昨日の今日で、馬鹿とはいえ、風邪をひいてないとも限らないですし」

まだ言うか、お前は!



それから、保険の先生の車で送ってもらい、家に帰るなりすぐに奏を部屋へ運んだ。

「ん・・・お兄ちゃん」

「あ、悪い。起こしちまったか?」

「ううん・・・それより、ここは?」

まだぼんやりとしているのか、目が半寝状態だった。

「お前の部屋だよ。ったく、やっぱ調子悪かったんじゃねーか」

「・・・あはは」

そう言って奏はバツ悪そうに笑った。

「お兄ちゃんは平気みたいだね」

「まあな。身体の鍛えかたが違うんだよ」

それを聞いた奏は、少し考えた後、口を開いた。

「・・・馬鹿は風邪をひかない」

お・ま・え・も・か!!

「ちょっ、痛、痛いよお兄ちゃん!頬っぺた引っ張らないでぇぇ!」

おー、結構伸びるなー。

しばらく遊ん・・・もといお仕置きをしてから手を離す。

「うぅ・・・軽い冗談なのに」

奏は涙目になりながらも上目遣いに抗議してくる。・・・うっ、可愛い。また鼓動がはやくなってきやがった。

「ほら、もう寝てろ。傍にいてやるから」

「うん・・・ありがと、お兄ちゃん」

熱のせいか、奏はいつもにもました速さで寝付いてしまった。俺はしばらくの間握っていた奏の手を放して、奏が起きたときの為にお粥を作ることにした。

(おっと、その前に葉月に連絡しとかないと)

俺は携帯を取り出し、葉月にかけた。





[Kanade Side]


夜、お兄ちゃんが作ってくれたお粥を食べている時、葉ちゃんと征ちゃんがお見舞いに来てくれた。2人とも心配の言葉もそこそこに、馬鹿だの馬鹿だの大馬鹿だの・・・人のこと散々罵ってくれちゃってさ。せっかくのお兄ちゃんのお粥が冷めちゃったじゃん!

・・・わかってるんだよ。私を想ってのことだってこと、ちゃんとわかってる。お兄ちゃんにも、面倒かけちゃったし・・・でもどこかでまだ甘えたがっている自分がいる。・・・ううん、違う。昔よりもその気持ちが強くなっている。


(やっぱり私、恋、しちゃったんだ)


午後の授業を早退してまで、私を看病してくれたお兄ちゃん。その途中、何度もお兄ちゃんの手が私の顔に触れた。

ただそれだけのことなのに、触れられるだけで、声を聞くだけで、傍にいるだけで、胸の奥から抑え切れないほどの想いが溢れてくる。こんな気持ち、昔はなかったのに・・・。


(ダメ、また熱が上がってきたみたい・・・)

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」

心に刻み付けるかのように、お兄ちゃんと何度も呼んだ。もう止まらなかった。ただただお兄ちゃんが一重に恋しかった。

私の声が聞こえたのか、お兄ちゃんが部屋に駆け込んできた。

「どうした奏!どこか痛いのか?」

私の手を優しく包みながら、声をかけてくれる。

「お兄ちゃん・・・」

もう限界だった。熱が上がったせいなのか、それとも上がったおかげなのか・・・


私の中に、私自身が無意識にかけていた鍵のすべてが消失した。


「お兄ちゃん!」

朦朧とする意識の中で、何かに取り憑かれたかのように、私はお兄ちゃんの唇に自分の唇を押し付けていた。

驚いているお兄ちゃん。当然だよね。私が、実の妹が、何の脈絡もなくキスしてるんだから。・・・だけど、まだこんなんじゃ足りない。もっともっと、お兄ちゃんを感じ――――

(――――えっ?)

私は違和感を覚えた。確かに私はお兄ちゃんと触れ合っているはず・・・なのに、

「奏、何やってんだ!!」

ようやく反応できるようになったお兄ちゃんは、私の肩を掴んで・・・

(――――えっ?)

また、違和感。お兄ちゃんは私の肩を掴んでいるはず・・・なのに、

「お兄ちゃん・・・今・・・何、してるの?」

何をされているのかなんて見ればわかる・・・でも、私の身体は何も感じなかった。

(まさか・・・そんな・・・)

瞬間、私は考えうる最悪の結論に達した。

同時にそれは、今の私の楽しい毎日を奪うものだった。


「お、おい。奏!どうしたんだ!?」

「い、いやぁぁぁぁぁ!!!」

自分で自分の身体を抱きしめる。熱のせいで寒いんじゃない。ただただ、この感覚がまた(・・)訪れたことに、怯えていたんだ。

「奏!!」

「怖い・・・怖いよ!奏は・・奏はまた・・・あの時みたいに・・・!あの頃(・・・)と全く同じ・・・治ったと思っていたのに・・・せっかく四人でまた楽しく過ごせると思ってたのに・・・せっかく自分の想いに気づけたのに・・・もう嫌・・・嫌だよ!何で、何で、何で!!!」

「奏!!!」

「どこにも行かないで!!行っちゃ、やだ・・・奏を・・・奏をまた1人にしないで(・・・・・・・・・)!!もう、1人は嫌だ、嫌だ、嫌だ!!おにいちゃん!おにいちゃーん・・・・・・う、うぅ、うわぁぁぁぁぁぁん!!!」

この瞬間、私の心は完全に崩壊した・・・。


――――固有感覚の喪失

私は今、自分がお兄ちゃんの腕の中にいることさえ、うまく認識できていなかった――――


[Kanade Side END」

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