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第二章 「白の箱庭」

〔5月24日〕


――――昼食時。

今日は気分屋な親友、双見龍二ふたみりゅうじの提案で屋上で飯を食うことになった。

「しっかしホント料理上手だよな、姫宮」

葉月の作った卵焼きを咀嚼そしゃくしながら龍二は感心するように言う。

「毎日作っていれば誰でも出来ますよ・・・・例外もたまにいたりしますけどね」

幼なじみたちの視線が自然とある人物へと集まる。そこには「ん、俺の顔に何かついてるのか?」と、視線の意図に全く気づいてない最年長の征がパクパクと弁当を食べていた。もちろん、葉月作だが。なぜか珍しく暇らしい征も一緒に飯を食っていた。意外と大所帯である。

「へえ、姫宮会長は料理苦手なんですね」

――――キン。場の空気が一瞬にして凍てついた。

(「それは禁句だ!!」)

(「それは言っちゃダメだよ!!」)

(「それは言ってはダメですよ!!」)

その場にいる俺達は、龍二の心ない言葉に過剰反応した。そりゃそうだ。以前それを妹に指摘された時なんか、「うぉぉぉ!生きててごめんよー(号泣)」と泣きながら自殺しかけたんだから!


葉月と奏が目で合図してくる。・・・ああ、わかってる!!

俺は咄嗟に征を取り押さえようと立ち上がり駆け寄・・・

「男は料理なんていいんだよ。それに葉月の飯がうまいんだから、俺が作る理由は皆無!」

ズザザザァァーーー!!

「お、お兄ちゃん!大丈夫!?」

奏が大慌てに駆け寄ってきて抱き起こしてくれる。あぁ、奏の腕の感触が妙に気持ちいい・・・じゃなくて!・・いやホントに気持ちよかったけど!

何だ、いったいアイツに何が起きたんだ!?

混乱する俺に、またしても「しっかりして、お兄ちゃん!」と奏がゆっさゆさと体を揺さぶってくれる。あぁ、奏の腕の感触が・・以下略。

奏に支えられながら、もう一人の幼なじみを見る。すると、「お兄様・・・(T^T)」と目に涙を浮かべながら征を見つめていた。何か感動していらっしゃるご様子。


「おい、どうした?何をアクロバッてるんだ!?」「葉月も何で泣いてるんだよ!誰かに何かされたのか!?」

この阿鼻叫喚?な構図を創った張本人はといえば、何故か他の誰よりもテンパっていた・・・


(ったく、誰が収集するんだよ、これ・・・)

俺は奏に抱かれながら深い溜め息をついた。奏も「姫宮会長、何かキャラがいつも以上におかしくなってるね・・・」と苦笑いをしていた。・・・だけど、結局1番動揺していたのは、途中から存在を忘れていた龍二かもしれんな・・・。



【Kanade Side】


「それじゃ、今日の練習はここまで。お疲れ様でした」

『お疲れ様でした~』

部長が部室から出た後、皆それぞれ帰る支度を始めた。

「奏、帰りましょうか」

準備が終わった頃を見計らって、葉ちゃんが私に近寄ってきた。

「はい、葉月先輩」


私は入学してすぐ声楽部に入った。歌手になりたかったから。でも今では何で歌手になりたかったのかよく覚えてない。でも私自身歌うのは好きだし、そこまで思い出すようなものでもないと思っているので、深く考えないようにしている。


「ねえ奏。『葉月先輩』って呼ぶの、やめませんか?」昇降口まで来たとき、葉ちゃんが聞いてきた。

「ダメだよ。学園では葉ちゃんの方が先輩なんだから」

「ですが、何処かくすぐったいのですけど.....」

「慣れだよ、慣れ。学園外ではいつも通り『葉ちゃん』って呼ぶから」

葉ちゃんは仕方なくといった表情で頷いてくれた。私も普段と同じように呼びたいけど、学園では先輩って呼ばないとね。

「葉ちゃん、久しぶりにあの場所、行ってみない?」

私は夕暮れの空を見上げながら、ふと思いつきで言ってみる。

「あの場所、ですか?」

隣を歩いている葉ちゃんも同じように空を見上げて聞き返してくる。

「子供の頃はよく四人で遊んでたけど、中学にあがるくらいに危ないからって立入禁止になっちゃって以来、一度も行ってなかったなぁって」

「確かにそうですね。......行ってみます?」

私はうんと頷いて、二人で学園の裏の林へと向かった。


【Kanade Side END】




「いや助かったよ。サンキュー翔」

「どういたしまして、っといっけね。もうこんな時間か。奏たちは先帰ったかな?」

一応念のため、俺と征は昇降口で二人の靴を確認する。妹と幼なじみとはいえ、女子の靴箱覗くのって傍目からみて変質者でしかないよな・・・ま、誰もいないからいいけど。

「・・・と密かに思いながら二人の靴箱を覗き見る翔であった」

妙なナレーションを入れるな。エスパーかお前は・・・。

「無いな。先に帰ったみたいだぜ」

隣にいるはずの征に話しかけると・・・っていないし!

辺りを見回すと、今まさに帰ろうとしていた女子が目に映った。西原詩帆―――1年からのクラスメイトだ。黒い髪を腰近くまでのばし、女子にしては背が高い。彼女は、俺と目が合うと、判るか判らないかくらいの会釈をした。

「じゃな、西原」

「うん。ばいばい、―――――」

西原は校門の向こうに消えていった。何か違和感めいたものを感じた気がしたんだが・・・まあいっか。それより、ホントにあいつはどこへいったんだ?

「すまんすまん。ラブレターが入ってて、読んでたんだ」

臆面も躊躇もなく、そんなことを言ってきやがった。まあコイツにとってはあんま珍しいことでもないのでスルーするけど・・・せめて家に帰ってから読めよと言いたい。

「それで、今日はどうするんだ?」「お邪魔するぜ」

・・・・・即答かい。


親のいない俺達は、どちらかの家で一緒に飯を食っている。なんだかんだで、今となっては一番の家族なのかも知れないな。


校門を出ようかというところで着信。相手は奏だった。

「お兄ちゃん。今すぐにあの場所に来て!・・・・・ブッ」

・・・・着信終わり。俺にどうしろと・・・。

「ん、奏は何て言ってた?」

俺は征にありのままを伝えた。短いので一字一句、ありのまま。

そして、訪れる静寂。・・・かと思いきや、またしても着信。相手は葉月。

「ごめんなさい翔君。奏の言葉足らずで・・・・今から、『白の箱庭』にきてくれませんか?お兄様も一緒に」

葉月と通話を終えると、となりで「何で俺にかけないんだよぉ、葉月ぃ」といじけている兄貴が一人。

「『白の箱庭』・・・か」

どこか懐かしむように俺は夕暮れの空を見上げた。




森の入り口で待っていた二人と合流し、俺たちは中へと足を運んだ。普段生真面目な奏も、立入禁止のロープを軽々と飛び越え(スカートなんだぞ、お前)、我先にと走っていく。俺はそんな奏を「転ぶぞ」と注意しながら追いかける。葉月と征はそんな俺たちを見ながら、ゆっくりと歩いている。征と葉月が俺と奏の兄さんと姉さん。このポジショニングは今も昔も変わってはいないのだ。


「わあ~!」

生い茂る木々を抜けた場所で、奏は感嘆の声をあげていた。そんな奏に追いついた俺達も同じように声をあげた。

そこには、芽吹きはじめた多くの白い花々が辺り一面に広がっていた。

「この花はフリージアっていう花なんですよ」

隣で葉月が告げる。・・・そうか、フリージアっていうんだ。昔は花の名前はわかんなくて、ただただきれいな白い花だな、と思っていたっけ。

「そうだ葉月。あの白いミニピアノ、確かこの近くの小屋にこっそり入れてたよな?あれって今どうしてるんだ?」

「あのピアノでしたら、きちんと包装して小屋へ入れていますよ」

まだ入れてたのか。つか、小さい頃は全く気にしなかったが、よく考えたら無断使用なんじゃ・・・

そんな俺の気持ちを余所に、葉月はピアノを引っ張ってきた。・・・よくまだあったな。

「やっぱり多少痛んでますね・・・・・・でも、まだ十分に使えますよ、お兄様」

そう言って、葉月はピアノを弾き始める。それに合わせるように奏が歌う。

方や楽奏部エース、方や声楽部期待の新人。さすがというべきか、二人は昔よりも格段に上達していた。

けれども、その旋律に乗せて伝わる鼓動は昔と全く変わっていない。

揺れ動くフリージアを舞台に、二人の天使が癒しの旋律を奏でる。

懐かしいメロディーが真白の空間を包みこむ。

歌声がそよ風に乗って、俺たちの身体を撫でるように吹き抜けてゆく。

優しく、暖かく、四人の心に響き渡ってゆく。その光景はまるで、十年前のそれのよう・・・


・・・だけど、何だろう。今の二人を見ていると、何か別の感情が生まれてくる。今までにはなかった感情が、心を揺さぶる。

(いったいどうしたんだ、俺・・・二人をまともに見れない・・・)

俺は二人から視線を外し、遠くの空を見上げる。だが、葉月のピアノが、奏の歌声が響いている間、ついにその感情が消えることはなかった。



今にして思えば、これが俺達の家族としての関係が変わりはじめた瞬間だったのかも知れない。

そう。これは決してあの頃の繰り返し(リフレイン)なんかじゃない。舞台は十年前と同じでも、俺達四人の心は変わっていないように見えて、少しずつ変化を見せていたのだ。


――――始まりは『フリージア』  春と夏の狭間に咲く花――――

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